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交渉


「孫犬丸様、お体は大丈夫でしょうか?」

「ああ、心配無い」


激しく揺れる船の上。重政に抱きしめられながら必死に船にしがみつく。


今、俺らは日本海側を通る危険な道を進んでいる。冬の日本海はよく荒れるため波が大きい。地元の漁師を雇い、何とか海を渡っていく。



天ケ城を通り、海へ抜け、三方湖を大回りして国吉城へと目指す。子どもの足だから約一日半かかった。



「見えてきました。あれが国吉城ですね」


大きな集落、佐柿(さがき)集落に入った俺ら。冬のため道は閑散としており、ほとんど店は開いていない。まずまず雪は数十センチも積もっているからほとんど外出が出来ない状況だ。


重政に抱きかかえられながら道を歩いていく。和丸は雪に足を取られなが必死に付いてくる。


「和丸、無理をするな」

「だ、大丈夫です!これくらい、武士としては苦でも、あぅ」


注意を怠り、そのまま滑って転んでしまう。見た目的にも体を使うのを得意とするやつじゃないのだが・・・無理をしたい歳なのだろう。


「重政、起こしてあげてくれ」

「分かりました」


常日頃から体を鍛えている重政は荷物を担ぎながららくらくと和丸を持ち上げて立ち上がらせる。


「それじゃあ、行くぞ」


向かうのは国吉城・・・ではなくその麓にある居館。居館とは、城主が普段政務をしたり生活をする屋敷だ。


うちの後瀬山城と同じで、城には基本的に城主は住まない。何しろ山上にあるから移動もめんどくさいし、町からも遠い。


だから基本的に麓にある居館などに住まいを構える。


向かった居館は中々立派なものだった。

土塁と石垣、溝もしっかりあり、何より郭と呼ばれる囲いで本居をしっかりと守っている。見た感じ百人でも攻めても破れなさそうだ。


これほどのものを築ける名将だ。会うのが楽しみになってきた。



門へたどり着いた俺らを出迎えたのが数人の兵士だった。

こちらに気づくと持っていた槍をこちらへと向けてくる。


それに反応するように重政も腰の刀を抜く。


「孫犬丸様、某の後ろに。和丸は孫犬丸様を守ってくれ」

「分かった」

「は、はい!」


相対する重政と兵士たち。


「何故我々に槍を向けるのか?」


重政の問いに兵士の一人が答える。


「住民より怪しい童らが三人いると報告があった。おそらく貴様たちだな!名を名乗れ!もし名乗れなければ敵の間者か?!」


まあ、そうなるよな。こんな真冬に子供三人だけでウロウロとしている。警戒されるはずだ。


「そういうことなら・・・これを粟屋越中守殿に渡してくれ」


重政は納得して懐にしまっていた文を取り出す。

恐る恐る兵士の一人が中身の花押を見て目を見開く。


「こ、これは失礼しました!す、直ぐに城主様に伝えてまいります。どうぞ中に」


この時代は、花押や家紋が身分の証となる。結構楽で助かる。


俺らが通されたのは客間。そこで確認が終わるまでしばらく待つことになった。


文の内容は簡素なことが書かれている。俺が来ていることは全く明かしていない。精々使者として送られたどこかの家の子供とでも思われているのだろう。まさか国主の子供が来ているとは夢にも思っていない。





四半刻して遂に大広間へと通された。


通された広間の両側にこちらを睨みつける粟屋の家臣が四人。上座にはまだ誰もいなかった。俺らはその上座の正面へと座らされる。


右に控える重政はワナワナと震えていた。おそらく俺が下座に座らされているのが気に食わないのだろう。まあ、俺の顔を知っている人など限られているし・・・


通されてしばらくしてやっと粟屋勝長が入ってきた。ふっくらとした顔立ちで優しそうな笑みを浮かべる。


歳の頃は三十代前半というところか。二年前にも一度だけ会ったことがあるがその時からずっとこいつを警戒していた。良い意味でも、悪い意味でも。

武将としては評価するし、人一倍若狭のことを思っている武将だ。そういう意味では逸見昌経よりも信用はできる。ただ、主君を裏切るということでは両者は同じだ。粟屋勝長の方が腹の底が知れない。


ただ、味方であってこれほど心強い人もまたいない。


勝長は上座へと着席して俺らの顔を見るなり、目を大きく開けた。


「おお、内藤殿のご嫡男、内蔵助ではないか!」

「はっ、お久しぶりでございます。それより―」

「おお、そちらは三方弾正左衛門の家の者か!しっかりとした武者になれよ!」

「は、はい!」


おいおい、俺は無視かよ。これでも武田家の人間だぞ。


そう思っているとようやくこちらへと視線が向く。


「ところで、その真ん中におられるお方は誰だ?見慣れぬ童だが・・・?」


周囲を家臣も俺を凝視するが首を傾げる。それを見て重政がワナワナとこれ以上無いぐらいに震える。刀はここに来る前に取られたのが救いだった。


それにしても何で俺のことが分からないんだ?粟屋とは会ったことが・・・・あ!やべ、認識阻害魔法を切るのを忘れた。


一応ここまで顔がバレるかも知れないから、重政と和丸以外からは別人に見える魔法をかけていたんだった。

俺はすぐに解除をして挨拶をする。


「これは挨拶が遅れました。八代目若狭武田家当主、武田伊豆守義統が一子、武田孫犬丸と申します」


俺は丁寧に頭を下げる。


その瞬間、俺らを囲うように正座をしていた粟屋家の家臣たちが一斉に立ち上がり傍に控えていた刀に手を掛ける。それに反応するように、重政が俺を庇うように覆いかぶさってくる。和丸も俺を庇おうとする。


「やめんか!!!」


刀を抜きそのまま俺らに斬りかかろうとする家臣に向けて大きな声で静止をする。


「しかし、殿、」

「今まさに、」


まさに敵の総大将の息子が目の前にいる。彼らはそう思ったからこそ斬り捨てる、あるいは捕えようとしてくる。


「やめろと言っている!命令が聞けんのか!」


大声で怒鳴り散らす勝長の姿は先程までの笑みとはかけ離れていた。家臣たちを睨んだ後、勝長はこちらへも目を向ける。そのまま上座から降り同じ目線になる。そして頭を下げる。


「これは孫犬丸様でしたか。成長なさっていて全くわかりませんでしたよ。ご無礼、申し訳ありません」

「いや、こちらも急に押しかけて申し訳ない。家臣を混乱させてしまったな」

「いえいえ、ただ少し配慮をしていただきたかったです。一応、我々は敵対関係なのですから」

「越中守殿!」

「何だ、内蔵助殿。当然のことだ。そちらこそ無礼だろ」


俺とは敵対関係だから変な言動をするな、と釘をさしてくる勝長を諌めようとする重政だったが、それを一言で黙らされる。流石、名将だ。その迫力はただならぬ雰囲気がある。


この人と交渉をするというのは結構大変だ。だからこそ、舐められてはならないし自分が武田家の嫡男だと示さなければならない。

俺は心を鬼にして、横暴な態度で粟屋家の奴らに言う。


「指摘はありがたいな。ぜひお主も俺も家臣の教育はしっかりとしたいものだ」

「・・・我が家臣がそこの内蔵助と同じ―――無礼者だと?」

「同じ?いや、重政の方が優秀だな。何しろ主家に刀を向けるお主の家臣と違って、重政は主家を守ろうとしている」

「彼らはあくまで某の家臣ですが」

「いや、全家臣は我ら守護である武田家のものだ」


その言葉に最もキレていた粟屋家の家臣の一人が抜刀し、刀を振りあげようとする。


「ガキのくせに!」

「やめろ!!!」

「ですが!!!」

「やめろと言っている!!又右衛門!!!!これは絶対命令だ!!!」


大きな声で再び勝長が静止する。


「ここで孫犬丸様を斬り殺してみろ。我らは子供三人が交渉をしに来たにも関わらず、内容も聞かずに斬り殺した悪者になるぞ!それこそ我が家の名声を落とすもの!」

「ですがこ奴らが煽ったか―」

「このあんぽんたん!」


勝長の拳が又右衛門と呼ばれた男の頭に思いっきり振り下ろされる。


「孫犬丸様とお呼びしろ!いいか、たとえ煽られたことが事実だとしても、子供に煽られて短慮に刀を抜いた奴として結果的に言われるのだぞ!貴様は俺の名を汚したいのか!」

「うっ、それは・・・誠に申し訳ありません」

「俺にではなく、孫犬丸様に言え!」

「ま、孫犬丸様、ご無礼申し訳ありません・・・」

「某の教育が足りませんでした。申し訳ありません。どうぞお許しくださいませ」


僕はそれを平素で見つめていたが、心の中ではビクビクしていた。煽りすぎて首を切られそうになったことも理由だが、何より大人二人に土下座をされて変な気持ちになっていたことが一番の理由だ。


俺は何とか言葉を探して返事をする。


「いや、俺も言い過ぎたと思う。俺もお主も忠誠心のある良い家臣を持っているな」

「はっ、ありがたき幸せです。内蔵助殿もあの時の主君を庇う姿はお見事です」

「い、いえ」


重政は勝長に褒められてまんざらでもなさそうに頭を下げる。ひとまずは和解はできた。


「それじゃあ、改めて交渉と行こうか」





粟屋勝長の名前に関しては、元々は”勝久”という名で知られています。

ただ、実名は勝長とされており、以後は”勝長”で呼ばさせていただきます。

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