愛はなくとも互いに情はあります……主に同情ですが!
魔物が出てしまいました。
一体ではありますが、獰猛且つ俊敏なヘルハウンドです。
「お逃げください!」
イェルカ様は意外にも素早く反応し、私を庇うように前へと出ます。
(ヤダー! この方どこまでお人好しなのかしら!?)
やはり戦いには慣れていないらしく、様にならない仕草で剣を抜くイェルカ様──
「ロンバート嬢、早く逃げ……ほぶゥッ?!」
──を目掛け、すかさず私は馬から飛び降り、手刀を繰り出して落としました。
「せいッ!!」
「ギャンッ」
スカートの下に忍ばせていた暗器で目の前の魔物をとりあえず倒し、急いでイェルカ様を担いで馬に乗せます。
「ああもう!」
ヘルハウンドの毛皮は高く売れるのですが、イェルカ様がいつ目が覚めるかもわかりませんので、とどめを刺して持ち帰る程の余裕はありません。
もどかしさと毛皮への未練に、そりゃ文句のひとつも出ようと言うものです。
ですが身を呈して守ろうとしてくれたことに悪い気はしません。
担ぎ上げた彼の身体は思っていたよりも軽く、卒業式用の礼服もよく見ると綻びがあり高価な物ではありませんでした。
お話しになった冷遇は事実なのでしょう。
そんな状況下でも、特に好きでも無い女を守りにわざわざ危険な地へとノコノコやってきたイェルカ様。
こいつァ相当のお人好しです!
やれやれ、やっぱり放ってはおけませんね。
「──う……」
「お目覚めになりましたか」
「ロンバート嬢……! だ、大丈夫ですか?!」
「ええ、イェルカ様のおかげですわ。 ふふ、必死だったからか覚えてらっしゃらないのですね」
「そ、そう……なんですかね……?」
「そうですとも! ご無事でなによりです」
「まあ……確かに……?」
なにかおかしいとは思ってらっしゃるようですが、なんとか誤魔化されてくださいました。
魔物が出てしまったら、仕方ないので私が彼をお守りしようとは思っていたのです。
特にこうして誤魔化す予定でもありませんでした。
ですが……
(あんなへっぴり腰のくせに、前に出るのは躊躇しないのですもの)
あのように守られてからでは、彼の覚悟や矜恃を踏み躙るようで些か気が引けます。
(こうなったら私も覚悟を決めるしかないですわ)
なんとか深層の姫君イメージを死守しつつ。
守られているフリを続けながら、彼を守ることに致しましょう。
──とはいえ何度も手刀で落とすわけにはいきません。
ポケットにハンカチと一緒に忍ばせている秘薬を使って意識を朦朧とさせたり、手を貸して貰うフリをして指輪に仕込んだ針で眠らせたりしてから、密かに魔物を狩りました。
ここに来て暗殺用の小道具が大活躍するとは思いもよらなんだ……さながら前世で観たアニメの少年探偵ばりに暗躍していた私ですが、『案外気付かれないものなのね~』とちょっとビックリです。
戦闘では役に立たないイェルカ様ですが、野営はお得意なご様子。
魚は勿論、小動物を捌くのもお手の物。
大した道具もないのに器用に火をおこし、ちょいちょいっと茂みの中からハーブを選んで詰んでは、食材にまぶしたり塗ったりしてから焼き上げます。
調理法こそ野趣溢れるものの、実に美味。
しかも洗浄などの生活魔法が使えるのです。
「お役に立てたなら良かったです」
にこやかにそう仰いますが、『食事を抜かれる、家から追い出されるは日常茶飯事だったので慣れたモノ』だそう。
予想はしてましたが、背景が酷い!
「ロンバート嬢は、これからどうされるおつもりです?」
「あまり深くは考えてませんでしたの」
ですがこんなこともあろうかと、ブラウスの中にはいつも、一番煌びやかなネックレスをつけているのです。
メインの宝石自体は大きくありませんが、ギッシリ一級品の小さな石が連なっているヤツを。
これなら石を外して少しずつ質屋に出せば、余計な詮索を受けること無く売り払えるでしょう。
それに前世の記憶もようやく役に立ちそうですし。
異なる文明・文化にせよ、一人暮らしで働いていた前世の私。生活の変化にそこまで困るとは思っていません。
しかし、イェルカ様はなにか考え込んでいるご様子。
やがて私に向けたのは、森で会ったばかりの時と同じような、へにょりと眉を下げた笑顔でした。
「私もいい機会なので、隣国に渡ろうと……ひとりでは不安ですので、一緒にいて頂けませんか?」
さも自分が不安であるかのようにそう仰いますが、彼はいい人です。
生活魔法も使えるし、ドアマット生活で培った生活力。おまけに人畜無害そうな人好きするお顔立ちに、控えめな性格です。文官を目指していたくらいだから学園での成績もよかったハズ。
隣国の市井でも容易に生きて行けそうですから、きっと私をひとりにするのが不安なのでしょう。
……ちょっと深窓の姫君ぶりっこをしすぎたようです。
なんだか申し訳ないですわ!
でもまあ学園では目立たない私の美貌や気品も、市井じゃ流石に目立つでしょうし。
無害な男性が隣にいるのは悪くありません。
(私も当面の生活費は捻出できますし、win-winと言えないこともないですわね)
それに彼はテンプレドアマッター。
実家に戻ればどこぞのドアマットヒロインが如く、婿入りさせられ『貴方を愛することはありません!』と初夜から放置されて仕事を押し付けられた挙句、托卵されそうな予感がひしひしとします。
読者ならドアマットも楽しめますが、知り合いでも楽しめる程私も歪んだヘキは持ち合わせておりません。
あまりにも気の毒です。
「是非お願い致しますわ。 頼りにしております」
笑顔で返すと、イェルカ様は手を上着で拭き「これからはホルとお呼びください」と言いながら差し出しました。
「うふふ、ホル。 私のこともルシールと」
──ホルと私の隣国逃亡は、こうして互いへの同情から始まったのです。




