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寝返り


永禄四年 一月下旬 近江国高島郡田屋城(現滋賀県高島市マキノ町)




「お久しぶりです、叔父上。中々会える機会が少ないですが、お元気そうで何よりです」

「ハハハ、相変わらず律儀なやつだ。お主も、変わっていないな」

「西は変わりありませんか?」

「ああ、誰かさんのせいで少し六角が騒がしいが、それ以外は特に何も無い」

「アハハハ、その噂を否定するために来たのですよ」


優しい顔の青年は、困ったように頬を掻く。目の前の彼の叔父は、堂々としながら青年を睨みつける。一応は立場的には青年のほうが上なのだが、青年は叔父には逆らえない。


「賢政よ。では、言い訳を聞こうではないか」


青年――――浅井家の次期当主である浅井新九郎賢政は言葉を選ぶ。本来の歴史においては家督を継いでいる時期だが、孫犬丸のせいで今はまだ浅井家の跡取りに過ぎない。


「叔父上、確かに父が三好に書状を送っていたことは事実ではございます。しかし、決して公方様を裏切るようなまねをしたり、六角と事を構えたりするような目的はありません。ただ、誘いがあったのでその返答をしただけです」

「返答を?断るということか?」

「ええ、もちろんでございます。某も父に確認しましたが、公方様を裏切るようなまねをしません。ましてや、そのような危ない橋は渡しません。父を補佐していいる叔父上も分かりますよね?」


その真摯な言葉に少し考え込む男。少しして、いきなり話を変える。


「話は変わるが、お前の父親は何を考えているんだ?いきなり六角裏切ったりて、結局上手く行けかずに、また傘下に入ることになり・・・補佐していて嫌気が差してくる。だからこうして今は本領に戻っている」

「父も、家を守る使命と独立をいたいという野望の間で揺れているのです」

「なるほど、その気持ちはわかる。六角家の傘下に入ることは嫌だからな。だがな、簡単に引き下がったではないか?」

「そ、それは・・・」

「豪族たちの不満は溜まっている。ただでさえ浅井家は名門ではない、豪族の家、しかもまだ北近江の支配を固めてそこまでの年月が経っていない家だ。傘下にいる豪族たちは生き延びるために渋々従っているが、いつでも反乱分子になり得る」

「仰ることはもっともです。ですが、ご安心ください!父も引退する決意を固めました。ここは溜飲を下げてもらうために、一旦昨年の失敗を理由に某が当主になります。もちろん父には、隠居しても政治に関わってもらいます」


賢政の説明に耳を傾ける男。


「某は六角家で育ち、六角承禎様から偏諱を頂いています。ですから、六角家相手にも色々とできます。まずは国内を整備してから―――」

「だが、お主は六角承禎様の養女を送り返した。それから今日まで、のらりくらりとその事を交わしているらしいじゃないか」

「そ、それは・・・・・・はい・・・・」

「どうせ遠藤喜右衛門(直経)と浅井玄蕃允(政澄)にでも進言されたのだろう」


男の言う遠藤直経と浅井政澄は浅井家の家臣であり、遠藤家は浅井家の譜代の家臣で、浅井政澄は浅井氏庶家の家の生まれ。どちらも浅井家の宿老であり、まだ若い賢政は二人の言葉を無視はできないのだ。


「あいつらは何も分かっていない。六角家と敵対をして、いいことは無い。もし万が一勝てたとしても、果たしてその未来は良いものなのか・・・」

「叔父上、一体どうされたのですか?叔父上も手切れには賛成をしていたではないですか!」

「あの時は・・・確かにそうだった。義父上の悲願であった独立ができる、そう思うと心が若かりし頃に戻っていた。確かにあの時の判断に悔いは残っていなかった」


目を大きく見開いて賢政の顔を見つめる。


「だがな、今思えば全てが仕組まれていたんだ。いや、手のひらの上で踊らされていたという表現が合うな」

「??????何を言っているのですか?」

「賢政よ、豪族が生き残るためには何をしなければならないと思う?」

「・・・それはより強い勢力の傘下に入ることです」

「そうだ。例え石を投げられようと、家を存続させる。元々は浅井家もそうする側だった」

「ええ、ですが時代は戦乱の世。下の家が上の家を倒すことができるようになった。我々浅井家も京極家の傘下で勢力を拡大させ、今では北近江の支配者となっています。もちろん六角家や朝倉家と比べたら小さな家であり、今は六角家の傘下と言っても過言ではない。しかしいつかは独立できます。某の代で必ず―――」

「お前の本心か?」


男の言葉に言葉を詰まらせる賢政。口をパクパクと動かすが、言葉が出てこない。


「お前は賢い、故に色々と考えて判断ができなくなる。何よりも、欲なんかより義理や人情を大切にする優しいやつだ。お前は優秀だが、ずる賢さや残酷さがないからこの世では生き残れない。一方のお前の父は、ずる賢さや残酷さはあっても、お主ほど優秀ではない。それなりに上手くやっているが・・・今の情勢では生き抜けない」

「では叔父上が当主だったら生き残れるのですか?」

「昔の自分なら、生き残れると答えるだろう。だがな、今はそうは思えない。よっぽど下野守(久政)の方が生き延びられる」

「どうして自信無くなったのですか?」

「あいつらが動いていると知ってからだ。まさかあそこが動いていたは気付かなかった。そして恐ろしいと思った」

「??????」

「既に浅井家は見捨てられている。もはや勝算はない。だったらせめて、我が家を存続させることにした」

「???話が見えてきません、叔父上」

「決して浅井家を滅ぼしたいとか、下野守が憎いとかそういうわけではない。あの争いはもう決着がついていて、納得はしている。だからこそ、もう俺は浅井家の人間ではない。あくまで田屋家当主、田屋新三郎明政に過ぎない」


そう男―――田屋明政が話し終えると、彼の背後の襖が開く。隣の部屋から現れたのは、賢政も一度は見たことのある人物だ。


「土御門家から来られた使者殿が何故ここに!?」

「お久しぶりです、浅井新九郎様」


丁寧に頭を下げたの青年は明政の隣に座って名を名乗った。


「拙者の本当の名は、武田家当主である武田大膳大夫様の嫡男、武田孫犬丸様が参謀である、三方弾正右衛門忠之と申します」


その名乗りを聞いて、賢政は目を大きく見開いて警戒した表情を浮かべる。


「ど、どうして武田家の者が叔父上のところに!?!?まさか・・・」

「ああ、その通りだ。俺は武田家に寝返った」

「??????どういうことですか。何故寝返った・・・いや、そもそもどうして武田家にですか?六角家ではなくて?」

「簡単な話ですよ。我々武田家は、今年の夏頃に浅井家を攻めます」


その言葉に、今日一番驚く賢政。だが、わざわざ攻めることを和丸が言ったことに、明政も驚いた。


「言ってもよろしいのですか?」

「ええ、まあ。問題はないので」


「ど、どういうことですか!何故武田家が攻めてくるのですか!」

「天下を取るためですよ」


和丸の返答に賢政は首を傾げる。一体どうして天下を取ることと、関係がほとんど無い浅井家に武田家が攻めることと繋がるのか理解できていない。


「そういうところだ、賢政。弾正右衛門殿の主君がどなたかは判断できないが、その方はお前に無いずる賢さや残酷さを持ち合わせている。天下を取るという目標には、義理も人情も必要はない。生き残るのではない、食って成長をする奴らだ」


その表現に、和丸は苦笑いを浮かべる。


「まあ、その通りですね。我が主君は鬼になることを決めた。だがら、我々家臣はもっと鬼になることを決めた。その証明のために、今年中に浅井家を滅ぼします」


和丸は、滅ぼす家の次期当主相手に堂々と言い放つ。昔のように心のなかでビクビクとすること無く、覚悟を決めた目で賢政を睨みつける。


「宣戦布告と受け取ってよろしいか?」

「いや、貴方がこれ以上表舞台に現れることはありません」


和丸がいきなり手を上げたかと思うと、天井や別の部屋、床下に潜んでいた忍達が賢政に襲いかかる。咄嗟のことだが何とか避けようとしたが、最終的に賢政は捕まって縄に縛られる。


「田屋殿の願いで、新九郎様は戦後まで捕まっていてもらいます。護衛の方々も捕らえられていますから、あまり暴れないでください」

「な、何だと!お、叔父上、どういうことですか!」

「言っただろ、浅井家を滅ぼしたいわけでは無い。弾正右衛門殿が浅井家の名を残すことを約束してくれた。もし残るとしたら、その時の当主はお前がなるべきだ」

「そ、そんなのなる訳がありません!そもそも、朝倉家が―――」

「朝倉家は出てこない、既に浅井は滅びる運命だ。今はまだ混乱しているだろうから、よく考えておいてくれ」


そう甥に伝えると、和丸の方を向く明政。


「約束、お願いしますよ」

「ええ、もちろん。この命に変えても」


和丸は配下の忍達に指示を出して、賢政とその護衛たちを若狭へと送った。作戦は少しずつ進められていた。




田屋明政


筆者は調べていて初めて知りましたが、元々は浅井家の次期当主だった人だそうです。


浅井家の名君で浅井賢政(長政)の祖父である浅井亮政は元々は浅井家庶家の生まれであり、本家の婿養子となった経歴を持っています。その正妻との間には娘しか生きておらず(嫡男は早世)、その嫡女の婿養子が田屋明政というわけです。


明政の通称である”新三郎”は亮政の通称でもあり、亮政の側室の子である久政の通称は”新九郎”です。他にも裏付けるエピソードが残っており、元々は明政が浅井家の後継者でした。


どうして田屋明政なのかは分かりません。田屋氏の本拠は高島郡で、高島郡進出が目的・・・だったり、明政が相当亮政に気に入られていたり・・・。とりあえず、亮政の死後は後継者争いが一応は行われたとされており、結局久政が継ぐことになります。


田屋明政は、結局久政の補佐などを担当することになります。

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