騙されなくってよ!
──誰?!
とはいえ年齢的に学園の生徒であり、服装を鑑みるに卒業生の方であろうことは間違いありません。
そして声がけの台詞とその様子から、助けに来てくださったのでしょう。
なのに私ったら!
なんとなく見知ってはいるのに、お名前が思い出せないわ!!
「あ、あぁ……っ」
私は『不安でいっぱいだったところに、助けがきて感極まった』……というフリをして時間を稼ぎます。
あ~もう、喉元まで出てきてるんですよねぇ~!
そんなもどかしさを抱えながらも記憶を手繰り寄せ、なんとか名前を紡ぐことに成功致しました。
「貴方は……イ、イェルカ様?!」
そうそう、ホル・イェルカ子爵令息です。
確か、そうだった筈。(※ちょっと不安)
「どうして……?」
全く以て『どうして』の一言に尽きました。
意外というか、まるで想定外というか。
ぶっちゃけそんなに話したこともない方ですので。そりゃ~もう、一瞬名前が思い出せなかったのも仕方ないレベルですわ。(※言い訳)
「申し訳ございません……」
「えっ」
そんな私に、馬から降りた彼はへにょりと眉を下げた情けない表情で、なんと謝罪をされました。
「殿下の暴挙、曲がりなりにも臣下である貴族として止めるべきだと思ったのですが、実家のことやアレコレを考えると無力な私にあの場ではなにもできず……」
「いえ……当然ですわ」
「御身がご無事なようで安心致しました」
そう言うと、下がった眉のまま眉同様に、へにょりと微笑みます。
どうやら安堵と罪悪感の入り交じった表情だったご様子。
……いや~こりゃ参りましたわ。
むしろ謝罪は一瞬名前すら思い出せなかったこちらがしたいくらい。
そして、ハッキリ申しますと……『逃亡の邪魔』。
なんせ暗殺を疑われないよう、私、学園では深窓の姫君が如く嫋やかにしておりましたからね!
しかもこの方、どう見ても弱そうですわ!
仰った通り家格も子爵家で、権力もなさそうですし!
(っていうかなんでこの方、助けにきたのかしら……)
私は確かに深窓の姫君気取りでおりましたし、暗殺者でも公爵令嬢。
権力ムーブ血筋の両親から産まれた私は当然ながら容貌といった素材には恵まれており、またそれなりに美しく優秀であろうとはしておりました。
ですが、殿下の婚約者です。
不貞を疑われるのはそちらの面でも暗殺の面でも良くないので、殿方との接触は少なく、また、好意を抱かれるような目立つ行動も避けねばなりません。
愛想を振り撒くのは専ら女子生徒であり、あらゆるタイプの美少女達と満遍なく仲良くしておりました。
公爵令嬢の癖に『周囲に溶け込むステルス性能』という、The・平々凡々だった前世スキルをここぞとばかりに発揮していたのです。
『悪役令嬢』や『傲慢令嬢』は勿論、『壁の花令嬢』や『地味令嬢』なんて、最早個性ですからね!
真のステルスとは、無個性……木を隠すには森ですわ!
学園では特に殿下を気にせず普通に過ごし『政略なんてこんなモノですわ~』と言っておけば、酷く同情されることも嘲られることもありませんでしたし、わざわざ殿下の婚約者に近付く殿方もいませんでした。
そもそも私の容色が多少優れているにせよ、周囲にも美少女が沢山ですから。
私の美など没個性……埋まります埋まります。
しかもイェルカ様は殆ど知らない方です。
二、三度なにかで話したことがあるくらい。
私は特に鈍感というわけでもないと思いますが、視線に熱いものを感じたこともないし、今も特に感じません。
私をわざわざ助ける理由など、全くと言っていい程思い付かないのです──実家の威光くらいしか。
(ははぁん……さては私に取り入って、公爵家に恩を売るつもりですわね?)
ならば追い返すのみですわ!
「ここは危険です。 とりあえず、森を出ましょう」
そう仰るイェルカ様の所作も口調も、とても誠実そのもの。
ですが騙されなくってよ!
いち早く駆け付けたあたりの判断力といい、虫も殺さぬような顔をして、なかなかの策士とお見受けしました。
(とはいえ曲がりなりにも助けに来てくれた方。 無下にはできませんわね)
徒に自尊心を傷付けないよう、ここはドアマット感を醸して『公爵家には戻らない』とやんわりお伝えすることにしましょう。
「いいえ、イェルカ様……私は婚約破棄をされた身。 気位の高い父は、政略の駒として不要になった私がおめおめと戻るのを許さないでしょう。 なんなら保護した貴方も酷い目に遭うかも……イェルカ様の優しさは頂戴致しました。 どうぞ私のことはお気になさらず、お戻りになって」
実際は暗殺業か、最悪でも『どこぞの好色男の慰みものor因業爺の介護要員として嫁がされる』みたいな使い道があるので、保護した方がイェルカ様にも多分お得なワケですが。
勿論そんなこと教えません。
気付いて暴挙に出た場合、正当な手段として物理的防衛に転じる所存ですわ!
しかし──
「ロンバート嬢……貴女にそんな事情があったとは……」
あらあら?
なんだか酷く痛ましい視線を向けられていますわね……




