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策略


十二月 北近江のとある寺




「久しぶりだな、孫犬丸」

「ええ、お久しぶりです、お祖父様」


襖を開けると、目の間に懐かしい顔の初老の男性が胡座をかいて座っていた。外は凍えるような寒さだが、この室内は、少し暖かくなっている。だが、それでも防寒着を脱ごうとは思わない。


「お前の策で追放されて、早四年ぐらいは経ったな」


初老の男性―――俺の祖父である武田信豊は、丸くなった頭を撫でながら笑う。少しやせ細っているが、その瞳孔はあの時とは変わらない。祖父が追放された後は一度も会ってはいないが、元気そうで何よりだ。


「お前の活躍は怖いぐらい聞かない。どうせ裏でまた動いていたのだろう?」

「ええまあ。お祖父様も、あまり噂は聞きませんが」

「各地を点々としていたのだ。最初は公方様に奉公していたが、義統が活躍をしだしてからは気まずくてな。すぐに六角家の食客になったが腫れ物扱い。浅井家、朝倉家、北近江の知り合いの豪族などにもお世話になっている」

「そろそろ戻る気はないのですか?流石に父上も、許してくれるとは思います」

「そうだな、確かに若狭は恋しい。・・・だが、お前は本心でそれを言っているのか?」


俺の顔を訝しみながら覗き込んでくる祖父。その表情は、完全に俺を疑っている。まあ、隠すつもりはないから正直に答えた。


「ええ、お祖父様には外にいてもらいたい。そうすれば、俺も動きやすいので」

「この老体を扱き使うつもりか。ガハハハ、相変わらず生意気な餓鬼だが、そういうところは気に入っているぞ」

「ありがとうございます」

「それで、何用で濃を呼び出した?何をさせる気だ?」

「もちろん、天下を取るための手助けを」


俺の言葉を聞いて、じーっと見つめてくる。少し首を傾げた後、質問をしてくる。


「あの内乱の時、お前は天下を取る気はなかったのだろう?どうして今になって天下を取るという考えになる?」

「色々とあって、天下を取らなければならなくなったのです」

「では、残酷になる決意を持ったと?」

「ええ、鬼にでもなる覚悟です」

「・・・・・・『男子、三日会わざれば刮目して見よ』ということか。まあ、こんな童の成長が、天下を取る心構えを身につけたというのはどうかと思うが」


くつくつと笑いながらもこちらを見るのは止めない。


「いいだろ、どこまで行くか楽しみだから、今後も手助けをしよう。それで、何をさせる気だ?と言うよりもどこを攻める?山名か、三好か・・・それともまさか、浅井家か!」

「そのまさかですよ」

「やはりお前は侮れんな。それで、濃に撹乱をさせる気か?」

「ええ、それはもちろんです。既に味方の商人にもやらせています」


少しずつだが、浅井家内に不穏な空気が流れている。流している噂は主に二つ。

まずは、六角家が来年の春に攻め込んでいるというもの。これは小谷城―――つまり、浅井家の本拠一帯で広めている。


もう一つは、浅井家が三好家と繋がっているという噂。円才達忍に探らせていて、三好家と何やらやり取りをしている可能性が浮上してきた。この事を、浅井家傘下の豪族たちに流している。


近江の豪族たちは、それなりに将軍家への忠誠がある。主に浅井家領の中でも西側の地域は六角家の影響力もあるため、裏切る可能性が高い。

まあ、まさか若狭武田家が攻めてくるとは思わないだろうけど。


「具体的には何をやらせる気だ?」

「浅井家の親しい方々に噂をばら撒いてください。そうですね、朝倉家が攻めてくると」

「???どうして朝倉家だ?」

「とりあえず、流してください。後は、公方様の側近の方にでいいので、浅井家が三好と組んでいると流してください」

「色々とばら撒くんだな」


情報が錯綜すれば、それだけで紛れることができる。おそらくこれらの噂を聞いて、六角の忍もちゃんとした情報を掴みかねるだろう。


「分かった、お前の言う通りに動く」

「ええ、ありがとうございます。・・・そう言えば、一人お祖父様に会わせたい方がいるのですが、」

「誰だ???」


俺は席を離れて、別の部屋で待機をしている人を呼びに行く。祖父が待つ部屋に連れて行くと、その人の顔を見て祖父は苦笑いを浮かべる。


「お前というやつは、本当に生意気な奴だな。これほど皮肉は無い」


俺が呼んだのは、武田信虎。そう、お互い元武田家当主であり、息子に負けて追放されて、今は頭を丸めて余生を送っている二人。何だかんだ気が合いそうだから呼んでみた。まあ、少し面白い組み合わせになりそうだ、という理由もある。


「本当に、お宅の孫は生意気ですよ」


二人して大きな声で笑う。俺はその姿を見届けた後、二人を残して別室へと戻った。






越前国敦賀



「ガハハハ、まさかこんな童に騙されていたとは思いもしなかった」

「騙していたわけではありませんよ。お互い利益はありましたよね?」

「そう、昨日までは思っていたぞ。だが、今日の話を聞いて・・・この関係も続けるべきか検討したいところだ」


目の前に座る朝倉家の重臣、朝倉九郎左衛門尉景紀。数年前のような柔らかい笑みではなく、まるで敵を前にしているかのような形相で俺を睨みつけてくる。一応、俺はまだ九歳なんだけど。・・・まあ、内容が内容だけに仕方がない。


「浅井家を滅ぼすから、傍観をしてくれと?本気で言っているのか?」

「ですが、浅井家は確かに三好家と繋がっています。公方様の敵です」

「まあ、その噂は聞いている。だが何だ?公方様は大事だが、一番優先すべきは自国。例え三好と繋がっていようと、浅井家は大事な同盟相手。それをみすみす滅ぼさせはしないぞ」


う〜〜〜ん、中々難しい。簡単にいかないのは分かっていたけど、さてどうやって切り込むべきか。朝倉家を引き込んでからが、作戦の始まりだ。


「ですが、浅井家が若狭武田家に置き換わるだけですよ?」

「そういう簡単な問題では無いことぐらいは分かっているだろ。浅井家を独立させるために我々はこれまで裏で動いていた。それが全て無駄になるのだ。何より、表沙汰にしていないとはいえ同盟相手を見殺しては信用を失う」

「そうですか、流石にそうですか」


俺は少しばかりため息をついた。


「では仕方がありません。朝倉家は敵に回りますが、浅井家は攻め滅ぼさせていただきます。俺としては、景紀様と敵対はしたくなかったのですが・・・」


俺は残念そうに席を立とうとすると、景紀ががっしりと俺の肩を掴んで立たせようとしない。


「まあ、待て。交渉に応じないわけではないんだ。ただ、朝倉家の家臣内にも親浅井派がいるんだ。そういう連中を相手しないといけないから、拙者としては利が欲しい。孫犬丸殿の仰る通り、北近江の支配者の首がすげ変わるだけ。六角家と不仲になりつつあるから、そういう意味では応援している」


ククク、やっぱりそうだ。景紀も、この浅井家侵攻が朝倉家の不利益になることばかりではないことが分かっている。もちろん義理とかもあるだろうが、やはり自国と主君の家を強くするのが家臣の役目。利があれば、重臣である彼ならば家臣たちを纏めることは可能だろう。


「いいでしょう、交渉を始めましょう。と言っても、俺とここで交わすことはあくまで口約束です。ここで話の内容を元にして、改めて来年の侵攻前までには父が書状を送ると思います」


父は、まさか俺が裏で交渉していたことには気付かないだろうけど。


「それで、具体的に何を提示する?」

「まずは、近江と越前を繋ぐ街道について。そこを行き交う商人達の為に、関所を撤廃します。そうすることで、より多くの商人が行き来できます」

「関所を撤廃!!!斬新な考えだが、本当にそれで利益は上がるのか?」

「敦賀から京へと品物を届けるうえでの最短の道は、北国街道や塩津街道を通って南下し、近江の淡海(あふみ)の海(琵琶湖)から舟で向かうもの。つまり、浅井家にとって近江は大事な中間地点であり、商人の行き交いが多くなれば利益をあげられる。関所が無くなることで、多くの商人が来るとは思いませんか?」


おそらく、浅井家を援助するうえで、条件として関所の通行料の値下げを要求していたのだろう。越前からは若狭を通るルートもあるが、明らかに遠回り。海路を使えばすぐに京にたどり着き、品物を安く売ることができる。

何より、商人が多く行き交えば自ずとその中継地点も儲けを出せる。そこを取るのはもちろん若狭武田家だ!


「確かに、そちらが良いと言うなら関所の撤廃はありがたい。こちらの関所については、もう少し考えさせてもらう」

「理解していただきありがとうございます。もう一つこちらが提示できるのは、小浜や高浜と敦賀の同盟」

「???それはどういうことだ?」

「今や三つとも多くの舟が集まる、巨大港。ただ、距離がそれなりに近いため、お互いが不毛な舟の取り合いをしてしまっています。だからこそ、この三港の連携を密にしていく。そして堺などよりも大きく栄えれるようにしていく」

「なるほど、面白い案だ。確かに最近は取り合いが発生して、逆に利益が落ちている」

「他にも、対一向宗の援軍だったり、山名家から流れてくる銀を安く売ったり・・・などなど。それなりに提示できことはありますよ」


俺の言葉を聞きながら、景紀はニヤリと笑う。


「そうだな、朝倉家としては利があることばかり。すぐにとは言わないが、返答をするから待っていてくれ」


こうして大事な密談は、一応はいい方向で終わった。



さて、これからがより忙しい。



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