VS神獣②
久しぶりの前世の姿での戦闘は明らかに衰えていた。
自分よりも強大な魔力を有している敵とは幾度も戦ったが、それでも勝利してきた。
だが、そんな日々から五年も経ってこれほどまでに衰えているとは思ってもいなかった。
もちろん五歳の体に慣れていたため、周囲に充満している魔力に似通った力が体にまだ馴染んでいないため、などと言い訳はできる。それでも、押されていることが悔しかった。自分の全力を出したはずなのに敵わないことで、己れの弱さを痛感した。
全ての攻撃は見切られて、与えた傷もすぐに回復される。全く隙がなく、倒すビジョンが浮かばない。
俺は二度目の接近戦でもろに相手の攻撃を腹に受け、後ろにふっ飛ばされて、勢いよく大木に当たる。ギリギリでバリアを背中に展開して衝撃を和らげ、内臓を守る。
それでも全身に痛みが走る。
立ち上がろうとしたが思うように体が動かず、手探りで剣を探すが見当たらない。
目の前でこちらを睨みつけてくる神獣は、呆れたような表情で何かを呟く。が、頭も強く打ちつけたため軽い脳震盪を起こしたのか、上手く聞こえない。
視界もぼやけていて、ただ神獣が前足を振り上げたということは分かった。
俺はせめて躱そうと身構えた瞬間、強大な魔力——霊力の気配を右の方から感じた。思わず俺と神獣がそちらへと目を向けると、何かを唱えている皐月がいた。
視界はぼやけているが、特徴的な白と赤の衣装は彼女しかいない。
唱え終わると同時に大きく、「吾を守り敵を殲滅せよ、急急如津令!」と叫びながら大量の霊力を地面にある白い何かに注ぐ。と同時に白色の眩い光が五芒星形に輝き、地面から真っ白な狐が現れた。
俺は似たような魔法を知っている。
自身の魔力と引き換えに同等の力を有する魔物を生み出す、”召喚魔法”だった。
天狐と名乗ったその魔物、いや陰陽術では式神、と呼ばれる生物はしばらく皐月と会話した後、神獣の方へと駆けて行く。
駆けながら徐々に霊力を吸収していき、神獣と同じ大きさまでになる。全身の毛を逆立て鋭い歯をむき出しに、三つの尾を左右に振る。
神獣は目の前の俺を無視して、横から現れた存在に目線を向ける。
「何だ、狐風情が。まさか我と戦うというのか?」
「そうね、不本意だけど一瞬でもあの小娘を主として認めてしまった以上、契約は成立してしまったわ。本当に本当に不本意だけど、命令は絶対だから仕方ないわ」
と、どこか妖艶な声色で甘ったるく話す天狐。ニヤリと笑いながら神獣の威圧をものともせずに、間合いを詰めていく。
「久しぶりの相手が犬っころなんて・・・もっと逞しく凛々しい男が良かったわ。食べると柔くて美味しいのよ。例えばそこで倒れている男とか」
「黙れ、売女!」
「あら、犬っころは女性への礼儀も知らないようね!あんたの肉を食べたところで固くてまずそうだけど」
次の瞬間、神獣が後ろ足で思いっきり地面を蹴って天狐へと迫る。それを察知して天狐は飛び上がり、地面へ向けて魔力——霊力で作られた白い玉を口から神獣へ向けて放つ。
それを神獣は瞬時に回避する。
二体の獣の戦いを呆然と見ていた俺の傍に皐月が歩み寄ってくる。立ち上がろうと体を踏ん張ったが力が入らない。仕方なく口を開いたが、言葉を発する前に皐月が俺の胸元に御札のようなものを貼った。
するとその札から温かな力が流れ込んできて体中に行き渡る。その力が全身へと流れると少しずつ体が軽くなる感覚になる。節々の痛みが和らぎ、少しずつ視界が戻ってくる。
「犬丸、護符を使って少し体を回復したと思うわ」
「ああ、体が軽くなった」
「・・・その姿のことは後で聞くわ。今、私は霊力がほとんど無いから戦えないの。だから、回復するまでは犬丸に託すわ」
やっぱり、魔力のことを陰陽術では霊力と言うらしい。いや、それよりもだ。
「なあ、あの天狐って何なんだ?」
「私がさっき召喚して契約したばかりの式神よ。隣の唐やこの日の本に存在していると言われている千年間生きている狐のことをそう呼ぶのよ。狐の中でも霊力を操り、人に化けられ、騙し誑かすことで精力を奪う奴らが存在するの。更にその中でも千年生きることで神のような存在になった狐が天狐よ」
「危なくないのか?」
「大丈夫よ、天狐へと近づくにつれて少しずつ悪さをしなくなるの。だから天狐は悪い存在ではないとされているわ」
「・・・さっき俺を食べるとか発言していたぞ?」
押し黙る皐月。さっきの俺へ向けた奴の目はまさに捕食者の目だったけれど。
「と、とりあえず、天狐は私の式神である以上命令は絶対。だから危害は加えられないと思う」
それなら安心だ。
俺は上空での戦いを見つめる。激しく両者が殴り合っている。時に前足で攻撃し、時に噛み付きあう。俺との戦いとはまた違った激しさがある。
互いに傷を負っては回復している。
だが、やはり天狐が押されている。
神獣である狼のほうが力が強く筋肉量も段違い、咬合力(噛む力)も雲泥の差。徐々に天狐の回復スピードが遅くなっていく。
「そろそろ助太刀しないとな」
俺は呟いて、近くに落ちていた剣を拾い上げる。それを不思議そうに見ていた皐月が質問してくる。
「ねえ、その不思議な刀は何?」
「これ?これは魔剣という魔力―――霊力を帯びたものだよ。名前は”バルムンド”だよ」
「まじっくそーど?ばるむんど?」
まあ外国の言葉だから理解できないか。
俺は剣を軽く振って異常が無いか確認する。前世から使っているため非常に良く手に馴染む。魔力回路に異常も無く、しっかりと魔力―――霊力を保てている。
「それじゃあ、」
「待って、犬丸。これを持っていてくれない?」
俺を制止して皐月が、腕の付いたこけしのような形をした紙を渡してくる。不思議な紙で微妙ながら霊力が封じ込められている。
「これは?」
「護符よ。胸にしまっておけばある程度の攻撃から守ってくれるし回復もしてくれる。使い捨てのものだから好きに使ってね」
五枚の護符をありがたく受け取り懐へとしまう。
仄かに温かく、体を小さな膜のようなものが覆ってくれる。
「それじゃあ、行くよ」
「ええ、しっかり倒してきてね。ご武運を」
「ああ」
俺は勢いよく飛び上がり、上空の戦いへと参戦する。
その途中で持っていたバルムンドを腰に挿していた白虎へと近づける。
「白虎、バルムンドに乗り移れるな?」
『ええ、分かりました』
白虎が抜けた小刀は軽くなり、代わりにバルムンドがずしりと重くなる。
本来、白虎が乗り移った武器は三回使用(剣の場合は三振り)で壊れてしまう。だが、俺が愛用しているバルムンドは呪いの耐性があり、十回使用することができる。
これまでに前世で七回振ってきたので、残り三回。慎重に使わなければならない。でも出し惜しみしていてはやられてしまう。
俺は慎重になりながら、天狐と戦う神獣の背にバルムンドで攻撃を繰り出した。
完全な奇襲、だったが寸でのところで目にも止まらぬ速さで避けられて俺と天狐から距離を取る。
「チッ、完全に仕留めておくべきだった。狐だけでも厄介だと言うのに、貴様が来たことでまた面倒くさくなった。まあ、勝てばいいだけだが」
余裕そうに笑う神獣。だがその自信は確かに正しい。
俺の奇襲の渾身の一撃は難なく躱されてしまい、残り二回の使用となった。
「ねえ、助けを頼んだ覚えはないんだけど?」
天狐が強気な口調で威嚇してくる。現状では天狐の方が霊力は保有しており、俺の方が弱い存在。でも、皐月がコントロールをしているし、何より今は喧嘩をしている暇はない。
「俺の参戦でもやっとの相手です。とりあえず手を組みましょう」
俺は丁寧な言葉遣いで諭す。
流石に千年も生きているだけあって、すぐに威嚇をやめて神獣に目線を向ける。
「連携で来る気か?」
相変わらず余裕そうな表情を浮かべている。
「どうするの?作戦とかある?」
「・・・俺の方が体力が少ないですが、あなたに動きを合わせます。ので、自由にやって構いません」
「ふふふ、そう、じゃあ好き勝手にやらせてもらうわ」
そう言うと同時に天狐は後ろ向きなり、思いっきり後ろ足で俺を蹴った。
理由も分からず蹴飛ばされた俺は、勢いをつけながら神獣の方へと飛んで行く。




