テンプレドアマッターでしたわ!?
「ですがこの森は魔物が出ます。 抜けて隣国を目指すにせよ、私も道中お付き合い致しょう」
「……ええッ?!」
「こう見えて、多少の心得は……ございますので」
イェルカ様は、腰に携えた剣を悪戯っぽくチラつかせながら、私に笑ってみせました。
それは明らかに無理した笑顔であり、お顔は真っ青を通り越して白いくらいです。
なのにその瞳は、なにやら決意に満ちたキリリとしたもの。
「か弱き女性をこのような場所に一人放置するなんて……男として、いや、人として許されませんからね!」
そんなことを言って、声を出して笑いました。
それはもう、豪快……なフリ、としか。
どこか自分に言い聞かせている感じです。
かいている汗といい、これが全て演技なら有名役者も裸足で逃げ出すしかないでしょう。
(やだーこの方……!)
──もしかして、ただのめちゃくちゃいい人なのでは?!
お人好しさが横滑りしてる人ですわー!!
こうなるとこちらの方が罪悪感が酷いです。
そして邪魔なのに変わりはありません。
(なんとかお帰りいただかなければ!)
「ダメですわイェルカ様! ご自身の未来やご実家のことを第一にお考えになって!! 貴方ご嫡男でしたでしょう!」
「ふっ……ご心配なく。 私こそ不要な人間ですので」
なんとイェルカ様の父君は、母君がお亡くなりになった後すぐに後妻を娶り、ふたりの間に弟が産まれてからは冷遇されていらっしゃったそう。
ヤダー!(悲鳴)
この人の方がバリバリ王道テンプレドアマッターじゃないですかー!!
「家を出る為に文官を目指していたのですが、無理矢理婿入りの婚約を結ばされ……そこのご令嬢には文官試験の邪魔をされた挙句に腹に他の男の子ができたそうで。 そんなわけで特に今後の具体的予定はないので問題ありませんよ! ははは!」
「無理して笑わなくていいんですのよ!?」
しかもドアマット具合が想像より酷い!!
NTR要素まで加わりましたわッ?!
私の方ときたら最悪の予想もただの『最悪想定』なだけで、なんだかんだ厳しいことは言ってもウチの父は、反抗さえしなければおそらくそこまではしないと思います。
しかもなにも知らない母と弟からは普通に愛されており、お金も権力もあった身としてはなんだか申し訳ない限り。
ドアマット気取りで適当なことを吐かして申し訳なかったですわぁぁ!(涙目)
「兎にも角にも、乗りかかった船! 幸い、昔から逃げる算段ばかりを考えていた私には、隣国に入り生活する為のそれなりの知識もありますから、ご安心を!」
「た……頼もしいですわ……」
爽やかな笑顔で控えめにドヤるイェルカ様。
頼もしいのは嘘ではないけれど、内容が全然『幸い』ではないし、『そもそも隣国まで無事辿り着けたら』の話です。
この方、どう見ても弱そうですのよ?!(二回目)
ぶっちゃけ……逃亡の邪魔!!(二回目)
これは森の深くまで入らないうちに、振り切って逃げた方がいいのでしょうか。
いつまでも留まっていると公爵家の者が来るかもしれません。仕方なく流れのままイェルカ様と共に動きつつも、何度か説得にあたりました。
「そうは仰いますが、やはり危険です。 貴方にこれ以上面倒もお掛けできません。 今なら引き返せますわ」
「ふふ、正直私では頼りにならんでしょう」
「いえそんな……」
「いいのですよロンバート嬢。 ですがご心配なく、魔物から逃げる時間稼ぎくらいはしてみせます!」
──何度説得してもこの調子です。
そして私もズルズル判断を延ばしたまま、気が付くと結構歩いてしまっています。
だってこの方、超いい人なんですよねー!!
いつのまにか馬にも乗せてくれてますしね!!
『疲れてないか』とか『お腹は減ってないか』とか気遣いも万全ですよ?!
こうなると彼と離れることは憚られます。
……いえ、恋情とかではありませんよ?
(馬にも乗ってるし)振り切るのは簡単ですが、逆に取り残すことになりませんかね?!
嗚呼、最早こちらが見捨てられない感じに……だって彼、どう見ても弱そうなんですもの!
──グルル……
「「はっ?!」」
そうこうしているうちに、とうとう魔物が現れてしまいました。




