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その頃、日本では~side八十神

 僕は八十神アキラ。今年二十八になる、東京新橋の総合商社、期待の星だ。


 ゴールデンウィーク寸前に開催された企画コンペでは、あの営業部の御米田を押さえて見事、優勝を果たした。


 それだけじゃない。社内マドンナの一人だったあいつの彼女も奪ってやった。

 最初は渋られたし少し時間はかかったが、青森のど田舎出身で、普段の言動や持ち物からステータスアイコンに強い執着のある女とわかった時点で攻略法が見えた。

 彼女と会うときは必ずイタリアのメンズブランドのセカンドバッグを小脇に抱えて、靴も日本未発売のフランスの高級ブランドのウイングチップを履いた。加えて女性ファッション誌でよく特集されるラグジュアリーなメンズ香水をさりげなく付ける。

 ブランド物に憧れるあまり香水のミニボトルのコレクションを持っていて、どこそこのブランド香水が好きだなどの噂は既に仕入れ済みだったので。


 しばらくSNSで話題のスイーツとお茶に誘い続け、最後は職場近くの銀座でブランド店併設のカフェでのディナーでついに落ちた。

 ちゃんと御米田と別れてから付き合いたいと面倒くさいことを言ってきて、別れてからも少し時間がかかったが、まあ許容範囲だ。

 見た目が綺麗めな上品系でまとめた女だし、連れ歩くには良いアクセサリーだ。


 何よりあの御米田から奪い取ったことはゾクゾクする快感を僕に与えた。




 御米田ユウキは僕と同期入社の男だ。

 大学のランクは同程度。入社試験の成績もほぼ同じだったそうで、能力的な差はさほどない。

 以来、あいつは営業部、僕は企画部と配属部署こそ違うが何かと社内で比較される関係にあった。


 御米田は暑苦しい熱血タイプの男で、よく空回って失敗も多いがなぜか社内の幹部連中に受けがいい。

 男女問わず年配社員にはだいたい可愛がられて、休暇の後にはジジババが持ってくる土産物の菓子の小袋でデスクの上が小山になっていた。だいたい煎餅か、よくある観光地の名前の入ったクッキーや、何番煎じだ感のある銘菓のカスタード入り蒸しパンだったが。


 で、それを僕や近くにいた他の社員に当たり前のようにお裾分けして笑っている。

 ……そういうところが無性にムカつく男だった。鷹揚さと懐の深さでも見せつけてるつもりなのか。




 数ヶ月ほど前、社内のカフェスペースで御米田と出くわしたとき。

 あいつが考えているコンペ企画の概要を聞かされて僕は嫉妬で死にそうになった。


 我が社は総合商社で、中国やアメリカなど主だった大国に支社を持つが東南アジア方面のパイプがまだ弱かった。

 今度タイのバンコクに新たに支社を立ち上げるので、目玉となる輸出入品の新商品企画が大々的に社内公募されていた。

 優勝者は賞金と、新支社の支社長もしくは支社長候補としてバンコクへの栄転が約束されていた。


 御米田の企画は最高だった。

 あいつの両親は定年より少し早めに早期リタイヤしてそのバンコクに移住していると聞いていた。

 本人も何度もバンコク旅行していて、現地の流行りや雰囲気に詳しいとも。そんな背景持ちならではの企画だ。

 現地をまだ知らない僕には考えもつかない魅力的で、老若男女を問わず欲しがる南国フルーツやハーブを使った数々の商品アイデア……


(こいつにだけは負けるわけにはいかない。いっそ潰せたらどれだけ……)


 自分にこれほどネガティブな感情が眠っていたとは驚くほどだった。





 そこから僕の行動は早かった。慎重に御米田の周囲を探り始めたのだ。


 あいつは営業マンだから留守にすることが多いし、営業部は雑然として人の出入りの多い場所だから僕が入っても不審に思われることがないのが幸いだった。


 あるとき、御米田のデスク上にファイルフォルダを見つけた。パソコン内のではない、リアルのフォルダだ。

 表面に大小様々なカラフルな付箋が貼ってあって、あいつが考えたコンペ用の企画アイデアがびっしり書き込んであった。

 それをざっと眺めて、素早く覚えられるだけ覚えてから、そのときはすぐに営業部を出た。

 後で内容を思い出してまた打ちのめされた。そのアイデアは僕が考えていた企画よりはるかに優れていたから。


 それからコンペ開催まで何度も盗み見しに行った。

 いやこいつ、いい加減ファイルフォルダを鍵付き引き出しの中にしまえよ! と突っ込みたくなるぐらい普通にデスク上に置いてあるのが悪い。

 付箋やメモの走り書きはどんどん内容が良くなっていた。あいつはこういうブレーンストーミングをやるタイプらしい。


 恐らく今回のコンペは御米田が勝つだろう。

 僕は自分のその予測に恐怖を感じた。

 社内コンペで優勝すると、賞金と栄転だ。御米田が優勝してバンコク支社長になる? 同い年の二十八のあいつが?

 そうなったら残された僕はどうなる? 我が社で〝支社長〟は部長より上の職位だ。僕は企画部では係長だったが支社長になるにはまだ上には課長、次長、部長がいる。時短のために今回のコンペ優勝の昇進ショートカットは絶対に外せなかった。




 だから魔がさしたのだ。


 コンペ前日。

 御米田が退社し、営業部からも人がいなくなったことを確認した僕は、あいつのデスクのノートパソコンを立ち上げてあいつのIDとパスワードでログインした。

 というかあの男、IDもパスワードもメモしてデスクの透明マットの間にふつうに入れてあった。僕が言えたことじゃないがセキュリティの危機管理意識なさすぎだろう!?

 ともあれ僕は御米田が作成し終わっていた企画書データを自分のスマホにコピーし、


 ――元データは削除した。


 赤羽の自宅に戻ってノートパソコンで御米田の企画書データを確認した。

 ……御米田は表計算ソフトの使い手だった。表計算サムライとでも言おうか。テキスト主体の書類作成ソフトやプレゼンテーション用のソフトで作るような書類でも平気で楽々、表計算ソフトで作り込む人間のことだ。


「チッ。何でもかんでも表計算ソフトで作りやがる。これだから融通のきかない理系野郎は!」


 僕の企画部では書類は指定の書類作成ソフトで作るよう部署の規格が決まっていた。

 さてこの企画書をどうするか?

 このまま僕の企画に転用したら盗用がすぐバレる。かといってコンペはもう明日に迫っている。時間がない。


 僕はその表計算ソフトで作られた企画書をPDFに変換して、最近話題のAIサービスに読み込ませた。

 サブスク利用をし始めたばかりで慣れていなかったが、AIサービスは書類データを読み込んだり、イラストを作成したりもできる。

 そしてAIにつたない作成指示を出した。このAIへの指示文章をプロンプトという。



《ここから》


#作成指示

あなたは日本の総合商社の優秀な企画部社員です。

読み込んだPDFを元にして、昇進のかかった重要な社内コンペで優勝できる最高の企画を作ってください。

PDF内の文章量を三倍に増やしてください。

企画はわかりやすい章立てにしてください。

1セクションごとに200文字でまとめてください。

200文字ごとに各セクションを表すビジネスシーンの写真イラストを作ってください。


#注意事項

文章は小学生でもわかるシンプルな言い回しにしてください。


《ここまで》



 そして最後に一番重要な指示を書いた。


『PDF内の文章はすべて言い回しを変更してください。』


 これで、御米田が書いた企画は別人が書いた別物になる。


 後から思えば僕も余裕がなかった。本当なら一度英語に翻訳してから指示すれば良かったとか、もっと洗練されたプロンプトが書けただろうにとか。

 だがAIが出力してくれた『僕の企画書』はそれなりによくできていた。修正もほとんど要らなかったぐらいで。


 そこからは、元々プレゼンで使う予定だったタブレット端末用に出力されたテキストと画像、表などをプレゼン用のスライドファイルに作り込んでいった。

 途中、必要と思われる追加の参考資料もAI任せだ。

 そうして水増ししまくっていくと、予想通り御米田が作った元データよりはるかに立派なものに仕上がった。


 翌日、コンペは御米田がプレゼン辞退で僕の優秀となった。

 その日のうちにあいつと別れてきた女と銀座のステーキ屋で開けた祝杯のシャンパンの美味かったことと言ったら!




 その後はすぐゴールデンウィークに突入して、御米田の元カノ穂波と東京近郊を連日デートしていた。あえて御米田のことは意識しないようにして。


 大型連休が終わると、御米田は噂によれば田舎への帰省から戻ってきてすぐ退職手続きを出し、そのまま有給消化で退職したという話だった。

 コンペで僕に負けたダメージを引きずってるのは明らかだ。


「ははっ、ザマァないなあ御米田!」


 社内のカフェスペースでコーヒーの紙コップ片手に、高笑いを堪えるので必死だった。


 さて、新しい彼女と次はどこに行くか。ファミレスやチェーンのカフェは嫌だと言って高くつく女だが、見映えするからどこに出かけても気分がいい。

 自由が丘のパンケーキ屋か、原宿に世界一の朝食も有りか……




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