内乱②
「誅殺ですか・・・」
「何だ、重政?気に入らないのか?」
「いえ、戦略として正しいとは思いますが、武士としては少し思う所があるだけです」
まあそうだよな。この時代の武士道はやはり正々堂々と戦うこと。頭では謀略は仕方がないと理解していても、武士としてはどこか軽視してしまうのだろう。
「まあ、そこら辺は俺がやるから心配するな」
「・・・一応どのようにやるか聞いてもよろしいでしょうか?」
「お祖父様を説得できたらの話だが、お祖父様に逸見昌経を呼び出してもらい誅殺してもらう。そうすれば残された逸見氏はこちらに靡くことになる。ああ、もちろんしっかりとした証拠を押さえてからだ。三好と繋がっている証拠を」
逸見昌経は史実ではこの内乱で負けた後、三好を使って一五六一年に若狭へと侵攻してきて自分の領地を奪い返してくる。
優秀な奴なのだろうが、信用は出来ない。一度会ったことはあるがどこか横暴であまり良い印象を持っていない。何より決定的なのはここ最近、逸見氏居城である砕導山城への兵糧がどこからか運ばれてきていた痕跡があった。
これは毎日検地などを読んでいるからこそ急激に兵糧が増えたこと、また街道にある関門の通行状況を調べていたからこそ分かったことだ。怪しい商人を調べてみると三好と繋がっている奴らばかり。ここから推測もできる。
「ご隠居様の説得は出来るのですか?」
「ああ、方法が一つだけあるが今は教えられない」
「分かりました」
祖父の説得には正直自信がある。俺の力さえあれば行けるだろう。
「孫犬丸様、重政殿!待ってください。それよりも逸見氏のことです!」
「逸見氏が何だ?」
「逸見氏領地の高浜をどうされるのですか?駿河守(昌経)様が誅殺されてすぐに三好から攻められる恐れがあります!それにはどう対処されるのですか?」
なるほど、三好は逸見と繋がっていたからこそ強引ではあるが大義名分が出来る。それで一気に攻められたら終わりだ。戦で討ったのではなく誅殺したとなればなおさらだ。だが、問題はない。
「逸見の領土を三分割する。こちら側に寝返る逸見氏一族への領土安堵、武功を立てた家臣への知行、そして帝へ献上する領地に」
「帝に献上ですか!」
「ああ、そうだ」
「孫犬丸様、確かに三好は手を出しにくくなるかもしれません。ですが、将軍家を追いやるような野蛮な一族です。京を押さえられてる以上朝廷はあまり三好に強気に出れないのですから、献上された領地の支配を要求されたらそれこそ終わりです。たちまち三好が侵食してきます」
ここで大事なのが今、三好が京を支配しているということ。現将軍である十三代目足利義輝は三年前から近江(現滋賀県)朽木へと逃れている。つまり、今の室町幕府を運営しているのは実質三好であり、貴族も三好に強く口出しできない状況だ。
だから、もし朝廷に土地を献上でもしたらすぐさま三好に奪われるかもしれない。それを重政は指摘している。
「確かに危ないが、こちらが高浜に委任される人を推薦すれば良いんだよ」
「誰を推薦なさるのですか?」
「陰陽頭で非参議であられた、土御門従三位有春様だ」
「なんと、土御門様に!」
「それは・・・確かに手を出せませんな」
「だろ?」
天下の三好も手を出せない土御門有春、いや土御門家は、陰陽師として最も有名と言っても過言ではないあの安倍晴明の嫡流子孫。安倍家が土御門と名を変えたことが始まりの凄い家だ。
土御門家の仕事は陰陽道、天文道、暦道を行い朝廷に使える家。つまり仕事は占いや暦の作成、元号の変更の助言などをすること。
一見そこまで凄い仕事には見えないかもしれないが、この時代の人々にとったら凄い人々である。医療が発達していないため、あらゆる病気が呪いだと思われている時代。それを祓い、天下を守ってる存在として認識されている。
そんな土御門家だが、応仁の乱の時に自らの所領である若狭の名田庄に移り住んでいた。息子に当主の座を譲った二十九代目土御門有春も一五四二年に逃れてきていて今まさに、そこに住んでいる。
有春の位は従三位。対する三好家当主、三好長慶は従四位下。
位階から見ても有春は公卿と言われる地位であり、圧倒的に上。
「確かに良策です。今はちょうど、若狭に住んでいらっしゃる」
「ああ。名田から動きたくないと仰せなら、名前だけでも借りれば良い。朝廷も収益が増えると喜ぶぞ!」
この時代の貴族や朝廷は困窮状態。天皇の即位やら葬式やらが出来ないほどである。少しでもお金がほしいからこそ、最近では官位や位階を売っている。だから、この若狭でもよく栄えている高浜の地を献上すれば快く承諾するだろう。
「つまりこれからの策は?」
「まず粟屋勝長から説得をする。勝長がこちらに付けば熊谷も自ずとこちらに付く。そしてそこからお祖父様を説得する。その後のことは後々教える」
「分かりました」
俺の中ではとりあえずこれが最良だと考えている。
「粟屋越中守(勝長)様の説得は本当に成功しますか?」
「ああ、八割の自信はある」
「どうして?」
「あの者はおそらく外からの干渉を嫌っている。だから今回は敵方となっている。そこを上手くつけばいけるから案ずるな」
「孫犬丸様がそうおっしゃるのなら、これ以上は聞きません」
さて、
「では早速準備をしろ」
「え!?」
「はっ、分かりました」
和丸は驚いたように目を見開くが、重政は分かっていたかのように頭を下げる。
「まさか、もう行くのですか!」
「当たり前だ。今は城内が混乱していて忙しいから抜けやすい。領内も雪が積もっていて監視も少ない。内藤の天ケ城を通って、海から国吉城へと向かう。なるべく早く出たい」
「流石にいなくなるとバレるのでは?」
「心配ない。こちらで身代わりを用意するからな」
「・・・分かりました」
身代わりと言っても本当の人間じゃないがな。幻覚魔法を使えば大丈夫だろう。
・・・使えればの話だが。
「和丸は最短で行ける道を調べてくれ」
「は、はい!」
「重政はその他の準備を」
「承知しました」
「俺は策を成功させるためのことを色々とやる」
平和のために頑張らなくてはな。
「・・・それにしても、本当に孫犬丸様ですか?」
「何だ重政?急に変なことを聞いてきて。俺は正真正銘の武田孫犬丸だぞ」
「そうなのですが、どうしても五歳には見えなくて」
「さっき納得していたじゃないか!」
「重政殿の気持ちは分かります。いくら孫犬丸様だからと思っても、これほどまでの策を立てれる方を五歳児と飲み込むことが出来ません」
うぐっ、それを言われると確かにそうなのだが・・・
まあ、人生経験が多いだけ中身が大人である凡将だよ。
「とりあえず、今回の策を成功させて若狭に平和を取り戻すぞ!」
「「はっ!!」」




