陰陽師
『主、お疲れ様だな』
「ああ、本当に疲れたよ。お陰で俺は一部から変人扱いされたよ」
まあ、五歳児があれだけ策を立てて内乱を収めたら、そりゃ〜奇異な目で見られるよ。
「これでとりあえず落ち着くだろう」
『・・・しかしどうしてあの義統とやらの名声を上げたのですか?そこまでするあれは無いじゃないですか?』
「いや、これもこの国のためだ。名将と呼ばれている人の領地に攻めようとする奴は少ないはずだ。勝てない戦はしたくないからね。だから、当分は外からの侵略はない。その間に内政を頑張るんだ」
『なるほど・・・ん?待ってください、それだと―――』
「ああ、気付いた通り、味方からは利用されやすくなる。特に足利家は何としても三好を倒したいから上洛を要請するかもしれない」
『と、言うと?』
「歴史的にそうなんだよ。京にいることが彼らの誇りだ。だから常にどこかを動かそうとする。だから、十五代将軍足利義昭っていう俺の叔父は、後に勢いのあった織田信長という奴の下に行くんだよ」
京都こそ中心、京都こそ天下。そこを目指して多くの戦国大名が熾烈な争いを繰り広げている。利用できるものは利用しようとする。
「まあ、でも要請はあっても行くことはまず無いと思う」
『何でだ?あの男ならやる気出して行きそうだが?』
「確かに父上は調子に乗って出兵するかもしれない。でも、まず情勢が許してくれないんだよ。まず兵力差から考えて武田家一つだけじゃ三好に勝てない。だから足利は連合を考える。恐らく、六角と朝倉、紀州(現和歌山県)の畠山。この四家が連合しても兵数ではギリギリ及ばない。しかも、朝倉家は北に一向宗と呼ばれる敵を抱えている。六角家も代替わり後は出兵する意欲がない。畠山は連携するには遠すぎる。
しかも、若狭は今はまだ内乱が終わったばかり。早く終わったとはいえ復興には少し時間がかかる。だから、家臣たちは全力で止めるだろう」
『なるほど、だから無理だと?』
「そうだな」
この時間は内に集中すべき。そのために俺はめんどくさいが早く終わらせる策を使ったのだ。
「まあやっと落ち着いたということだ。しばらくは何も無い・・・はずだよ」
言い切ろうとした孫犬丸に突如悪寒が走る。
前世で強敵と戦った時に感じるような、肌がひりつく感覚。咄嗟に腰を浮かせて白虎を持ち上げる。
だがその後はどこからかの威圧は無くなった。
孫犬丸と白虎は訳が分からず呆然としたが、気にしていても仕方がなかったので少ししてまた会話を始めた。
若狭国名田庄
一人の男が顔をホクホクしながら数日前に受け取った書状を眺めていた。
細長いキリッとした顔を化粧で御めかししており、着ている衣装は青の束帯、黒い烏帽子を被っている。
「ウヒヒ、堪んない堪んない。お陰で多くの収入になるな」
「・・・お父様。下品ですよ」
シメシメ顔の中年の男の部屋に入ってきた若い男が呆れたように声をかける。こちらは黒い束帯を着ており、少なめの化粧をしていた。
若い男の顔を見た瞬間、中年の男は背筋を伸ばしてキリッとした表情で顔を向ける。
「何でおじゃるか、有脩」
「お父様、無理に宮廷の言葉を使わなくていいですよ。私もここでは使いませんし」
そう返答した若い男は、扇子を片手に中年の男の前に座る。
彼らこそ、この若狭で最も身分の高いと言っていい土御門家の二人だ。
中年の男は二十九代目の前当主、従三位の土御門非参議有春。その前に座る若い男は息子、三十代目の現当主で従五位下の土御門陰陽頭有脩。
有脩は今は宮廷で陰陽寮(占いや天文、暦の編纂を行う機関)の陰陽頭(陰陽寮の長官)として職務にあたっている。
「相変わらず遠慮のない息子だな。父親が笑いを取ろうとしていたのに、顔色一つ変えないとかどうかしているぞ」
「お父様がこの家で異常なだけです」
ピシャリと正論を言われて有春は黙るしかなかった。
しばらくすると従者が入ってきてお茶を出す。それを二人が飲むと有春から切り出す。
「で、どうしてここに戻ってきた。まだまだ陰陽寮の仕事はあるだろ」
「若狭で内乱があったからに決まっています。京で知らせを聞いたときには書を書いていた筆を取り落としてしまいましたよ!一切の知らせをしませんでしたよね!」
「まあまあ、過ぎたことだ。別に忘れていた訳ではない。ただ、新年は忙しいと思ってな」
いつものようにおちゃらける父に心底呆れる有脩。だが、その言葉通り理由があってのことだろうとは分かっていた。
「それで、何か他にあったのですか?」
「お、分かるか?」
「それは分かりますよ。その顔は」
「そうか、息子にはバレるか。一つ気になる情報があってな。どうやら今回の乱、裏で誰かが動いていたらしい。しかも、もしかするとその人物の策で全てを終息させた言われている」
その言葉に有脩は耳を疑った。中央では義統の名将ぶりが多く話され、三好を毛嫌いしている貴族たちがにわかに沸き立っていた。
でも、父の話だとそうではないらしい。
「義統は自分の力で勝利をしたと思っているが、実際はその人物の手のひらの上で操られていただけ。この乱の終息、その後の義統の評価、突然商人たちが商いを始めたこと。全てがその人物の策だった・・・という情報があってな」
「・・・にわかに信じられませんな」
そんなこと可能だろうか?、と有脩は扇子で頭を打つ。しかも、地方の情勢に精通している宮廷では一切その話は無く、現地にいる父でさえ噂程度しか聞いていない。
一体どんな人物なのか?
「心当たりは?」
「全くないとは言えない。情報の出どころは後瀬山なのだからそこにいる誰かかもしれない。内藤だったり、後藤、粟屋、南部。もしかすると義統の嫡男、孫犬丸だったりするかもしれない」
それを聞いて有脩は思わず吹き出す。
「それは無いですよ。五歳児ですし、貴族の間でも評価は低いですよ。『武田の無能』、『あくび様』なんて呼ぶ人もいます。事実、ずっと引き籠もっていて、ろくに武術も学ばず、緊迫した評定の場で欠伸をする。強いて言うなら早熟であるとは聞きますが・・・まずありえません。優秀と噂の養子である龍水丸の方が納得できます」
「そうだな」
二人は同じように頷いた。
そしてしばらくは若狭で起こったことを話していたが、不意に有脩が思い出したかのように扇子で手を叩く。
「そうだ、妹はどうしていますか?」
「皐月か?元気にしているぞ。ありあまりすぎで手に終えていないな」
「そうですか。久しぶりに会いたいのですが、何処にいますか?」
「ああ、有政と小合を連れて突然裏の山に登りに行ったぞ」
「え、何故ですか?」
「あの子は土御門の歴代の中でも最も陰陽道の才がある。だから何かを感じたのかもしれない」
「そう、ですか」
自分の弟で有春の三男にあたる有政と自分の娘の小合を心配したように、有脩は目線を山の方へと向けた。
「はぁ、はぁ。皐月、小合がいるんだからもう少しゆっくり歩いてくれ。こちとら運動不足で子供一人抱えているんだ。小合、大丈夫か?」
「はい、ありがとうございます、叔父様」
「何度も言っているが兄様で良いんだぞ」
有脩に顔立ちが似た青年が息を切らせながら少女を抱えていた。
「有政兄様、静かにしてください。今、集中しているので」
強い口調で言われ、やれやれと言った感じで有政は口を噤む。
彼は知っていた。自分の妹がこの様な状態になると全く聞く耳を持たないことを。
姪である小合を下ろして山の頂上から北の方角を見つめる妹の姿を見守る。
黒い髪に特徴的な流れる銀の一線。端正な顔立ちに歳相応のクリッとした青い目。白と赤の狩衣を着服しており、手には不思議な青色の扇子。
「うふふ、北とその東に何かいるわね。さて、吉と出るか凶と出るか・・・」
ニヤリと笑う少女の名は土御門皐月。今はまだ十歳の陰陽師だ。
「一章 若狭内乱」終了です。
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さて、そろそろ騒乱といきますか・・・




