永禄四年 二月下旬
二月上旬
「ふふふ、お久しぶりですね、孫犬丸様」
「・・・どうした吉郎?柄にもなく上品っぽく笑って。全くなっていないぞ」
「ははは、それを言われたらおしまいですね。いや、お久しぶりです孫犬丸様」
「まあ、そうだな。と言っても四ヶ月ぶりぐらいじゃないか?確か前回は、浅井を攻めることを伝えたんだっけな」
「たしかにそうですね」
わざとらしく頷く吉郎の顔は、なにか言いたげな表情をしている。おそらく自分からは言いたくなく、俺に聞かれたいのだろう。話も進まないから、仕方なく俺は質問をする。
「吉郎、何か良いことでもあったのか?」
「!!!よくぞ聞いてくれました、孫犬丸様!実はもの凄いものを見つけてしまったのですよ!」
今まで吉郎と会ってきて、今日ほどの笑顔は見たことがない。何か黄金でも見つけたかのような表情をしていて羨ましい。こちらは絶賛暗躍中で疲れているというのに。
「何を手に入れたんだ?」
「孫犬丸様、一年ほど前におっしゃられた事を覚えていますか?」
「???いや、どれのことを言っているのか分からないが?」
「佐渡に金山が〜〜〜とおっしゃられたことです」
「・・・・・ああ、確かに言ったな」
石見銀山や生野銀山の話をしていた時、俺は佐渡金山を思い出して口にした。しかしどうやらこの時代にはまだ鉱山としては無く、吉郎に首を傾げられたのを思い出した。
「それがどうしたんだ?」
「実はあっしは、孫犬丸様のその言葉にピンと来たのです!商人の勘が働いたのです」
「そ、そうなのか」
「それで、孫犬丸様に前回会ったぐらいですかね。調査隊を佐渡国に派遣しました」
「お、おう、そうなのか。それで結果は・・・・まさか―――」
「ええ、見事に佐渡の相川と呼ばれる場所で見つけたのです!!!!」
・・・全く予想していない展開だ。確かに口はすべらせたかもしれないけど、まさか見つけてくるとは思ってもいなかった。俺も少しは調査させるのも考えたけど、労力とか金とかを考えてやめたぞ。そもそも遠すぎるし!
「孫犬丸様は知っていたのですか、佐渡で砂金が取れることを?」
「え、あ、まあ、そうだな(そういうことにしておこう)」
「流石孫犬丸様、博識ですね。お陰で一儲けできそうです」
一儲けどころの話じゃないぞ!すごい量を算出できるようになる。更にいうと、銀も取れるはずだからその儲けは・・・・計算できない額だろう。
こんな忙しい時期だというのに、何でこんな旨い話を持ってきたんだよ!
「それで、俺が乗っても良いのか?」
「ええ、もちろんでございます!あっしは孫犬丸様と一心同体ですから。ただ―――」
「俺の人脈を使いたいんだろ?」
「そうです。普通に採掘を始めたら、佐渡にいる本間氏などに全てを取られてしまいます。何としても独占をしたいので」
「そうだな、佐渡の情勢はどんな感じだ?」
「やはり越後の長尾氏の影響が強いです。が、本間氏自体は分裂しています。本家は衰退して、代わりに分家が台頭をしている難しい情勢です」
俺は頭の中で色々と考える。
「一番良いのは長尾の庇護を受けて採掘をすること。ただその場合だと多くの収益を取られる。だから長尾にはバレずにやりたい」
「???」
「長尾は甲斐武田家や後北条家など敵を抱えているから、多くの銭がいる。そこで金山や銀山が佐渡で見つかったと聞けば・・・絶対に群がってくる。残念ながらこちらから兵を送るのは不可能だから、たとえ採掘権は取られなくても多くを持っていかれる」
「では本間氏の庇護を?」
「妥当だろう。長尾氏ほど銭を欲するわけではない。旨い話には乗っかりたいけど、長尾氏と敵対はしたくない当主に話を持っていけば良いだろう。少し金を毎月流せば、上手く隠してくれるだろう」
「怖い役目ですね」
苦笑いを浮かべる吉郎。俺が言ったことはつまり、長尾にバレずにやれと言う事。あの長尾景虎(後の上杉謙信)のすぐ近くでほぼ違法採掘のようなことをやるのだから、吉郎も怖いのだろう。
「まあ俺からできることは、またあのクソ・・・関白様に話をすることぐらいだ。俺とあの方の仲だし、少し金を積めば何かしらの手は打ってくれる。だから心配はしなくていいと思う」
「そうでしたね、関白様がおられましたね。だったら安心です」
「佐渡については全てを任せるから、好きなだけ採掘をしていっぱい利益を上げろよ」
「ええ、分かりました」
商人としての目をして軽く頭を下げてくれる。これが成功したら、お金がまた色々と入ってくるな。
「じゃあ本題に入ろう」
「え!?」
「なんで驚いているんだよ!そもそもここにお前を呼んだのは俺だ。当然話があるからに決まっているじゃないか。佐渡の話はこっちとしても予想外だ」
「え、そうでしたね」
自分の話が終わったら軽くなりやがって。こっちはもっと重い話があるんだよ!
「今から人質になった新九郎賢政に会いに行くぞ」
「はいっ!?!?!」
後瀬山城からほど近い、小浜の街からは少し離れたお寺。そこは異常なほど周囲を数十人の兵が見回りをしており、寺内にも多数の兵がいる。
俺と吉郎が寺内に入ると、そこで待っていた和丸が出迎えてくれる。
「和丸、少し遅れたな」
「いえ、問題ありません。それよりも・・・」
「???どうした、何か問題でも発生したのか」
「・・・・来てもらったほうが早いです」
外の兵たちは特に騒いでいないことから、和丸以外は知らないことなのだろう。それほど深刻な内容だとは思いたくないけど・・・少し緊張しながら賢政が囚われている部屋へと向かう。
どうやら連れてこられてからは大人しくしているようで、特に大きな問題は起こしていない。むしろ怖いぐらいに平然としているらしい。
「孫犬丸様、ここでございます」
「そうか」
俺は一度深く深呼吸をした後、入室する。俺が来ることは事前に知らされていたため、一人の青年が座って待っていた。二度ほど会ったことのある青年だが・・・その髪型が変わっていることに驚いた。
青年―――浅井賢政は髪を全て剃って坊主になっていた。多少雑に剃られているが、それでも印象はだいぶ変わる。俺と吉郎は驚きつつも、とりあえず対面に座る。
「お初にお目に―――」
「初めてではございませんよね、近衛の使者殿。いや、武田家次期当主の孫犬丸殿」
目を細めて俺を見てくる賢政は、髪がなくなって見た目は変われども、その優しい喋り方は会ったときと変わらない。
「貴方が裏で動いていたのですね。某がそれに気付いたのはつい最近ですよ」
「何のことでしょうか?」
「あの和睦も意図的ですか?」
俺は何も答えない。変に探られたら、ボロを出すかもしれない。あくまで俺は目の前の青年と交渉をしに来たのだ。
「後ろにおられるのは吉郎殿ですか」
「お久しぶりです新九郎様」
「まさか吉郎殿が武田家の間者とは。となると領内の噂も貴方が出どころですか」
賢政と吉郎は知り合いだから、吉郎をここに呼んでいる。近江で商売していた頃にはよく話をする仲だったらしく、そういう理由もあって浅井家攻めの話に難色を示していたのだ。
まあ結局は商人。佐渡の事で舞い上がりすぎて、俺が呼んだ理由を忘れやがったな。
「それで御三方はどのようなご要件でここに?特に孫犬丸殿。貴方が裏で暗躍をしていた黒幕なら、どうして来たのですか?」
「某は新九郎殿と交渉をしに来たのです」
おそらく賢政は大体のことは察したのだろう。俺が裏で暗躍していること、それがバレないように本来は動いていること、そしてこれからの交渉のこと。
俺だってあまりここには来たくなかった。父や俺の本来の姿を知らない奴らにバレたくはなかったから。
「しかし、どうして新九郎殿は頭を丸められたのですか?」
「・・・それは分かっておられるでしょう?」
新九郎は軽く笑うと、深々と頭を下げた。
「どうかお願いします。某の弟と妹たちだけでも良いので、見逃してはもらえないでしょうか」
佐渡の話は咄嗟に思いつきました。まさかこの時期、金山としては使われていなかったことは知りませんでした。銀山はあったそうですが・・・
今週中には次を投稿します。