新九郎賢政
いきなり坊主になって、いきなり頭を下げてくる賢政を俺はしばらく見つめる。知っている有名武将に頭を下げられて少し複雑な思いがする。
「いきなりどうされたのですか?」
「もし浅井家を攻めるのであれば、どうか我が弟たちだけでも助けることはできないでしょうか?」
「どうしてですか?」
「弟たちはまだ若く罪はありません。父や某は構わないので、どうか弟たちでも」
弟思いの兄だな。どこかの兄とは大違いだな。
・・・俺は別に賢政の弟たちの命までは取る気はない。それを重政や和丸には伝えてあるし、その事を分かって戦略を立ててもらっている。
その事を賢政は知らないのだろうけど・・・・・
「賢政殿。顔を上げてください」
「はい」
「・・・どこまで予測したのですか?」
「はい?」
意味が分からないのか聞き返してくる。だけど、心の中で何を思っているのか?
最初はどうして頭を丸めたのかを理解できなかったが、今では何となくは賢政の思惑を読み取ることができた。
「別に隠さなくていいですよ。わざわざ浅井家存続のために髪を剃らなくて」
「・・・・・・」
「この前父上と田屋明政、重政の三人が話し合いをしました。そこで重政が浅井家の内情を聞いた際、兄弟仲は悪くはないということを知りました。こちらとしては浅井家を滅ぼした後の統治を安定させたいから、貴方にあまり恨まれたくないからせめて弟たちを生かすことを決めた」
「!!!」
「貴方は推測されたのではないのですか、弟たちがこのままでは殺されるかもしれないと。もし仮に貴方が人質に取られた場合、次の当主として弟たちが担ぎ上げられる。そうなれば、攻め込まれた場合は殺される可能性がある」
「・・・・・・ええ」
「そして同時に田屋の発言とかから、俺が裏にいること、そして俺なら生かすことができるかもしれないと望みに賭けた」
「・・・仰る通りです」
「田屋もお前と似たような考えだったのだろう。あいつはお前を生かしたいという思いは、浅井家を存続させるためという理由が一番強い。だから、浅井家の生き残りは一人だけでは駄目だった」
「叔父上が?」
「浅井家に恩義があるのか知らんけど、浅井家存続に強いこだわりがあった。だから賢政殿のもしものための換えも求めていた。それが貴方の弟だ。もし賢政殿が暗殺される、もしくはこのまま出家してた状態の場合に浅井家を生き残らせるため。まあ賭けに過ぎなかったのだろうけど」
本心はちゃんとは理解できていない。裏切ってもらった以上、こちらに刃を向けてこない限りは深くまでは詮索しない。
ただ予測するに、本人は色々な葛藤があったのだと思う。久政への恨みと浅井家への恩義。そこに揺れて導き出した結論が、久政の子たちだけを生き残らせること。
だからこの前の父と重政、田屋の三人での話し合いの時、さり気なく賢政の弟の話をしてきた。俺に暗に伝えるかのように。
「どうだ、貴方の思惑を聞かせてくれ」
「・・・分かりました。仰る通り、某の出家と引き換えに弟たちを生かしてもらうのが目的でした。もし某がこのまま本当に出家をして寺に入る、或いは命を絶った場合、叔父上との約束が反故になってしまう。そうすると叔父上は裏切ることをやめて、貴方方の作戦は上手くいかない」
「確かに難しくなる」
「武田家が欲しいのは浅井家の領地。もし叔父上が浅井家に戻った場合、浅井家に目的がバレることになる。それは絶対に避けなければいけないことなのでしょう?」
「そうだね」
まあ、大方は合っている。一つ違うのは、一番の目的が浅井家を滅ぼすこと。そうすることが、転移者がいる織田家の成長を防ぐ。
「どうやら、全てお見通しだったようですね」
「俺としては浅井家の血筋を絶やしたいとは思わない。だからこれから貴方の兄弟を救出する策を立てようと思ったのですが・・・さて、俺にも予測不可能なことがあります」
「???」
俺がそう言って少しして、弥平次が一人の縄に縛られて猿轡をされた少年を連れてくる。賢政はその少年を見て大きく目を見開いて、傍へと駆け寄る。
「新四郎!」
「兄上!」
新四郎と呼ばれた少年は猿轡を外されると、賢政の事を”兄”と呼んだ。
「どうしてここに!」
「兄上こそどうしてここにおられるのですか!何者かに襲撃されたから田屋の叔父上の所に匿われているとお聞きしましたよ!」
「それは本当なのか!」
「ええ、ですから拙者は兄上が心配になって叔父上の所に訪れたんです。そしたらいきなり縛られて、ここに連れて行かれて」
そう、これは全くの偶然。どうやら俺が思っていた以上にこの兄弟の仲は良く。田屋から送られてきたときにはどうしようか迷ったものだ。まあ結果的には労せずにゲットできたわけだし。
「貴方が我々に囚われた後、少しばかり浅井家内部で分裂するように仕掛けさせてもらいました。そこで賢政殿は何者かに命を狙われていて田屋明政に匿われていることになっています」
「・・・父はどうしたのですか?」
「重臣である浅井玄蕃充を疑って軟禁状態にしております。その他の玄蕃充と交流のある家臣や豪族たちにも疑いの目を向けて、所領を没収しています。そのせいで、今浅井家は大混乱です」
俺を恨めしく睨みつけてく賢政。俺としても久政の行動は予想以上であり、少しばかりの疑心暗鬼を狙っていただけだった。
「兄上!このような餓鬼、信用なさらないでください!拙者が必ずここから抜け出させますから!」
新四郎がそう言うが、本人は縄で腕をキツく縛られている。とてもじゃないが、俺や和丸、吉郎、弥平次、その他寺内にいる数十の兵相手に抜け出せるわけがない。
「新四郎。もういい」
「兄上?」
「孫犬丸殿、某にはもう一人弟がいます。どうか助けてください」
「兄上、どうして我々浅井家を滅ぼそうとする相手に頭を下げられるのですか!今まさにここでこいつらを殺して―――」
「新四郎、もう無理だ。某が捕まってしまった時点、いや、田屋の叔父上が寝返った時点もう勝機はない」
「そんな事は分かりませんよ!朝倉に援軍を―――」
「朝倉が果たして手を貸すか?考えてみろ、武田家が進軍する進路のすぐ上は朝倉家領土、簡単に奇襲を受けるかもしれないのだぞ。つまり、武田家がこちらを攻める時点でおそらく裏で話はついている」
「うっ、」
「そして兄として一番心配していることは分かるか?」
賢政の問いに新四郎は首を傾げる。
「六角家に攻められて滅ぼされること。もし六角家が攻めてきて場合、同時に武田と朝倉も攻めてくるかもしれない。そうなると絶対勝てない。そして小谷が六角の手に落ちた時、浅井家一門はどうなる?六角にとったら邪魔で恥をかかされた存在だから、全員処刑される。某はまだいい、自業自得だ。だが、お前たちをそれに巻き込みたくない」
賢政の言葉に新四郎は項垂れるしか無い。兄として、賢政は恥をかきながら生きている。
「孫犬丸殿、どうかお願いします。某の首を六角家に差し出しても構わないので、浅井家を、弟たちをよろしくお願いします」
やはり賢政は分かっている。自分の存在が六角家への切り札になることを。そういう意味でも生き残らせる価値がある。
「ええ、もちろんでございます」
この返事はもの凄く残酷だな。”もちろんでございます”はつまり、浅井家を滅ぼすことも入っているのだから。
俺は一礼して立ち上がると、そのまま部屋を出た。少しばかり空を見上げた後、深く深呼吸をする。
「孫犬丸様・・・」
「和丸、春の出陣のために最後の仕上げをしてくれ」
「はっ!」
「夏までに、小谷城手前までは進軍しよう」
賢政の兄弟に関しては諸説あります。実は資料には見受けられなく、創作の可能性があるとされています。
この小説での賢政の兄弟は、新四郎(政元)、政之、京極マリアとなっています。
京極マリアは一六六一年時点で、京極高吉に嫁いでいます。
次の投稿は、13、14日ぐらいになります。