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その頃、日本では~side元カノ

 私は野口穂波、二十五歳。東京の銀座近くに本社のある総合商社の庶務課にお勤めしてるOLよ。

 自慢じゃないけど自分でも可愛い女の子だと思ってるし、男の人にもよくモテている。

 最近、付き合って二年の彼氏と別れて、別の素敵な人とお付き合いを始めた。


 元カレの御米田ユウキ君は黒髪黒目の端正な顔立ちのなかなかの好男子。

 学生時代ずっとスポーツをやってて背も高かったし、新卒で入社式の会場係だった彼が彼女いないと知ってアプローチしたのは私のほうからだった。


 付き合っていた二年間、私はとても大切にしてもらっていたと思う。

 一緒にお出かけすると私のバッグや買い物のショッパーを必ず持ってくれたし、お茶やお食事の代金だって私には絶対に払わせなかった。

 一人暮らしを心配してマンションにだって毎回送ってくれていたし。

 私のわがままも結構聞いてくれるほうで、誕生日や付き合い始めた記念日なんかをよく覚えていて、サプライズでプレゼントをくれることもよくあったわ。


 彼は私の三つ年上の二十八歳。去年の秋頃から時々、結婚を匂わせる発言が出始めた。

 嬉しかった。本気で私との未来を考えてくれてるんだなって。


 でもハッと自分がまだ二十五歳なことを思い出したの。結婚の安心感には女として憧れてるわ。ユウキ君は社内の出世頭だったし将来性も充分ある。

 だけど本当にこの人と結婚していいの? 後悔しない?

 そう自問自答して私はユウキ君をそれまで以上によく見てみることにした。


 具体的には加点減点方式で、まずユウキ君に100点を設定する。

 良いところを見つけたら+10点。

 悪いところを見つけたら一10点。


 たとえばこんな感じ。



 仕事に熱心。+10点。


 ダーク系のスーツ姿が格好いい。でも私服はダサい。プラマイ0点。


 会社の人たちと仲が良い。特に目上の人によく可愛がられている。+10点。


 お昼に会社の近くの牛丼チェーンばかり通ってる。一10点。


 何事も挑戦的で勇気がある。名前もユウキだし。+10点。


 集中力はすごいけどデート中、スマホに集中しすぎて私を放置することがある。一10点。


 毎日ストレッチやエクササイズで身体を鍛えている。+10点。


 プライベートと仕事の境界が曖昧で、デートの約束があってもキャンセルして会社に行ってしまうことがある。一10点。



 ユウキ君にプラスやマイナスをつけ始めて観察するようになってから、少し私の気持ちは冷め始めていた。

 彼のアパートや私のマンションのお泊まりも回数を減らして、今後どうするのかを本気で考えるようになったのだ。


 更にしばらく経った四月初め頃。

 結局、ユウキ君の点数は増えたり減ったりしつつも100点前後で収まっていた。この人、いわゆるバランス型のオールラウンダーで全方向に優秀なのよね。


 ところがユウキ君も参加する社内コンペの一週間ほど前。彼のライバルでもある八十神先輩と社内の廊下ですれ違ったとき、あることを教えてもらったの。


「穂波ちゃん。御米田のやつ、駅ビルで指輪見てたよ」

「え? 指輪ですか?」


 そろそろプロポーズがくる! と内心喜んだ私は、八十神先輩の次の言葉に天から地の底まで落とされた。


「ほら、若い子に人気のお店だったかな? 店員に何買うか相談してたよ」

「そう、ですか……」


 そのジュエリーショップの名前を聞いて私は落ち込んだ。私が憧れていたブランドよりランクが落ちる店だったからだ。

 見るからに沈んだ雰囲気になった私に先輩は心配そうな顔になった。


「大丈夫? あんまり嬉しそうじゃないけど」

「い、いえ。平気です」

「そう? でもさ、あいつあの指輪で多分君にプロポーズするつもりだよ。うちの会社からすぐ近くなんだし、銀座の高級店ぐらい行けよなってほんと」

「そ、そうですよね!」


 食いぎみに同意した。やっぱりそう思いますよね!?

 すると八十神先輩は意味ありげな目になって、そのまま私に緩く壁ドンをした。


「せ、先輩?」

「穂波ちゃん。あいつやめて僕にしない? 君が入社してからずっと好きだったんだ」

「わ、私を? 先輩がですか!?」


 嘘、嘘。先輩が私のことを好き!?

 ……正直なところ、ユウキ君と八十神先輩となら先輩のほうが顔がいい。それにいつも髪も決まっててスーツの着こなしもずっと洗練されててお洒落だった。

 それにこのラグジュアリーなメンズ香水の香り……

 私はもうすっかり彼に参ってしまった。


「あ、あの。嬉しいです。でも、その。……ユウキ君とちゃんとお別れしてからお返事させてください」


 ここだけは譲れなかった。先輩とお付き合いするならきちんとけじめをつけてからじゃなきゃ。


「わかった。でも今はほら、社内コンペの準備で俺も御米田も大変だから。別れ話を切り出すのはコンペの後にしてやってくれる?」

「あっ、そうですね。わかりました」


 ユウキ君と別れるのはコンペ当日、プレゼンが終わって退社した後に決めた。






  * * *



「穂波、あのお店のアクセサリー嫌いだったの? よくピアス着けてるじゃん」


 ゴールデンウィークも終わってしばらく経った頃、社内で仲の良い女の子たちと会社帰りに東銀座のビストロに寄っていた。

 ここはワインの種類が豊富で価格もリーズナブルなので通いやすい。イタリア直輸入のハードチーズはここでしか食べられないものもある。私はここのオリジナルのオリーブの浅漬けが大好きでよく通っていた。


 話題の中心はユウキ君と別れて八十神先輩と付き合い始めた私のこと。


「嫌いじゃないわ。初めてアルバイトして最初のお給料で買ったのだってそのお店のだったもの。でもね、でもね……あそこのジュエリーなら自分でも買えるわ! 私、プロポーズは絶対、銀座の高級ブランドの指輪でしてもらうって決めてたのに彼が買ったのは何ランクも下の店だったのよ!」

「「「ああ~……」」」


 わかる、と友人たちは呟いた。


「なんか、この人とのみみっちい将来が見えちゃった気がして、冷めちゃったのよね」

「これはユウキ君が悪いかな(笑)」


 概ね友人たちは私に同情的だったのでちょっとホッとした。自分勝手に別れた罪悪感がないわけじゃないから。


「ちょっと穂波ぃ。ユウキ君フッたのもったいなくない? 要らないならアタシ欲しかったあ~」


 別の友人が言う。おじさん受けのいいコンサバファッションと長いウェーブヘアの同僚だ。

 そういえばこの人ユウキ君を狙ってたんだっけ……

 少しだけ胸の奥でイラッとした気持ちがモヤっとした。


「いつの間にか会社も辞めてたみたい。故郷に帰ったみたいだけど」

「連絡先教えてよ」

「メッセージアプリのアドレスで良ければ。でもあの人知らない人からのコンタクト受け取らない設定だったはずよ?」

「ダメ元で試してみる!」


 そういえば別れ話を切り出したあれ以来、一度もユウキ君からの連絡はなかったな……




 それから仕事の愚痴や社内の噂話でひとしきり盛り上がって、お開きになった。


 店を出てふわふわとワインで酔って気持ち良い気分のままスマホを見る。……八十神先輩からのメッセージは一通も入っていなかった。美味しいワインとおつまみで上がった気分が一気に下がる。

 コンペに優勝して忙しいと聞いてたけど……メッセージには既読も付いていない。


 乗り換えた新しい恋人は元カレのユウキ君とは見た目の系統も雰囲気も、性格も行動パターンも何もかも違った。

 ユウキ君だったら向こうから朝はおはよう、昼は誘い、おやつの時間はカフェスペースで待ち合わせのお伺い、退勤少し前にはアフターファイブの予定確認。ギリギリうざいと感じない程度のメッセージが必ず入っていたのに。

 夜は寝る前に数分でも通話で話していたし……あの人すごいマメだったから。


「私……間違ってなんか、ないよね?」


 まだ八十神先輩とは付き合い始めたばかりだけど、私は焦りを感じていた。

 実はゴールデンウィーク中、一緒にデートに出かけた先で結婚のことをほんの少しだけ匂わせてみたのだけど、上手くかわされてしまったのだ。

 ……先輩、私がユウキ君からプロポーズされかけたこと知ってるはずなのに。


 それどころか交際を始めたはずなのに、仕事を理由にしてアフターファイブに食事や飲みを断られることが続いていた。だから今日もビストロには同僚たちと来たのだ。

 なのに彼の都合のいいときだけ呼び出されて、仕事の取引相手との接待に駆り出されて私はビックリした。見たくもない油ぎった社長さんに、したくもないお酌をさせられたり。

 もちろんその後すごく謝られて感謝もされるんだけど、微妙な気分はいつまでも燻っていた。


「……先輩のお部屋に遊びに行きたいって言っても、やんわり断られたし……」


 なら自分のマンションにと誘っても、苦笑いで遠慮されてしまった。「君を大切にしたいから」って。


「どういうことなの……?」


 私の選択は間違っていないはずだ。


 結局、社内コンペだって優勝したのは八十神先輩だったし、彼はこの後、海外支社への栄転が約束されている。いま社内で出世ルートの先頭に立っている人だ。


 彼と一、二年恋人関係を楽しんで、程々のところで結婚する。

 彼がバンコクに行くなら私も一緒について行ってもいい。東京で世田谷区や港区みたいな富裕層の多い街にも憧れてたけど、向こうで駐在するならメイドのいる楽な生活ができるし。総合商社の支社長の駐妻ならステイタスとして悪くないわ。


 そんな人生計画を想像しながら、私はふわふわした気分のままマンションに帰った。

 大学進学のとき上京して、青森の両親が買ってくれた荒川区の駅近マンションのワンルームだ。

 立地や治安は良かったけど建物が古くて、五階建ての四階にある私の部屋までエレベーターはなく階段を使うしかない。こんなマンションとも早くおさらばしたかった。


 このときの私は自分の未来が輝いてるとばかり思ってたけど、先行きが暗いことを思い知らされるのはそれから間もなくのことだった。


 まさか、まさかユウキ君があんなことになるだなんて……




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