時を超えて、メッセージを聞く
俺を男爵の屋敷まで案内したユキレラ君は、ふらっとどこかへ行ってしまった。
「あの子も複雑な子だから。すぐ戻ってくると思いますよ」
男爵は、ユキレラ君から聞いた話をすると「あ、それなら」と倉庫から箱に入った小さなオルゴールを持ってきてくれた。
木製でニス塗りの素朴なやつだ。引き出しがあって、中に透明な大粒ビーズがたくさん入っていた。
「箱に手紙が入っているね。ユウキさん、あなた宛のようだ。字は読めますか?」
「あ、はい。読むだけなら何とか」
きれいに整った字で封筒に『オコメダ・ユウキ様へ』と俺への宛名が。中には便箋が一枚だけ。
異世界の文字で、『オルゴールを開ければわかるように設定してあります』。
そのすぐ下には、日本のひらがなで同じ内容が併記されている。これは……ユキりんの字かな。あの子にはひらがなだけ教えてあったから。
「とりあえず、蓋を開けてみますか」
さあ、何が出るか。
『ピナレラだよ! お兄ちゃん!』
「うわっ、ビックリした!」
途端に聞こえてきた少女の声に、俺は飛び上がりそうになった。周りを見回すと声の主はいない……ビーズの一つから再生された声のようだ。
『ビーズにお兄ちゃんの魔力を込めてみてね!』
「魔力を……?」
中に入っているのは一粒が一センチ弱の透明なビーズだ。刺繍糸に通されていて、両端を簡単に結んでブレスレットみたいに綴じられている。
刺繍糸は三色。一つは紫色。二つめは赤色。三つ目は黒だ。
俺は恐る恐る、紫色の刺繍糸に通されたビーズブレスを手に取った。
適当に一番端のビーズを指でつまんで自分の魔力を流す。
『ユウキさん。これを聴いているということは、ど田舎村に戻ってきてくれたんですね』
「!?」
聞き覚えのない、落ち着いた男の声が聞こえてきた。つまんだビーズから再生されている。
『ユキリーンです。今年で二十歳になりました。ピナレラは十歳。最近ちょっと生意気ですが、まあまあ上手くやってます』
「ゆ、ユキりんの声か。……あ。そうか、声変わり」
一緒に暮らしていた頃のユキりんはまだ十四歳だった。当時はまだ声も高かったが、あの後、変声期を迎えたんだろう。
『ピナレラたちと相談して、魔法樹脂のビーズに声を記録しておくことにしました。紙の手紙より確実に後世に残るので。でもこれを聴いてるってことは、もう僕もピナレラたちもいなくなった後なんだろうな。遅すぎますよ、まったく』
ブレスのビーズはそれぞれ25~30粒前後あった。紫の刺繍糸はユキりんのもの。あの子は綺麗なアメジスト色の目だったからな。
ピナレラちゃんのは赤色の刺繍糸だ。あの子は柘榴石の目の色だった。
それに村長や勉さん、グレイシア王女ら三人の声は黒い刺繍糸のブレスにまとめられていた。
魔法樹脂のビーズには、俺とカズアキがこの村から消えた後のことが簡単に説明され保存されていた。
ばあちゃんは半月後に亡くなり、数年後には勉さんが、一番長生きした村長もその少し後に亡くなったという。
ユキりんはそのままど田舎村に定住して、ピナレラちゃんが十六で成人した年に結婚したそうだ。うぐ。やはりそうなったかああああ!
二年後、ピナレラちゃん似の女の子が一人産まれて、子供は一人っ子だったようだ。その子がユキレラ君の祖母かな。
赤ん坊らしき笑い声もピナレラちゃんの声と一緒に録音されたビーズがあった。
『お兄ちゃん。あたし、お母さんになったのよ。お兄ちゃんにも会わせてあげたかったなあ』
大人になったピナレラちゃんの声は、元気そうだがもう子供の声じゃない。もうあの歯抜けで舌っ足らずのいとけない口調はどこにもない。
『娘はユキアと名付けました。お兄ちゃんのユウキと、ユキリーンの名前から取ったのよ』
……そうか。ユキレラ君の名前を聞いたときも思ったけど、二人の子孫は俺たちの名前を受け継いでくれてたんだな。
……こんなの泣くしかないだろ……
「………………」
「ユウキさん。大丈夫ですか?」
「ええ……はい。何とか」
全然大丈夫じゃないけど、大人の社交辞令でそう答えるしかなかった。
何度か聴き終わった俺は涙を拭い、魔法樹脂のビーズを再びオルゴールに収めて男爵に預けておくことにした。
俺は夢見の術でこの異世界に来ている。夢の中の物品は、俺の持ってる魔力量だと現実には持ち帰れないのだ。
他のビーズにはグレイシア王女様のものもあった。
彼女は未婚の王族として、後にど田舎領の領主に就任している。しかしまだ若いうちに病気になり、音声録音した最後のものは晩年のものらしかった。
『ユウキよ。あれから十年以上経過したが、まだわたくしのオデットは見つからない。もうオデットの兄も諦めておるようだ……』
『ユキリーンも協力してくれているが、芳しくない。お前に頼むのは筋違いと承知しておるが、もしこれを聴いているならどうか、彼女を頼む』
「グレイシア王姉は王都の王家の墓所に。機会があったらぜひ」
「ええ。墓参り、行かなきゃ」
七十年の月日は本当に残酷だ。そもそも夢見の術の融通のきかなさにも腹がたつ。戻れるなら戻りたかった。ばあちゃんや皆がいるあの同じ時間へ。
「用事は終わりましたか? こっちも見つけてきましたよ」
そこへ戻ってきたのはユキレラ君だ。透明な四角いオブジェをいくつか手に抱えている。
それ魔法樹脂で……中には、――俺のスマホ!?
他のオブジェの中にはタブレット端末が入っている。どちらもAp○le社製のあれだ。異世界転移後も使えていたあの……
「そのオルゴールも、元々はうちにあったんです。でも義母の連れ子がちょっと問題ありで。何でもかんでも欲しがったり壊したりするもんだから、男爵様に預かってもらってたんです」
「おいおい……大丈夫なのかそれ」
男爵を見ると、困ったように笑って頷いた。
「ユキレラ君の義母はとても良い人なんだけどね。連れ子のアデラちゃんはちょっとなあ。美少女だけど性格がちょっと」
それ全然ちょっとじゃねえべ!?
ユキレラ君を見ると、何かもう目が虚無ってる。まだ十四歳で人生諦めた男の顔になってる。ま、まずい。ユキりんとピナレラちゃんの曾孫が不遇に陥っている!