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俺、村長さなるだ

「俺を次の村長にして、同じことやらせる気だったんだろ。村長!」


 ぷはっとグラスの赤ワインを一気に飲み干して、俺は村長を睨んだ。

 何てことだ。俺はもなか村の隠蔽工作員もとい『次の村長候補』として村長にスカウトされていたのだ! だったらバイトじゃなくて最初から社会人採用枠でふつうに雇ってくれよ!


「目つき悪く睨むでね、ユキちゃん。ええ男が台無しだべ。確かに騙すように会社辞めさせたのはおらが悪がった。だけんど、もし引き受けてくれるなら……おちんぎんは期待しててええぞ」

「はあー? 東京でバリバリ働いてたより給料いいわけ」


 ないだろ、と言うより村長の言葉のほうが早かった。


「おらももう六十四歳だ。騙し騙しやってきたけんど来年は役場も定年になる。頼むよ、ユキちゃん」

「いや、勘弁してくださいよ。俺には無理です」


 だが速攻で断った俺にも村長は引き下がらない。


「ユキちゃん、知っとるが? 村長のおちんぎん」

「え。知らないけど……」

「基本月額、644,000円」

「……え?」

「そこにお手当てもろもろ加わって、年収は確実に一千万円超えるで」

「………………」

「ユキちゃんまだ二十八だべ? んだども基本給は年齢関係なく貰えるっぺや」

「………………」

「もちろん、ユキちゃんが村長になった後もおいちゃんたちがずーっと協力したる。ユキちゃんだけに責任おっ被せることもしねえ」

「………………」


 無言でグラスに手酌でワインを注いだ。

 ばあちゃんが心配げに俺と村長とをおろおろしながら見てるのを横目に、またワインを飲む。飲まずにいられるか。


「もし引き受けてくれ()なら、嫁さんもおらが見つけちゃる。ほれ、大物政治家の親戚のお嬢さん何人か若いのおるって聞いとる。前にもなか村に遊びに来てくれた子もおってな、歳が近ければ一緒になってご先祖様のお墓を守りたいって言ってくれた子も」


 長年村長として人々の上に立ち、過疎化するもなか村を支えていただけあって、村長の言葉には重みと情熱があった。

 親戚だし、子供の頃から何かと世話になってた地域の親分さんだ。そんな人に必死に説得されたら……なあ。


「わかった、わかった! やる、やってやるよ次期村長! んだがわかっとんのか村長! ばあちゃん、勉さんも!」


 俺は立ち上がり、全員の目を見回した。それぞれ頷き返してくる。ならばよろしい。


「そうだ。俺が村長になることも、もなか村の存続に頑張ることも、元の日本に戻れなきゃ意味がない。まずは日本に帰る方法を探すこと! 次期村長の方針だべ、三人とも頼むぞ!」


 と宣言すると、客間は拍手と歓声でいっぱいになった。


 だが……そうだ。俺も皆もわかってる。

 俺たちは、もなか村ごと異世界に転移してきた。そこには俺たちの先祖の墓も、例の政財界の大物たちの先祖の墓もまるごとだ。

 最悪、戻れないまま、ど田舎村で人生を終える可能性のほうが現時点では高いのではないか。



『君はこの世界で大切な人を救わねばならない』



 脳裏に男の声が響いた。誰の声だったか。


 ……そうだ、思い出した! この世界に来る途中、次元の狭間で俺は虹色キラキラに光る三人の宇宙人に会っている。

 そのうちのミルクティ色の癖毛の男に言われたんだった。


 しかし『大切な人』と言われて思い当たるのは、俺にはばあちゃんぐらいだ。両親はいま日本にいないし、親父の弟家族とも疎遠で、母方の祖父母も早くに亡くなっている。



『その使命を果たしたとき、元の世界に戻るか、この世界に残るか。選択の機会が与えられるだろう』



 そんなことも言われていた。

 だが、だとするとこの先ばあちゃんが何かの危機に見舞われるってことか?

 ばあちゃんはもう八十越えた高齢者だし、いつ怪我や病気になってもおかしくないのは確かなんだが。




 ひとまず四人での話し合いは、俺が次期村長となることを受け入れてひと段落だ。

 するとちょうど見計らったかのようにピナレラちゃんが俺たちを呼びにきた。


「あのね、おそとのおほしさまがきれいなの。いこ!」


 小さな手で俺の大きな手を掴まれ、三人と一緒に再び庭へと戻った。

 もう食事は終わっていたが、残っていたワインを飲む者、ハーブティーを飲む者などまだ男爵を含め十人以上残って歓談している。

 俺たちが来たことに気づいた男爵が、庭の明かりを消した。すると。


「おお……天の川みたいだ……」


 ど田舎村には街灯はない。もなか村側にはあったが役場や民家以外に非常用電源の電気は通っていないから、やはり真っ暗だ。

 するとどうなるか? 都会者にはわからんが田舎者にはお馴染みの、鮮やかに輝く夜空とご対面だ。漆黒の夜空に星々が瞬いて光の大河が一面に広がっている。


 その空高くに、ゆっくりと、虹色キラキラに輝く黄金の龍が優雅に飛んでいくのが見えた。

 真珠色の燐光の軌跡を残して飛ぶ龍に向けて、ピナレラちゃんやど田舎村の人たちが歓声をあげている。

 すごいな……ここ本当にファンタジーの異世界なんだな……と実感する幻想的な光景だった。


 男爵が俺の肩を叩いた。


「あれはこの世界の守護者様だ。滅多に人に姿を見せないんだけどね、君たちを祝福しに来られたのかもしれないよ」


 サプライズドラゴン効果もあってか、夜が更けるにつれ、村人たちとの繋がりが深まるのを感じた。

 ど田舎村は良いところだ。人も優しいし、空気も水も、食べ物も酒もすこぶる良い。

 異世界転移の初日は、そんな彼らとの暖かい絆を感じて終えたのだった。


 こうして、俺はど田舎村の一員として新たな章をスタートさせた。

 未来にはまだ見ぬ試練や冒険が待ち受けているかもしれないが、この村とともに、そのすべてを乗り越えていく自信がある。

 俺の異世界生活は、まさにこれからが本番だ。




 ……で、結局俺にチートはないのですか。


 ……なさそう、ですね……?



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