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一宮


若狭国一宮、若狭彦(わかさひこ)神社。

一宮とはその地域で最も社格の高い神社のことで、この若狭では若狭彦神社のことを指す。二宮と呼ばれる次に格式が高いのが若狭姫神社。二つとも若狭国遠敷郡遠敷(現福井県小浜市遠敷)に位置しており、総称して上下宮などと呼ばれている。


この神社には古事記に出てくる皇家の祖先、彦火火出見尊(ひこほほでみのもこと)様と豊玉姫命(とよたまひめのみこと)様が祀られている。

前者は畳や穀物の神として、後者は安産や育児などの神として参拝されているが、二人とも海にも関係することからそちらでも多くの信仰を集めていると思う。


そんな若狭彦神社には主に二つの祭りがある。


一つ目のお水送りと呼ばれる二月に行われる大事な祭り。そちらは神宮寺(神社に属している寺のこと)で行われている。


もう一つが遠敷祭り。

こちらは二月十日と九月十日に行われる五穀豊穣を願いながら、棒振りや大太鼓で地区内を練り歩くというお祭り。俺が生きていた前世でも行われており、赤や白の長髪の人が棒を振って、笠を被った人々が大太鼓を鳴らしている。


規模は大きいわけではなく、全国的には有名ではない。が、八世紀から続く長い歴史を誇るお祭りとなっている。


本来、若狭守護である武田家もこれを毎年見物するというのが決まりとなっている。

見た後は神社へと赴いて参拝をする。そうして改めて守護が五穀を願うというのが行われていた。


俺も生まれてから毎年行かされていたが、今年はそれをすっぽかしてしまった。


近衛前嗣と土御門有政との交渉にてん菜の収穫。他にも売るものがあったり、育てなければいけないものを準備したり。気付いたら九月が終わりそうになっている。


ちょうど内乱が起きて二月は行えなかったため、父からはキツく絶対来いと言われていた。ただそれを忘れてしまい、数日前にお怒りの手紙が届いていた。


その内容は十月前までには絶対参拝に行けという内容。

気付いて難波江を出発したのが二十九日のため、三十一日にぎりぎり着くことになる。


しかし、まさか忘れてしまうとは。大事な祭りなのだから絶対参加しなければならない。また父から小言を言われる。

俺は憂鬱になりながらも、若狭彦神社へ向けて進む。


ちなみになぜだか皐月も付いて来ることになった。

俺としては土御門と懇意ということで父からのお叱りが減るのでありがたいが、何故来るのか?

そう訪ねたら、「少し気になることがあって」とはぐらかされた。


まあ彼女は陰陽師なのだから何か感じたのだろう。俺は特に詳しくは聞かず一緒についてきてもらうことになった。

ちなみに和丸と重政はもちろんお留守番である。





二日かけて若狭彦神社に着いた。だがそこで思わぬ奴らと出くわしてしまった。



「おい、お前!」


若狭姫神社へと向かう道中、後方から誰からか声をかけられる。仮にも若狭守護の嫡子なのに、お前呼ばわりするとは無礼な奴と思いながら無視をして馬を進ませる。

だが、流石に俺は不審がって一応後ろを振り返った。


「おい、返事ぐらいしろ!」


そこにいたのはがっしりとした体に細い眉と目をした少年、龍水丸が馬に乗ってこちらに向かってきた。

護衛の武士の馬に乗せてもらっていた俺は仕方なく降りて挨拶をする。


「お久しぶりです、龍水丸兄上」

「ふん、礼儀はなっているようだな。だが、先程無視したことは忘れていないからな!」


大きな態度を取る龍水丸。

彼は今年で十五となり、来年には元服予定。加茂城城代をしているため位置的に難波江からは遠く、最近数ヶ月会っていなかった。

顔は母親似ではあるが、体がぐんぐんと伸びてたくましく育っている。


「それは失礼しました。まさか兄上にお会いするとは思っていなかったので」

「ああ、その件な。実は予も遠敷祭りに忙しくて(・・・・)出れなくてな。義父上がお前と行けと仰られたから仕方なくここに来ている」


凄い嫌そうな顔をしながら言う。俺が馬から降りたにも関わらず向こうは乗馬状態だ。


「予はお前と違って忙しい。だから、早めに終わらせるぞ」


そう言うと勝手に進み始める。道の真ん中を俺たちを退かすように進む。その後ろから馬杉と黒田、他数名の護衛を連れている。なんとも偉そうで、難波江から一緒に来てくれた俺の護衛たちが奴らの背をキリッと睨みつける。


俺は彼らの怒りを鎮めさせて後ろから付いて行く。





まずは若狭姫神社。こちらは山の麓にあり、すぐに参拝は終わった。

そこから南に行く道中、ふと前を進んでいた龍水丸が俺と皐月のところへ来る。


「おい、孫犬丸」

「はい、何ですか?」

「隣りにいる小娘は誰だ?」


もの珍しそうに、別の馬に護衛の武士と乗っている皐月に目を移す。皐月はラフな格好をしており、着てる服には身分や家を表すようなものが見えない。

大方少し裕福な家の子だとでも思っているのだろう。


「まさか、お前の便女か?」


小馬鹿にしたように笑う龍水丸。便女とは身の回りを世話する召使いをする女性のこと。だからこの場合だと明らかな蔑称となる。

龍水丸の配下たちもクスクスと笑って、挑発的な空気にする。


それに少し怒りを感じたように拳を握りしめながら、皐月が名乗る。


「申し遅れました、私は土御門従三位非参議有春の長女、土御門皐月と申しますわ。犬丸の便女ではありませんが・・・よろしくお願いしますね?」


ニッコリと渾身の笑顔を龍水丸へと向ける。

皐月の名乗りを聞いて、笑っていた奴らは一瞬で顔を引きつらせたり青ざめたりした。それもそのはず、この若狭で一番身分の高い家。しかも陰陽術を担う人々である。


「お、おう、そうか」


何ともキレの悪い言葉を残してササッと龍水丸は離れていく。それに続くように配下たちも前へといそいそと向く。


「失礼な人ね」

「まあ、傲慢な人だから。あれでも後ろには六角氏がいるし、兄上の本当の父親や本当の兄は将軍家に仕えている。この若狭ではでかい顔が取れるというわけだよ」


俺は一応説明する。


「でも、さっきのは一杯食わせたな」

「たまたまよ。まさか名乗ってもいない人を便女呼ばわりするなんて!」


目を釣り上げて怒る皐月だが、子供っぽくて可愛らしい。

正直さっきのはスカッとしたし、護衛の人達も満足そうな顔をしている。




その後は俺と龍水丸の間では特に何事もなく若狭彦神社へと着く。


若狭彦神社は山の麓にあるが、少し森の中へ入らないといけない。清流が静かに流れる幻想的な場所。馬を降りていくつかの鳥居を徒歩でくぐって行く。

人はほとんどいなく、風の音だけが響いている。


本殿にたどり着くと神主である牟久(むく)と名乗る人が出迎えてくれていた。

本殿に通されて持ってきたものを奉納する。奉納が終わったら、お詫びを含めて手を合わせる。それを一刻ほどで終わらせて本殿を後にする。




本殿を後にした俺と龍水丸は別行動を取ることにした。

龍水丸たちは何やら奥の方へと消えていったが、俺と皐月たちはそのまま神宮寺へと行く予定だった。


だが帰り道を歩いていると後ろから先程の神主の人が急ぎ足でこちらへと向かってくる。顔を真っ青にしながら俺の前に来ると、勢いよく頭を下げる。


「ま、孫犬丸様!お助けください!」

「何があった?」

「り、龍水丸様が突然禁足の神域に入られまして!何度もお止めしたのですが話を聞かず山を登って行ってしまいました」

「な、何だと」


確かにそれは緊急事態だ。先程奥へと消えていったのは、裏の山を登るためか。

何のためかは分からないけど、神聖な場所へ入ることは危ない。


「犬丸、嫌な予感がするわ」


皐月は山の方を見ながら顔を暗くする。彼女も何かを感じ取ったのだろう。


俺はすぐに反転させ、神主の道案内を受けながら龍水丸を追った。



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