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「ねぇ、辞書貸してよ」
そんな私の小さなお願いも
埜村君はこちらを黙って見ているだけで
聞いてくれなかった。
…+ Tuesday 人形の仮面 +…
埜村和季君はうちのクラスでクールだと評判の男の子。
みんなは「人形みたい」とか「人じゃない」って冷たいこと言うけど、私は今彼が気になって仕方ない。
偶然隣にもなったし、こうなったら徹底的に調査してみよう!……と思って五日。
彼のプライベートなことは一切わかってない。それどころか会話さえできてない。
一度だけ話せたときは、単刀直入に聞いたときだった。
「埜村君のこと教えてよ」
埜村君はいつもの顔でこちらを見て、そして一言で片づける。
「どうして?」
……そんなこと聞かれても私だって知らないよっ!
埜村和季、年齢は十三か十四。誕生日不明、部活は合唱部でピアノをやってる。委員会は給食。
……調べたの…。これでも死ぬ気で調べたのにっ!
収穫といえるものといったらピアノが上手ということだけ。
そろそろやってることがストーカーめいてきてるのも分かってる。どうしよう……。
そんなことを思いながらB階段を上がっていると、踊り場の隅に昼放送のお悩み相談BOXが目に入った。
(お悩み相談……)
放送といえば、エリーとウィルの。
そうだ、あの二人ならどうにかしてくれるかもっ!
希望的観測でも、縋らないではいられない。私はシャーペンを取り出し、相談用紙を一枚とった。
―――お昼。
埜村君は給食委員で配膳室に行っているから、教室にはいない。
どんな答えが返ってきてもOK。
私は箸を手に取り今日の親子丼を食べながら耳を澄ました。
『イェーイっ! みんなァ~、お昼の放送だよ☆』
『……やめろ、気持ち悪い』
火曜日だからお悩み相談は今日。
ただ、紙を回収してるか分からないけど。
『ウィル……ひどいわ! キモイだなんて! この美少女のエリザベスに向かってキモイだなんて!』
『あー……ハイハイ』
『バカにしてるわね!? 私はこんなにあなたのこと……』
『バッ…やめろ!』
『便利だと思ってるのに!』
『俺は生活用品か!』
『フフフ……。照れたわね、ウィル。さっきドキッとしたわね?』
『勝手に言ってろ自意識過剰女』
この会話を聞いていると二人の関係が気になる……。
って今はそれどころじゃないんだった。
『えーっと今日は、お悩み相談室! まず一つ目の相談、ベスさん(仮名)からです!』
『ベス……?』
『“私の妹や弟は寝言や寝ボケがひどいです。どうしたらいいか教えてください”。はい、お答えどーぞ、解説のウィリアムさん!』
『……eだろ、それ。つーかてめーだろエリー』
月曜の続きになってる。エリーって面白いなあ、ホントに。ちょっと天然だし。そこがイイって、ファンクラブもあるんだけど。
エリーみたいな子だったら埜村君ともっと話できるかな……?
『はい、次の相談行きます!』
『妹弟のことはいいのかよ……』
『無視です! えー、次の相談はアスカさん(仮名)からです』
来た。たぶん私のだ。
『“今の隣の人がとってもクールで話しかけても返事をしてくれません。けど私はすごく彼のことが気になります。どうしたら仲良くなれるでしょう?” ですって。……ってバル、何むせてるの?』
『ゲホッ……いえ、なんでもないです。気にしないでください……』
『そーお? んじゃお答えよろしく! ウィル!』
うっ……緊張してきた…。
私は牛乳を飲みながら答えを待つ。
『……つまりさぁ、アスカって隣のヤツが好きなんだろ?』
「ブッ!! ゲホッ、ゲホッ」
ウィル……ウィル、そんなところ解説しないでっ!!
吹いた牛乳をティッシュで拭きながら一生懸命平静を装う。
『相手にしてくれないなら、そいつが驚くことでもしてみたら?』
『? つまりどーゆーこと?』
『今までと同じように接してくるヤツより、珍しいヤツの方が目に留まるだろ。クールなヤツって大抵普通の世の中を冷めて見てるから、変わった子とか気になると思う』
変わった子……。
『……ウィル、それは体験談?』
『はっ!? ……違ぇよバカ』
『あらら~? 怪しいわねぇー。教えてみなさいっ!』
『離せバカ!』
ドン、バタン、と不吉な音がスピーカーから聞こえてくる。
エリー、何してんの……。
そのとき別の声が聞こえた。
『あの……』
『ん? どうしたの、バル』
『僕の意見言ってもいいですか?』
『答えは多いほうが相談者は安心するからな』
『そうだね。どうぞ』
『冷めてる人、っていうのもあるでしょうけど、こういうことも考えられませんか? その……自分を隠したくて、あまり人と関わらない、とか』
『……なるほど』
自分を隠したくて?
そういうこともあるのか。
『冷たいようで案外気にしてるかもしれませんよ?』
気に……してる…?
『……バル、あなたも怪しいわね』
『えっ……ち、違いますよ? 決してそういうことじゃ…』
『おねえさんに言ってみなさいっ!』
『わぁっ!』
ドンガラガッシャーン……。
『バカ、放送室壊す気か!』
『ぶー』
『ぶー、じゃない! ジャックに殺されるだろ!』
『っ~……。あ、もう時間ですよ、エリー』
『あ、ホント! それじゃあみんなまたねー!』
『コラ、簡単に済ませるなっ』
プツン。
…。
……。
えーっとつまり……。
とにかくアタックってこと?
…+…
「和季ちゃーん、さっきから机に伏せてどーしたの?」
「妙に説明的だなお前」
放送室でうなだれる和季。心配して声をかける華弥、それにツッコミを入れる修。
和季は顔を上げるとマイクの前に置かれた相談用紙を見た。
「……これって、学級も書くんですね。今日初めて知りました」
「うん。学級、放送用のペンネーム、相談を書くの。大体の人は気にして学級のとこ書かないし、今日みたく書いてあっても私読まないけど」
口元を右手で抑え、彼は小さく呟く。
「それ…たぶん……というか、絶対、僕のことです」
しばしの沈黙が流れ。
「アスカ?」と和季を指差す華弥。
「そっちじゃないだろ」ツッコミのポジションは忘れない修。続けて言う。
「じゃあこの紙書いたの和季の隣か」
「はい。筆跡もそれっぽいですし…」
「筆跡、ね。気になるわけだ。実際」
うっと声をあげ視線を逸らす。その耳はほんのり赤い。
華弥はやっとわかったような顔をして、笑う。
「なぁんだ、そゆこと。やったじゃん和季ちゃん。彼女ゲット!」
「なっ……いや、そういうことじゃ…」
「そーゆーことだろ? どうする和季、変わったことされるぞ?」
「どうするって…‥。……もう、いいです! 先に失礼します!」
和季はトレーを持って立ち上がり、入口へ向かう。「あー、テレてるー」という声が聞こえたため、冷めた表情で二人を見やった。
「じゃあ。」
パタン。
「――あー、怒っちゃった?」
「外キャラだろ。拗ねてるだけだし、どう見ても」
「けど和季ちゃんの外キャラってなんかいいよね。神秘的少年」
「なんだよ、それ」
今日も修のツッコミで終わる。