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俺、お社長に怒鳴られ己の過ちを知る

 茫然自失状態で家を出た俺は、マウンテンバイクに跨ってもなか山を目指した。

 朝と同じだ。ふもとまで行ったら駐輪して山に入る。多分、本能がエネルギーを求めたんだと思う。足は自然とあの湧水が噴き出す中腹の奥へと向かっていた。


 だが、鬱蒼とした山の湿った空気を感じても、清冽な湧き水の流れを見ても、俺はどこか現実味のないふわふわした感覚でぼんやりしていた。


「どういうことなんだ……じゃあ、あいつが八十神に乗り換えたのはただの結果論……?」


 スマホを見る。鈴木からの新しいメッセージは入ってなかった。その後の元カノの様子を報告してくれると書いてあったが、……届かなかったみたいだ。


 適当な岩に腰掛け、両手で顔を覆って深く嘆息した。


ピコン!


 ハッとなって再びスマホを見る。


「え、みどり社長?」


 退職前、俺が担当していた化粧品会社の社長だ。俺が子供の頃からの顔見知りでもある。彼女はご先祖様の墓がもなか村にある財界人の一人だ。……だとすると、みどり社長も龍脈のことを知っていたのだろうか。

 そういえば可愛がってもらってたのに、退職の挨拶とかなにもしないで来ちまったな……


 みどり社長からはメッセージではなく、音声が数件。


『ユウキ君! あんだなあ、辞めるなら辞めるって一言報告に来るのが筋だべ!?』


 いやもうおっしゃる通りです……

 ついサラリーマン時代の癖で、相手が目の前にいるわけでもないのにスマホを持って頭をペコペコ下げてしまった。


『あんだの退職の経緯は後輩君たちから聞いだ! ……災難だったね。』


 お、お社長……! ダミ声のズーズー弁でのねぎらいに、俺はうるっときてしまった。ずるい。みどり社長はこういう優しさを時折見せるからずるい。

 が、次のメッセージでいきなり音量がぐっと上がり、お社長の声はスピーカーモードにしていたスマホをビリビリ震わせた。


『あんだなあ! 女に振られたのはあんだが悪い! プロポーズに乳臭い小娘しか喜ばんブランド渡しちゃダメだあ! オトナのオンナに渡すならもっと相応しいブランドがあるべ!』


 そこでお社長の音声メッセージは終わりだった。もしかしたら他にも送ってくれてたかもだが、届いてない。


「………………」


 みどり社長の罵倒がよくわからなかった。

 あの指輪のなにがダメだったのだろう。だって18金ピンクゴールドにダイヤ入りの指輪だ。

 人気のブランドでもある。元カノがよく身につけていたブランドだったから俺は買ったのだ。


 だが、みどり社長の指摘を受けて初めて、俺はジュエリーブランドを検索した。

 手始めに『指輪 プロポーズ』。

 ――そして俺は自分のなにが間違っていて、彼女にショックを与えたかを知り、再び両手で顔を覆って地の底まで沈み込みたくなる気分を味わうことになる。




 ――プロポーズには、相応しい高級ブランドがあるらしい。

 もちろん俗説なのだが、広告業界の陰謀ともいうべきか、そのようなセオリーを信じている老若男女は多いという雑誌サイトの記事を見つけた。

 幸い、データ根拠(エビデンス)と出典のある記事に当たった。それなりに信用できる。


 その記事によれば、鈴木がメッセージで書いてたブランドは上位ランキング入りしている。

 その上のランクには、よりラグジュアリーなブランドがあるそうだ……


「いや、いや、なんなんだ、ブランドはブランドじゃなくて? ランクだの品格だの訳がわからん……」


 口ではそう呟いていたが、さすがにもう俺も悟っていた。

 俺だって男物の時計ならランクがあると知っている。国産よりスイス製に高級品が多い、とか。多分それと同じことだ。


 身分制度のない日本だったが、貴金属やジュエリーのアクセサリーは、購買層によって暗黙の了解的にランクが付与されている。

 俺が元カノにあげようとした指輪は、少なくとも彼女の中の基準では『プロポーズで差し出すには相応しくなかった』。


「でも。でも、俺は女物のそういうの詳しくないし、わからないから、だから……」


 俺が買った指輪は三万円とちょっと。これがプロポーズ用には安い値段という自覚は俺にもちゃんとあった。

 だから、彼女がプロポーズを受けてくれたら、




 ――婚約指輪や結婚指輪は、彼女が好きな店に一緒に行って買おうと思っていたんだ。




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