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序章 魔法はそよ風とともに

 わしの自己紹介をするとしよう。

 わしはアグラオニケ。数千年ほど前から地球に生き永らえている魔女じゃ。

 最初に生を享けたとき、わしはこの星のギリシャにて天文学の研究に勤しんだ。特に、月食の何たるかを知る者として、わしに並ぶ者はいなかった。

 魔女の心臓は半永久的に機能するが、肉体のほうはいつか朽ち果てる。ゆえに、わしは肉体の限界を悟ると、新たな肉体を創造して心臓をそれに移し、自ら転生を繰り返した。

 魔女の使命は、人々の安寧と発展のために尽くすこと。そのために、わしはまだ見ぬ地を旅し、行く先々で魔法による人助けをしていった。たとえ大衆の前であろうと、わしは大義のためにと魔法を惜しまんかった。

 じゃが、世はそう都合良くできてはおらん。三十五度目の転生の際に、わしら魔女は突如として命を狙われる身となった。魔女は忌むべき存在であると、よりにもよって人間たちがわしらを恐れるようになったのじゃ。俗に言う魔女狩りの始まりじゃ。

 多くの者が処刑された。わしが仲良くしていた魔女も、魔女ですらない無実の者も。狂信的になっていた人々を止めることができず、わしはついに人々から逃げだし、魔女という素性を隠して生きるようになった。

 そして、人々が魔女の存在すら忘れてしまった今、わしは四十一度目の人生を歩んでおる。

 時は紀元後二十一世紀。場所は日本。空を覆い隠すように高層ビルが立ち並ぶこの都市で、わしは荒尾仁希あらおにけという名で、アラサーのキャリアウーマンを演じておる。黒のロングヘアーは欠かさず磨き、ストライプスーツとハイヒールもばっちり着こなし、最初は苦手じゃった化粧も今では慣れたものじゃ。

 街頭を歩きながら辺りを見回してみると、憂鬱そうな顔をしておる若者やサラリーマンたちがわんさかおる。わしも追い詰められた過去があるくらいじゃから、今の世でも悪いやつらに振り回されている人間は腐るほどおるということじゃろう。

 そんな、辛そうに生きる人間たちへ、密かにささやかな幸せを贈ってやること。それがわしの魔女としての務めじゃ。

 大それたことを言ったが、実際はそれほど大したことはしておらん。遅刻している者がいたら魔法で足を早めたり、寝不足そうな者がいたら魔法で眠気を吹き飛ばしたりと、その程度のものじゃ。

 魔女アグラオニケとして最初に生を享けてから、わしは魔法を大義のために使おうと躍起になっていた。じゃが今は、これこそが魔法の正しい使いかたなのじゃと納得しておる。

 目立たず、ひけらかさず、わしのできうる限りで悪を討ち、善を救う。その信念を胸に、わしは今日も群衆に紛れ、指を振って務めを果たしていくのじゃ。

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