孫犬丸
天文二四年 一五五五年 八月 若狭国遠敷郡後瀬山城(現福井県小浜市)
俺は現在四歳になっている。
この世界、いやこの時代に来て早四年。
異世界に転生した俺が頑張って手に入れた二回目の転生の機会。前世、今となったら前前世の両親にやっと会えると意気込んでいた。
そんな俺、タケダモトアキが二度目に生まれ変わったのは本来生まれるはずの約五〇〇年も前。
戦国時代という、日本の北から南まで争いの絶えない時代に生まれたのだ。
しかも戦国時代の弱小大名、若狭武田家の子として新たに生を受けた。
この若狭武田は、歴史の中でも特に戦国好きである俺は知っている名だった。
元々は甲斐武田家(武田信玄などを生んだ鎌倉から続く名家)の分家である安芸武田家(広島一体の守護家)の更に分家である。
ここら辺はややこしく安芸武田家の分家と言われているが、その家格は甲斐武田を超すとも言われている。
四代目安芸守護の武田信繁の嫡男信栄が足利将軍六代目足利義教の命で、当時若狭守護含めた四カ国を束ねていた一色義貫を誅殺した功績により、若狭(現福井県敦賀市以西)の守護を命じられたのが始まり。
将軍家、そして管領職を務める細川家の信任を受け、その後には隣の丹後(現京都府北部)の守護にも任じられた。
畿内と言う信頼された家にしか任されない所で二カ国もの守護に任じられた若狭武田家は、実質武田本流とされた。
その後、応仁の乱が起き戦国時代へと移り変わっていく。
信栄が若狭の守護となってから何代か続いた後、五代目武田元信で最盛期を迎える。将軍や管領にも頼られるようになる。
だがその後は衰退していく。
七代目信豊と八代目義統親子の争い、有力家臣の逸見氏や栗屋氏、熊谷氏、守護代内藤氏の離反や独立で国内は乱れる。
そして九代目武田元明の代になると、ついに北の越前国(現福井県北部全域)守護の朝倉家に吸収され守護としては終わる。
その後も織田信長の傘下に入るなどしたが旧領をほとんど回復できず、本能寺の変で明智側に組みしたことで滅びることになった。
とまあ、ざっくりと若狭武田家の話をした。
そう、この話に出てきている通り俺は同姓同名の弱小戦国大名家、若狭武田家九代目武田元明として生まれ変わったのだ。
武田元明のことは、同姓同名ということである程度は知っている。
が、印象はほとんど無いし知れることも少ない。
重要なのは最後の当主であるということ。
そして今から二七年後に死ぬことになる。
あの女神様、いや女神は俺の話を聞くことなく転生させた。
結果、たまたま西暦一五五二年生まれのタケダモトアキに転生したのだ。
漢字という文化の無い異世界の神様だ。響きだけで選択したのだろう。
だが、勘違い転生したのを気にするのはやめ・・・れるわけがない!!!
俺が異世界で頑張ってきた意味は何処にある!
もう元には戻ることができない!
こんな弱小大名として消えていくのだ。
歴史に流されるまま。
グチグチ言っても何も変わらない。
とりあえずこの環境に順応して、歴史オタクの知恵を使って細々と生きようかな。
歴史に影響を与えない範囲で。
幸いなことに俺にはこいつがある。
俺は傍においてある短刀を眺める。
つい八ヶ月前に行われた祝賀会で父の武田義統から貰った、京の鍛冶師が打った短刀。そこに異世界より一緒に来た仲間が入っている。
「びゃっこ、そこはかいてきか?」
白虎、そこは快適か?と聞きたかったが四歳児のため上手く舌が回らない。
『主、この刀と言うのは誠に素晴らしいな。綺麗に打たれて反りも美しい。我の宿主としてぴったりだ』
刀と言っても小さな刀だ。だがそこまで喜ばれるとは。
『それにしても、その びゃっこ という名前は何なのですか?』
「きにいらぬか?」
『いえいえ、とんでもない。主に付けられた名前ですから嬉しいのですが、少々気になって』
ちなみに今は翻訳魔法を使って話をしている。
異世界のように魔力が充満している訳ではないが、微量ながら感じれる。
向こうで使えたほとんどの魔法は使用できないが、この魔法が使えたのは大きい。
お陰で若狭弁だったり京弁だったりと、訛のある言葉を理解することができる。
「これはよしむねがつけたなだよ」
『よしむね?』
「ややこしいな。いまのおれのちちおやだ」
『ああ、あの血の気の多そうな者か』
俺の今世で父となった武田義統。彫りが深く少し大きめの顔にがっしりとした体格。猪武者という名前が合いそうな血の気の多い人だ。
史実では、父(俺の祖父)の武田信豊が家督を義統の弟に譲ろうとしたため近江国に追放して、その後は反乱を起こした家臣の鎮圧に成功するも、周囲の大名たちの若狭への影響力を強めることになってしまった。
凡将では無い、そこそこ優秀な武将である。
俺の母は何と足利家の出で、十二代目将軍足利義晴の娘。あの剣豪将軍義輝や最後の将軍として信長と争った義昭が叔父となる。
家柄としては申し分無いが、領主としてはこの家は全くなっていない。
『おい主。それでびゃっこって何だ?』
「びゃっこっていうのはな、かんじでかくと、しろいとらとかくんだ」
『かんじ、とは何だ?』
・・・そうか。こいつはそこら辺の知識が全く無いのか。
「とりあえずかんじのことはいい。びゃっことは、でんせつのよんたいのかみのいったいだよ。とらのみためをしている」
『とらとは何だ?』
「たいがーだとおもえばいい」
『なるほど』
こんなくだらない話を最近は毎日している。
「孫犬丸様。入ってもよろしいでしょうか?」
話に熱中していると、いきなり襖の向こうから声がする。
俺が生まれ、住んでいるのがこの後瀬山城(現福井県小浜市)。
城に住んでいると言っても天守閣は無く、山の麓にある大きな居館で暮らしている。
身の回りの世話は侍女と近習がしてくれ、父や母には一週間に一度ほどしか会わない。
別に異常な家族で無く珍しい訳ではないが、もう少し来て欲しいと個人的に思う。
まあ、その分白虎と話す時間が増えるから良いが。
「孫犬丸様。お食事お持ちしました」
そう言えば腹が減っていたな。時計が無いから時間がよく分からん。
襖を開けて入ってきた侍女はお盆に乗せた食事を俺の前に持ってくる。
そうそう、俺には幼名(元服前の名前)孫犬丸というのがある。
慣れていないため、呼ばれると少しむず痒く感じる。
「それでは、あーんとしてください」
侍女が普通より柔らかい米を箸で取り、俺の口元へと運んでくる。
四歳では流石に箸を持てないため、食べさせてもらうしか無い。
俺は屈辱な気持ちになりながら、この不自由な生活を過ごしている。