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柳に見ゆる鮫

 先代の船頭が床に臥せてから早数年、難なく仕事に勤めていたところ、顔を隠した客人から妙な話を耳にした。

「ここから十町ほど先の柳の下の川に鮫が出るという噂をご存知かな。というもの私が嘗て船頭を勤めていた頃、あそこには近づくなと聞いていたものでして」

 耳を疑った私は狼狽し、返答に困ったが、それを見かねた客人がはこう言った。

「まさかそんな、という顔をしていらっしゃいますな。ええ、その噂を知っている人間などいませんから驚くのも当然でしょう」

「はあ、なるほど。そもそも川に鮫など……海から近いなら兎も角、ここら一帯は海からは遠い川。迷い込むこともないでしょう」

 一見すれば荒唐無稽な話。だが……、

「なんだそれはという顔をしていますな。ですが鮫というのは意外とどこにでもいるものです。ええ、陸地であれ、雪国であれ、家屋であれ、温泉であれ、果てには竜巻の中でさえ……」

「馬鹿馬鹿しい。一体どこからそんな話を……」

 あまりにも突拍子もない話に若干の不快感を覚えたが、客人は話を続ける。

「兎も角、信じるのならば向かわぬ方が吉ですな。真相を知ろうと死んでは元も子もない」

 確かにと私は頷いたが、客人のうち若い武人であろう者が名を挙げた。

「そうか、生きて帰れば良いのだな。どれ、確かめてやる。十町と言ったな。どの方角だ。今川直房が嫡男、この範明が成敗してみせよう」

 齢十五ほどの少年、範明殿は揚々と名乗りを挙げるが、他の客人のこともあり、私はそちらには連れて行けぬと申し出たところ、

「でしたら私が連れて行きましょう。これでも元船頭です。ですが、どうなっても知りませんよ」

 と顔を隠した客人がわざわざ船を借りて連れて行くと申し出た。特に断る理由もなかったため了承し、そのまま二人は行ってしまった。

 件の場所へ向かう二人を見届け、残りの二人の客人を目的地へ送り届けた後、私は元船頭の客人と範明殿を待つことにした。


 一刻ほど経った頃、若干の鉄臭さを身に纏った元船頭の客人が一人で帰ってきた。一人であることに不思議に思った私は、

「範明殿はどうされましたか? 二人で行ったはずでは?」

「説明せねばなりませんかな。大方どうなったかなど聞くまでもないでしょう」

 そんなことは分かっていると言い返そうとする私であったが、返す間もなく瞬きをした瞬間に客人が消え失せていた。後に残ったのは川に飛び込んだような激しい水音がしただけだった。


 それから暫くとある武家では跡継ぎ騒動が起こったそうだが、私には関係のない話だった。


 何せあの噂を知っている人間はいないのだから。

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