城取り
弘治二年 一五五六年 三月 若狭国遠敷郡後瀬山城
雪解けが始まった三月上旬。いつものように家臣たちが集めて会議をしていた館の広間に、一人の武士が息を切らしながら入ってくる
「おい、今は重要な評定中だぞ!」
「そ、それが、至急当主様に報告しなければいけないことが」
「分かった、聞こう」
咎めようとする家臣を手で制す義統。ドカッと胡座をかく彼の正面に、報告をしにきた武士が進み出る。
「前当主、武田治部少輔様が突如味方であられる逸見駿河守様を誅殺したと知らせがありました」
その言葉に一同が静まる。全員が目を点にしてお互いが顔を見合う。当主である義統も目を泳がせてもう一度知らせに来た武士へと顔を向ける。
「その話は本当・・・なのか?」
「間違いない情報かと」
場は一気に騒然とする。状況を理解できず、どうしてか?これからどうすれば良いか?という意見を話し出す。
当主である義統は目を瞑り顎に手を当てる。
「さて、どうしてか情勢が変化した。西の逸見昌経が殺されたことにより、勢力図が変わった。大飯郡の逸見氏だが、当主の昌経は一人で率いていた。これからは逸見氏内で恐らくゴタゴタが起こり戦に参加しない。いや、むしろこちらに引き込める可能性がある。どうして親父は誅殺したのか不思議でならない」
その疑問にスッと義統の前に出てきて答えだしたのは重政の父、守護代の内藤勝高だ。
「実は逸見昌経殿が三好と通じているという情報がありまして」
「何だと、何故教えなかった!」
「いえ、確かな情報ではなく。まだ調べている段階で」
全員が押し黙る。
ちなみに、この情報は重政経由でやんわりと教えている。あくまで可能性として。ちゃんとは情報を教えていない。
祖父が行動を起こす前に情報が漏れる可能性もあるから。
「そうか。だが、親父なら何かを掴んで実行したのだろう。ただ、問題は昌経を失った逸見氏だ。奴には子がいないはずだから次期当主の座を巡ってお家騒動があるはず。何とか三好が介入する前に収めたいな」
「それについて一つ―――」
逸見氏についてどうするか。その議題に入り勝高が意見をしようとしたらまたも廊下からドスドスと足音が迫ってきた。
バーっと襖が開けられ、先ほどとは違う別の武士が中へと急ぎ足で入ってくる。
先程のこともあり誰も何も言わなかった。
「どうした、急ぎの知らせか?」
「はっ、二つほど新たな情報が。まず三方郡国吉城城主、粟屋越中守様がこちらへ裏切ると突然宣言されました」
「「「はぁ!?!?」」」
「それと、もう一つ。中立であった大倉見城主、熊谷伝左衛門様がこちらへ味方になると書状が届きました」
またも全員が絶句する。
僅かの時間でいくつもの情勢変化が起きた。
「しかし、熊谷殿は支城の三方城と連携が取れずに動けないのではないのか?」
勝高の質問に知らせを届けた武士が答える。
「それが、僅か一夜にして落城させたとのこと」
今度こそ広間は静まり返った。
二月下旬 若狭国三方郡三方城
「おお、和丸!良くぞ戻ったな」
「お父様、お出迎えありがとうございます!」
三方城に着いた和丸は久しぶりの父との再会で、年齢相応に駆け寄っていく。それに父である忠途が応じる。
「どうだ、孫犬丸様にしっかりとお仕えできているか?何かやらかしてはいないか?」
「ええ、問題はありません」
抱き合った後、ゆっくりと歩きながら城内へと入る。今日は晴れており雪もあまり積もっていないためか和丸もスタスタと歩ける。
しばらく和丸の仕事の話に花咲かせていると、本丸に着いた。
「父上」
「ああ、奥で熊谷様がお待ちだ」
和丸は先程までとは違い緊張した面持ちで本丸の屋敷に入る。入口にいた人に案内されて大広間へと通される。入る前に、姿勢を伸ばして着衣を整える。襖を開けてもらうと、すり足で前へと進み、着座する。
「お前が三方和丸か」
「はっ、お初にお目にかかります」
下座に座り和丸は頭を下げる。そんな彼を上座から見下ろす城代のヒョロっとした男。更に和丸を囲むように鎧を着た武士たちが和丸を見つめる。
「後瀬山城の情勢はどうだ?」
「それにつきましては重要な情報を手に入れましたので馳せ参じました」
「そんなに重要な情報なのか?」
「ええ、だからこそ某は孫犬丸様の目を盗んでここに参りました」
ジーッと目の前の男は和丸を見つめる。自分が管理している領地の豪族の子とは言え油断はしていない。
「では、教えてもらおう」
「はっ、これはまだ一部しか知らない情報ですが、国吉城の粟屋越中守様が武田伊豆守様方に寝返ります」
「・・・それは本当か?」
「ええ、間違いありません。その交渉を任せられたのが孫犬丸様です。粟屋様の後は熊谷伝左衛門様の所へも行かれました」
「そうか、粟屋が裏切るとなると大倉見は安心して伊豆守方になれる。だが、国吉城と大倉見城が連携する上でこの三方城は塞がりとなっている」
「はい」
「つまり、雪解け時にここが最初に狙われるのか?」
「おっしゃるとおりでございます」
周囲がざわざわとする。いきなりの大きな報告に慌ただしく目を左右に向ける。
「彦六、どう思う?」
「兄さん、俺に聞きますかね?」
城代の隣に控えていた、こちらは筋肉のついたヒョロっとした男が頭を掻きながらため息を付く。この二人は兄弟で、城代が兄であり彦六が弟である。
「嘘は付いてないと思いますよ。俺が仕入れた情報によると、確かに大倉見が戦支度をしているらしい。国吉城からの連絡もここ一週間届いていない。何より策としては出来なくもない。
膳部山城の松宮氏とその南の熊川城の沼田氏(どちらも遠敷郡であるが、三方郡との境に位置している)を先鋒隊として大倉見城までこちらに知られることなく進軍して、本家熊谷家の兵と合流。北からの粟屋と連携して一気に攻め上がる。後方は他の軍に任せれば可能は可能です。この三方城を取れば北部は全て敵方になる。一気に大殿(信豊)様が不利になります」
その返答に満足そうに城代の男は頷く。
「素晴らしい情報だ。和丸、礼を言うぞ」
「ありがたき幸せです」
恭しく和丸は頭を下げる。
「この情報が無ければ一瞬で我々は攻め滅ぼされたかもしれない。つまり、この情報があれば対策の仕様がある。まだ雪解けまでには時間がある。それまでに堀と柵を増やして数日は持ちこたえるようにする。そうすれば援軍が必ず来る」
「その通りです」
彦六もニコニコと兄を褒める。
「此度の情報は大変重要だ。すぐに大殿様に伝えなければいけない。急ぎ連絡を送れ」
「はっ」
彦六は頭を下げてその場をそそっと出ていく。
「和丸、此度の働き見事だ。何か欲しい物はあるか?」
「・・・いいえ、ありません」
「ふむ、恩賞が欲しくないのか?」
「全てはこの地の為に取った行動であります。恩賞はいりません」
「そうか、分かった。だが、せめて宴でも開こうではないか!我も今回の情報で大殿様にたんまりと報酬を貰えるからその前祝いだ。和丸、今日はとことん我に付き合え。それを報酬とする」
「ははぁ。ありがたき幸せです」
ほっそりとした体にそばかすの着いた優顔。この子供の笑顔は自然と相手を和ませる。
その後の会議は淡々と終わり、直ぐに宴の支度がされた。
その間、和丸は城代の男の側で後瀬山城のことについて話をしていた。
宴になると、酒飲みの武士たちはとことん暴れる。上下関係なく楽しそうに飲み、笑い合い、喧嘩もして、それがまた笑いに繋がる。
そんな和やかな雰囲気をニコニコと和丸は眺めて食事をしていた。
そうして全員が酔いつぶれて寝静まった頃、寝室に戻った和丸は起き上がり外へと出る。静まり返った庭に出ると父と数人の武士が既にいた。
「父上、」
「大丈夫だ。全員酔いつぶれて寝ている。起きることはない」
「そうですか」
「・・・本当にやるんだな?」
「ええ、もちろん。この地の為にですよ」
そう笑顔で答える息子の姿に忠途は驚いた。もちろん、我が子の成長のために近習として送り出したが、まさかここまで変化するとは思わなかった。
でも、嬉しくないわけじゃない。ただ、少し怖いと思っただけど。
和丸、その父忠途、そして数人の彼らの配下の武士達は城門へと向かった。




