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俺、彼女に振られる

 その後、営業部に戻ると先に戻っていた上司から「もう今日は帰っていいよ」と野良犬でも追い払うような仕草で言われ、居た堪れない気持ちで退社した。


 落ち込んだ気分のまま、スマホで同じ会社に勤めてる彼女にアプリからメッセージを送った。

 元々今日はゴールデンウィークの予定を聞きたかったのもあった。

 ……本当ならコンペ優勝したぜって堂々と賞金で旅行に誘いたかったんだが……

 愚痴を聞いてもらうしかない。


 だが、会社のある新橋からの帰り道、いつも使う彼女お気に入りの銀座の洒落たカフェで、更なる試練が俺を襲った。


「コンペの話聞いたよ、ユウキ君。残念だったね」

「あ、ああ。だが聞いて欲しいんだ穂波。あの八十神の野郎が」


 俺の企画をパクったんだ、と言おうとしたところで。


「そのことなんだけど。ユウキ君、ごめん。別れてほしいの」


 女性向けの高級ブランド風の襟のないツイードのピンクのジャケットスーツを着た彼女、穂波は今日も可愛かった。内巻きにした艶のある焦茶に染めたショートボブのヘアスタイルがよく似合ってる。

 何より青森出身の彼女は色白で巨乳だ。そこが良い。

 その彼女の口から、まさかの。まさかの別れの言葉が!?


 しん、とカフェ店内が静まり返った。流行りのJ-POPだけが流れている。

 うぐ。周りの客たちが皆、こちらに聞き耳を立ててるじゃないか。


「実はね。この前、八十神さんから私、告白されて」

「まさか俺とあいつで二股かけてたのか!?」

「違うわ! 私そんなふしだらな女じゃない!」

「だ、だよな」


 と胸を撫で下ろすのはまだ早かった。


「でも私、ずっと八十神さんに憧れてて……。あの人仕事もできるしいつも髪も決まってるしメンズブランドのセカンドバッグ持ってるとこお洒落だなって。今回ついにコンペで優勝もしたって聞いて、私……お付き合いしたいと思ったの。だからごめんなさい。私と別れてください」


 言って穂波が深々と頭を下げた。


「嘘……だよな?」

「ううん。本当。八十神さんにはユウキ君と別れてからお返事しますって言ってあるの。だからちゃんとあなたとキレイに別れたい。あなたには悪いと思うけど筋を通したいの」

「筋、か……まあ、そうだよな……」


 正直、俺の穂波は可愛い。俺の三つ下の二十五歳、ちょっとセレブ生活に憧れすぎなのが玉に瑕なぐらいで、社内でも狙ってた男が多いのは知っていた。

 だからめちゃくちゃ男どもを牽制して守ってたのに、よりによってあの八十神か! あのスカしたイケメン野郎か! どこが良かったんだ、やはりあの生意気なブランドスーツか……!


「……わかった。でも八十神は」

「ありがとう! じゃあこの後、八十神さんと待ち合わせしてるのでもう行くね!」

「え、ちょ、穂波!」


 呆気に取られる俺に構わず、ブランド物のバッグを持って穂波はそのままカフェを出て行った。

 テーブルの上には広げたままのメニューが。――俺たちはまだコーヒーの注文すらしていなかったのだ。


 穂波を引き留めようと伸ばした俺の腕も空振りして、行き場を失った。

 店内の他の客たちや店員も微妙そうな顔でこちらに注目していた。

 銀座の路面店だから店内は客席が詰めてあって、会話は周りに筒抜け。もう、俺は穴があったら入りたい気分だった。


 流れていたJ-POPもちょうど曲の切れ目だった。

 俺たちカップルの破局を目の当たりにして、しーんと静まり返っていた店内に少しずつ他の客たちの雑談が戻ってきたところで。


 次に流れてきたJ-POPがヤバかった。


 なんで。

 なんで。


『夢オチだったら良かったよね』的な歌詞で始まるメランコリックな曲が流れるかなーーーーー!!


 ざわ、と店内が騒然とした。

 そうだ、数年前にヒットチャート一位を独占して話題になったドラマの主題歌だ。俺のスマホにだってダウンロードして入っている!


 ほんと夢だったら良かったな……現実だよこんちくしょう……!


 俺は彼女に振られて青ざめるやら、空気を読んだかのような曲のタイミングの良さに恥ずかしくなるやらでパニックに陥った。


 これはダメだ。本当にいかん。

 なんかこう男の沽券とかプライドとか自尊心とかそんな感じのものが木っ端微塵だ。


 無言で席を立った。お冷やを先に持って来てくれてた店員と目が合う。気の毒そうな顔で小さく頷いてくれた。申し訳ないが店を出よう。


「……えっ?」


 とそこへスーツの腕を掴んでくる手があった。

 そんなに強い力じゃない。隣の席に座ってた品の良い初老のマダムだ。


「あ、あの?」

「気を落とさないでね。あなた、いい男だからすぐ次が見つかるわよ」


 言って、マダムが手の中に何かを握らせてくれた。

 恐る恐る手を開いてみると、そこにはこのカフェ――この店はショコラティエ併設のカフェなのだ――のトリュフチョコレートの包みが一つ。


「………………っ。ありがとう、ございます……!」


 ここのショコラは無茶苦茶にお高いのだ。このトリュフだって一粒ワンコイン以上する。

 俺は銀座マダムの思いやりに涙を滲ませながら、カフェを後にした――。



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