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青春 (間話)


秋の夕暮れ。赤く染まる太陽がゆっくりと西に沈んでいく。それと同時に反対の―――東の空から黄色い満月が顔を出す。少しずつ寒くなってきた夜。ススキが風に揺れて静かなかすれる音だけが響く。


早く流れる小川のほとりにある小さな小屋。弓や防具がしまってある小屋の前に、一人の少女が立っていた。髪は短めでゆったりとした小袖を着ていて、いつも汗だくの姿ではない。


「お、そこにいたのか。いつもと違っていて分からなかった」

「う、うるさいわね!それよりも、遅いわよ」


そう赤面しながら言う弦は、いつものような元気な荒々しさはない。むしろ恋をする乙女のようにもじもじとしている。

それを、九郎は不審がる。


「何なんだよ話って?」

「・・・・・・す、好きになっちゃんたんだよ」

「はぁ???誰を、誰が?」

「アタシが、――郎を」

「え!?なんて?」


「アタシが、あんたの兄の八郎を好きになったの!」


その言葉にニヤリと笑みを浮かべる九郎。目の前の女子は、いつもがさつな感じで九郎に対しても気さくに話しかけたり触れてきたりしてくる。しかし、彼の兄である八郎にだけはいつもよそよそしい。

あまり恋愛など興味ない九郎でも、何となくは感づいていた。


「はは〜〜ん、やっぱりそうか。何かいつも、兄ちゃんと話す時はお前らしくなかったと思っていたよ」

「い、いけないの?」

「いや、兄ちゃんはかっこよくて頼りになるから好意を持つのは分かる」


どうしてお前が誇らしげなんだ!というツッコミをする人は、残念ながらこの場所には誰もいない。九郎はドヤ顔をしていて、弦は納得するように大きく頷いた。


「あ、アタシが八郎を好きなったのは、まさにそういう理由よ!男性は常に女性を支配したがるって椿姉様に聞いたの!だから男子って怖いものだと思っていたけど、ああやって優しくしてもらって、毎日心がドキドキしているの」

「まあ、兄ちゃんは誰にも優しくて気配りができるからね」

「アタシみたいな女性らしくない人相手にも、普通に話しかけてくれて気遣いができて・・・・九郎とは大違いだね」

「何だと!ふん、そういうことを言うなら、この事は兄ちゃんに伝えるね」

「わ、分かった、あ、謝るからまだ言わないで」


弦は必死に九郎を止めようとする。彼女自身、この気持ちに気づいたのはまだ最近のことで、まだちゃんとは整理できていなかった。


「そ、それで相談なんだけど、八郎に送って喜ぶものって何か分かる?」

「兄ちゃんに?何でも喜ぶと思うぞ」

「そうだけど、一番喜ぶもの!」


そう言われて九郎は熟考する(珍しく)。兄とは仲が良い九郎だが、あまりそういうことは深く考えてこなかった。何しろ、九郎が送るものであれば八郎は喜んでくれたから。

しばらく考えていた九郎は、やっと答えを出す。


「弦が送るなら、やっぱり弓じゃん?」

「え・・・・あ、弓ね!アタシの名前も弦だから・・・・あれ、これって運命では・・・」


何故か赤面する弦に首を傾げる九郎。しばらく体をくねらせていた弦は、ハッとしてすぐに姿勢を正す。


「ん”ん”っ、とりあえず、弓は喜ばれるのね!」

「多分、大丈夫だと思うぞ。後は、甘いものとかはだいたい好きだ」

「・・・手作りの料理か。今度、犬丸様に聞いてみるか」

「それで、相談っていうのはこれだけか」

「あ、うん。こんな時間にごめん」

「まあ、兄ちゃんを好きになってしまうのは仕方ないからな!」


相変わらずドヤ顔をする九郎。そんな九郎を見て、弦は小さく呟いた。


「・・・こんな奴、どうして結は好きなったんだ?」





三日後の夜。同じ場所、同じ小屋の前に一人の少女が誰かを待っていた。三日前とは違い、長く垂れた髪は肩まであり、いつもより少し表情のある顔でいる。

その彼女のもとに、一人の青年が来る。


「おまたせして申し訳ありません、結殿」

「いいえ、八郎殿。こちらこそ急にお呼びしてしまい、申し訳ありません」


三日前の男女とは違い、お互い礼儀正しく頭を下げあった。まだまだ出会って一ヶ月の間柄のため、どちらも少し他人行儀。・・・まあ、この二人は少し礼儀正しすぎるだけだが。


「それで、話したい相談というのは?しかもこんな夜に、僕だけとは?」

「実は、好きなってしまったのです」

「・・・なるほど、分かりました。それで、好きなものを知りたいと」

「!!!ご存知なのですか!」

「何となく、分かりますよ。しかし、本当にあいつが好きなんですか?正直兄として、お世辞にも好かれるような奴では無いと思っていたので」


こちらは変なやり取りをせず、八郎は淡々と聞く。あえて名前を出さないで、しかも茶化したりしないところは八郎の紳士さが垣間見える。


「私は、殆ど男性とは関わったことがなかったのです。なので、正直男性とは恐ろしい方々だと思っていました。しかし、あの方はいつも気さくに話しかけてくれて、あまり笑わない私を笑わせようとしてきたりして、いつの間にかあの方がいるだけで心が暖かくなっていたのです」


いつもよりも饒舌に喋る結を見て、改めて確信をする八郎。内心では、あの弟を好きになる人が現れたことに心底驚いていた。でも、兄としては弟のいい所に好意を持たれていて、誇らしくも思っていた。


「分かりました。九郎に送って喜びそうなものをお伝えします。しかし、こういうのは九郎に送らせるべきではありませんか?」

「い、いえ、勝手に私が好意を持っただけなので!」


恥ずかしそうに否定をする結。八郎は内心で苦笑いをしながら、今度九郎にも送らせようと心の中で決めた。


「そうだね、九郎が好きなのはやっぱり武器かな。刀とか槍とかは好きだと思う。書物とかそういう類のものは嫌いなんじゃないかな?食べ物だと、甘いものではなく辛いものが好きだよ。後は、動きやすい服とか?」


いつの間にか取り出した紙に、結が八郎の言葉を書き取る。真剣に聞く結に、八郎は多くの九郎の情報を伝える。

しばらく九郎の情報を伝えていた八郎を、結が突然止める。


「あの、一つ質問をよろしいでしょうか?」

「はい、何でも聞いて下さい」

「九郎殿は、好いている方はいらっしゃらないのですか?例えば、私の姉の弦姉様とか?」

「なるほど、確かにあの二人は仲が良さそうだね」


不安そうな表情をする結を見て、優しく笑いかける八郎。言葉を少し探しながら、結に話しかける。


「九郎は、恋愛感情とかを弦殿に向けてはいないと思うよ。どちらかと言うと、友人や仲間といった感じだね。だからよく話しているんじゃないかな?」

「で、では、私は・・・」

「九郎の知らない種類の女性だから、少し距離を掴みかねんているんだよ。ほら、九郎の周りには結殿みたいな人はいないから。でも、それは嫌いとかじゃないと思う。もしかすると、意識はしているかもしれない。だから、どんどん九郎に話しかければいいと思います」


双子の兄である八郎の言葉を聞いて自信がついたのか、大きく頷いて笑う結。八郎は妹を見るような目をしながら、優しく笑いかけた。




「まさか九郎までとは。青春をしているな〜〜〜」

「・・・孫犬丸様。人の色恋沙汰を覗き見するものではありません。それと、”せいしゅん”とは何ですか?」

「青い春だよ」

「???」


堅苦しい事を言う光秀を一瞥した後、俺は小屋から離れていく二人にもう一度視線を向ける。三日前にも似たような光景を同じ場所で覗き見していた。


「いや〜〜、それにしてもあの双子も中々だな」

「はぁ〜〜〜、やっぱり報告をするべきではなかったです」

「ご苦労だ、十兵衛。これからもあの四人を見守ろうじゃないか」


こういうほのぼのとした時間があってもいいと思う。これからはより戦いが激化して、日常など忘れてしまう。今だけは、あの若者たちに青春を楽しんでもらおうじゃないか。


「青春、俺にもあるのかな・・・」

「ですから、その青春って何なんですか!」



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