砂糖作り
「ふふふ、砂糖♪砂糖♪」
「ねえ、皐月。もう少し大人しくしてくれないか?」
「砂糖♪砂糖♪。ねえ、そういえば今からどこに行くの?」
ガクッ、知らないではしゃいでいたのか!
関白と有政との交渉が終わり、数日ぶりに難波江に帰還した俺は早速砂糖作りに取り掛かることにした。
帰還して二日後、数人の農民と武士、どうしても付いて行きたいと言った皐月を連れててん菜農場へと向かう。
屋敷と難波江の村との間にある林の裏側にある農場へと行くと、伝えてあったため十人程の農民の人が出迎えてくれた。
大きな葉が無数も地中から生え伸び畑を緑で埋め尽くしている。所々に枯れ始めている葉や不自然に掘られているところもあるが、畑にはたくさんのてん菜が育っていた。
皆が驚いている中、一人の少女だけ落胆していた。
「・・・こんな葉っぱで砂糖を作るの?」
「いいや、葉っぱからは作らない。地中に眠っている根っこを使うんだ」
首を傾げて考え込む皐月を余所目に、俺は農民の中で代表をしていた人に質問する。
「栽培状況はどうですか?」
「なかなか難しかったです。特に雨水をあまり与えてはならないと言われていたのですが、ここら辺は雨も多くて管理が大変でした。また、慣れない土地だからだと思うのですが、半分ぐらいは枯れてしまいました」
「いいや、半分も育ったなら上出来」
二百程の苗を買ったから、大体百ほどの収穫。確か一つ千グラムで十数パーセントの砂糖が取れた気がする。
あ、でもそれはあの時代だからで、この時代はもっと少ない量しか取れないと思う。でも、数キロは砂糖を抽出できる!
「よし、じゃあ数個引き抜いてくれ。それをこれから使うから」
そう指示すると農民たちが二人がかりで一本一本引き抜く。
大きな葉の下から出てきたのは、付け根が丸々としながら下に行くにつれて細くなっていく根っこ。土で汚れた茶色も相まって前世の魔物、マンドレイクにそっくりである。だがその大きさは数倍はある。
「ま、まさかあの根っこの部分!」
「ああそうだ。少し食べてみるか?」
俺は皐月の方を見ると目を輝かせながら頷く。それにニヤリと笑って答えると、先っぽの方を少し切り取って洗い、食べてもらう。
恐る恐る手にして口に入れた瞬間、声を上げる。
「あ、甘い!!―――うっ―――苦いよぉぉぉーー」
最初の一口目で甘い、と言ったかと思うと噛み進めると少しずつ顔を歪ませる。食べ終わった瞬間、勢いよく水筒を掴んで思いっきり飲む。
それを見てその場にいた全員が笑う。
「い、犬丸!騙したわね!」
「そうだよ。でも、確かに甘かったよね?」
「うん、最初は甘かったわ」
でも段々と苦くて臭みが強くなる。それがてん菜が食べられていない理由。
生で食べると甘みもある一方でもの凄く臭みがある。だから、普通は飼料用や葉っぱを食べるためにしか育てられていない。
「その甘みを絞り出して砂糖を作るんだ」
「へぇ〜〜どうやって?」
それをこれからやるんだ。
俺は何個かを屋敷まで運んでもらう。
台所を借りて俺と皐月、料理が得意な女性数人で作る(和丸と重政は政務のため不在)。
俺の五歳の体では残念ながら指示しかできないので、作業は皐月と大人たちにやってもらう。
「まずは洗って賽子のように小さな四角状に切ってください」
全員が頷いててん菜を葉っぱと根に分けて綺麗に洗う。土が取れたところで剥く。すると薄黄色の状態になる。
全てをその状態にすると、一斉に四角く切り始める。皐月も量は少ないが綺麗に切り刻む。流石にこの時代の女性は包丁さばきが上手である。
全てを切り取ったら、次のステップに行く。
てんさい糖の作り方は主に二つあるが、今回は簡単にできる方法で行う。
用意していた大きな鍋に水を入れて温める。
この時沸騰する少し前で加熱をやめてそこに切った物を入れる。そしてそれを毛布で包んで大体半刻ほど置く。
大体の時間になったら鍋から別の鍋に移す。この時に竹ざるを使って切ったてん菜を取り除く。移した鍋の方にはてん菜から出た甘い部分が溶け込んでいる。それを抽出するためその汁を煮詰めていく。
ここで三つのやり方に分けた。通常よりも短い時間で煮詰める、普通に煮詰める、少し長めに煮詰める。煮詰める時間の基準を半刻として分担して行う。
煮詰めだしてから四半刻すると段々と甘い香りが台所に漂う。それが外まで漂うようで、何人かの武士たちが寄って来たが女性陣にすぐ追い返された。
そして最後に煮詰めていた鍋を火から取り出し、更にかき混ぜていくと塊になってくる。段々と固まってきたところで皿へと移す。
そして完成!
煮詰めるのが短かったものは何とも言えない白っぽい感じになった。一方でじっくりと煮詰めたものは前世や前前世見たことのある綺麗な茶色の砂糖となる。
「あ、味見していい!」
「ああ、いいぞ」
皐月がうずうずとしながら指で少しだけ取る。それをパクっと口に入れた瞬間、悶えるように体をくねらせる。
「今まで食べた砂糖とは全然違う味だね。濃厚なのにあっさりとした感じの味。くせになりそうな甘さ。舌で甘さが転がって口中が蕩け落ちてしまいそう。お菓子とかで使ったら絶対美味しいわよ!」
大きな声で皐月がレポートすると、うずうずしていた女性陣が一斉に指で取り始める。流石甘いもの好きな女性たち。すぐに砂糖の虜になる。
俺も指に取って食べてみる。
確かに砂糖であり甘さがある。でも、やっぱり少してんさい糖では無い感じがする。甘いと言ってもこの時代の人たちの基準。俺からしたら薄めた感じで、美味しいけどくせにはならないな。
おそらく原因は降水量にある。
前前世においてはてん菜は北海道でしか作られていなかった。何故なら降水量が少ないから。てん菜は大量の水分を必要としないため、台風が来やすい北海道以南では栽培されていない。
確か、水分を収穫の二ヶ月前からあまり取らせすぎると糖分が薄まってしまうと前世の異世界で聞いた気がする。
まだ収穫時期じゃないから甘さは残っているからいいが、これから水をどんどん吸収されるのはまずい。
しっかりと育ってきているし、早いけどそろそろ収穫するか。
全員が砂糖を堪能したところで残りをまた作り始める。
これは有政への手土産と屋敷の人のため。俺らばかり堪能したら悪いからな。
二回目ということで慣れた手つきでみんな作業をする。
俺は指示を出しながら隅の方でちょこんと座った。
できた砂糖は屋敷中に振る舞われ、俺は政務で忙しい和丸と重政のところへと届ける。
ちょうど二人が重政の部屋にいたので届けると、大層喜んでくれた。
「これがあの根なのですか?」
「ああ。あれを切って煮詰めていくと砂糖になるんだ」
「それは知りませんでした」
どこで知ったかなど彼らはもう聞いてこない。そこはまじでありがたい。
「ちなみに切った物はどうなさるので?」
「あれらは牛や豚の飼料になるからな。まあ、もう一度煮詰めて糖分は最後まで搾り取るけども」
「なるほど」
重政の質問に俺は答える。
「ますます発展しますな」
「ああそうだ。もっともっと発展させる。次は椎茸栽培を始める」
二人はニコニコと頷いてくれる。
俺ら三人は雑談をしながら砂糖を舐めた。




