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※現実の習い事教室とは一切関係ありません

 

 エリザベス――。

 我が再城中学校のアイドル。通称エリー。

 本名不明。学年不明。ファンクラブの推定では中二。

 お昼の放送を盛り上がるところまで盛り上げる、アタシの理想の女の子。



…+ Friday アイドル +…




「あぁっ! 今日も放送が楽しみ……♡」

「学校に着くなりキモチワルイ声を出すな、友よ……」


 鞄を下ろしながら一つ前の席の友達が呆れた顔をしている。


「でもね、シオリちゃん! エリーはアタシのマリア様なのよっ!」

「ハイハイ、もう二十回は聞きましたよそのセリフ……」

「あんな子になれたらっ! あんな子になれたらきっともう、ホントにスゴイよきっと!!」

「日本語喋って、サクラちゃん」


 アタシは伊井さくら。お昼の放送ファンクラブナンバー18。

 夢は……エリーと友達になることッ!

 ちなみにお兄さんにしたいタイプはバル、弟にしたいタイプはウィル。妹に欲しいのはエリーの妹! とにかく今年の放送メンバーが大好きで、寝ても覚めても考えているのは誰よりもエリーのことだ。

 ああ、エリー。大きくなったら声優とかやらない? ラジオとかやらないの? 彼女の声が聞けるのが今年度いっぱいだなんて信じられない!


「ねぇシオリ〜!」

「いつも通り思ってることダダ漏れだね。私、たまにアンタが心配になるわ」

「はっ!? なんでっ!?」

「レズみたいで」

「レズ言うなあ!! 厚かましいでしょうが!!」

「そっち?」


 だってだって友達になりたいって願いも結構贅沢すぎるのに、ここ、恋人になる可能性なんて! 考えるだけでドキドキしちゃう!「よかったね……」「キャー! 心読まないで!」「だから全部口からダダ漏れてんだって」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいると、ふとクスッとお上品な笑い声が聞こえた。シオリの、通路を挟んで隣の席の吉金さんだ。


「今日も元気だね、伊井さん」

「はは、ゴメン、うるさくて」

「なんでシオリが謝る!? うるさいのは認めるけどっ! ねぇ、吉金さんも思わない? エリーって素敵だよねっ!」


 吉金さんはちょっとぽかんとしてから、徐々に我に返ったみたく「あ……、うん、そうだね」と微笑んだ。だよねだよねそうだよね!


「吉金さんはどう思う? エリー、将来ラジオとかやってると思う?」

「うーん、どうだろう? でももしかしたら、」


 そこで、「このクラスに吉金華弥って人いるー?」と戸口から声がした。見ると、そこには別のクラスの男子が立っている。あれは……


「山岸ッ!!」


 呼ばれた吉金さんよりも速く彼の元へ駆けつける。山岸修は「うわ、なんだよ伊井、俺が呼んだのは別の人だ」とギャグ漫画みたいな顔をした。「知ってる! 何用?」「なんでお前に言わなきゃいけねーんだよっ! ……あ、吉金サン?」遅れて到着した彼女によそよそしく確認するのがなんかブキミだ。だってこいつ小六のときはもっとバカ丸出しだったくせに……。


「そうだけど」

「このノートお前の? なんかこっちのクラスの配布ボックスに入ってたんだけど」

「本当? わざわざありがとう」


 いや、でもコイツは……コイツはッ!


「そんだけだから。じゃあ」

「じゃあ、じゃねぇ。待ちな山岸。」


 行ってしまおうとする山岸の腕をガシッと掴む。またしても「なんだよ伊井ッ」とわめいて振り解こうとする彼に詰め寄った。「違う、とは言わせないぜ? テメェ……ウィルだろ」

 一瞬の間。そして。


「はぁ!? ありえなくねっ!?」


 山岸はやけに腹立つ笑みを浮かべて全力で否定した。

 そうそうこういうやつ! こういうやつなんだよムカつくな!!

 でもアタシだって証拠なくそんなことを言ったわけじゃない。詰め寄る姿勢は崩さないまま、さらに問い詰める。


「でも、山岸って三年にお兄さんいたよねー。そのお兄さんが一昨日給食中に教室出てったんだってー。そのあと放送にハクが出てきたよねー。で、ハクとウィルは兄弟……つまり……ウィルはお前だッ!」


 名探偵のように、アタシはビシィッと山岸を指差した。いつの間にか横に立っていたシオリに「指差さないの」とはたき落とされたけど。

 しかも、山岸はこの完璧な推理を「んなアホな」と一蹴した。


「マジでそう思われてんなら光栄だね、俺がウィルなんて。よォーく考えてみろよ。俺もファンクラブの一員ですぅ〜」

「ナンバー35の分際がエラそうに……! アタシだって、アタシなんかねぇ! 三回もエリーと間違われたのよ!? アタシの方が数が上っ!」

「あ、ゴメーン。俺、お前に言われたので六回目だわー」

「なっ……あ、アタシの方が放送メンバーのことよく知ってるから!」

「んじゃエリー、ウィル、バル、ジャックの四人の誕生日言ってみろよ!」

「エリーが九月四日、ウィルが八月二十二日、バルが……えっとバルが……あっ、六月十一日で、ジャックが十二月二十九日!!」


 どうだ!と叩きつけるように言ったアタシに、山岸は「ぶゥー」と腹立つ効果音を返してくる。


「ジャックの誕生日は十二月十九日。俺の勝ちだな。じゃあ俺帰るわ」


 またなー吉金サン、とかニコニコしながら手ぇ振って帰って行きやがった。くやしい……悔しいッ!!


「この女タラシがぁー!!」

「負け犬の遠吠え」

「シオリ酷っ!」


 吉金さんはぽかんとしてて、山岸がどんなに嫌味ったらしいやつだったかわからなそうな顔をしている。このままにはしておけないので「吉金さんっ! あんな男に誑かされちゃダメだよ!?」と念を押してみるけど、やっぱり「え? う、うん」と困ってても品のいい笑顔で答えていた。



 ――昼。

 係の仕事の関係で教室以外の場所で食べる生徒がいるので、シオリも吉金さんもいない。つまりアタシのターン、はしゃぎ放題だ。よっしゃ!と気合を入れていつものように五分で汁物を啜り、笑う準備は万端だ。準備と書いてカクゴとも読む。

 スピーカーが入った音がして、アタシは胸を高鳴らせた。


『……ども、エリーです』

『なんだそれ』


 予想外にも低い声! 相変わらず予測不可能なのに全然動じないウィルのツッコミにもにやにやしてしまう。

「気分です」となおも低い声で続けるエリー、なんだかぼそぼそと音がしたと思ったら慌てた様子のウィルが「わ、やめろ! マイクに口近づけるな! 息入ってるつのバカ!」と止めている。エリーに振り回されるウィルは何回聞いても最高なんだけど、エリーったら「ちぇー、いーじゃんちょっとくらいー」と全然自分のペースを崩さない。そこがステキだ。


『今日は雑談の日! ジャックもいるよん』

『……』

『うわ、なんか喋ろーよジャック!』

『黙れ。“いるよん”言われて普通に入れるやつがいたら英雄だ』


 引いてたらしい。ジャックがいるのはレアだけど、男勝りなかんじの落ち着いた女の人なので、エリーのテンションにはついていけないみたいだ。先生かもって言われてる。うれしいなあ、ジャックも混ぜてくれるの。

 話題はいつものeの妹の話だ。寝ていたはずの妹が突然エリーの……失礼、エリーの友達の布団を引っ掴んで「これがちょっと」みたいな寝言を言ったらしい。妹ちゃんの奇行も大好きなんだけど、それに心底ビビってるエリーも可愛いと思う。この日もマジで怖かったみたいで、電気をつける攻撃に出たとか。「妹、目悪くてさ。瞳孔開く目薬差してんだよね」「鬼か?」ウィルに続いて「それは本当に大ダメージだな」と冷静なコメントをするジャック、「みなさん真似しちゃだめですよ」とフォローを入れるバル。目を庇った妹ちゃんはその後なぜか親指を立てたそうで、彼女が起きていたのかどうかという話になっていく。


『でも1+1は?って聞いたらちゃんと2って答えたよ』

『その確かめ方でいけるのか?』

『Yes, I am』


 妙に発音よくウィルに答えるエリーだけど、「間違ってると思うんだが」とジャックにつっこまれている。そしたら「Yes, he does」と続いて、ウィルが「俺指して言うな。俺が間違ってるみたいじゃねーか」と返した。


『ソウデース。ウィルハ間違イノカタマリナノデース』

『Yes. Will is a mass of mistakes』

『おいバル肯定するな。英語に訳すな』

『バルすごーい! もしかしてイーシーシー人?』

『何人だそれ』

『惜しい、ヤマハ人です』

『うそっ! 私サナル人!』

『全然関係ねえ!』


 へえ! エリーって塾に通ってるんだ! アタシも来週から通おうかな!?

 バルが英語得意なのも初知りだ。ピアノはやってそうだって前々から言われていたけど、やっぱ雑談日はいろんな情報でてくるなあ。「ジャックは?」とエリーに振られて「日本人」と返すの、クールすぎる。メモしとこ。

 ウィルはゲーセンに出没しそうだからゲーセン人に決定したところでチャイムが鳴り、彼以外が丁度いいねと言い合って、不服そうに何か言い募っているところで放送が切れた。

 ああ……今日も。


「めちゃくちゃ芸術点が高い!」

「伊井ー、座って食べなさーい」


 担任の先生の声がどこかから聞こえてくるけど何を言ってるのかわからない。だってアタシは今日の放送を思い返すのに忙しいのだから。



…+…



 後は任せたとジャックが、班活動があるのでとバルが退室し、またエリーとウィルの二人が残された。

「今日、びっくりした」とエリー……華弥がふいに言う。


「何が?」

「ノート届けに来てくれたじゃん。そんときの、修の外キャラ」


 彼らが普段別の性格を演じているのは互いに知っていることだ。「何言ってんだよ」と修が呆れてみせると「女タラシは知らなかった」と華弥が揶揄う。


「それは違ぇ」

「アハハ、冗談。……でもさー、やっぱりファンがいるってうれしいよね」

「そうか? 組織化すると面倒なモンだけど」

「ああ、メンバーだとそういうのわかる?」

「まあな」


 情報が集まるし、それで今日みたいに正体に迫られることあるし、と彼はため息をついた。


「でもさ、ファンクラブ入ってたから今日助かったじゃん。カモフラージュ成功!」


 無邪気に言う華弥に、修は一瞬浮かんだ「こいつのファンではあるんだけどな」という考えを振り払う。気恥ずかしさを「お前も入れば、吉金サン」と誤魔化すと、彼女は「そしたら誰を応援しよっかな。ウィルとか?」なんて言い出すから二の句が継げなくなってしまった。


「修?」

「そこは……そこはお前、エリーじゃねぇの……?」

「えっ、喜んでよォー」


 華弥の髪が結い終わる。助かったような、もったいないような、複雑な気分になりながら修も切り替えて放送室の扉を開けた。

2006〜2007頃

ネット初掲載。わりと半リメイクくらいの修正加筆を入れていますが、空気感はまあまあ保ててると思います。

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