経路
も、もうむりぽ
訳: すみません、後で見返しておかしかったら直しておきます
「にいちゃ、これ!」
「あぁ、わかってる。 こりゃあまり悠長にしてられないかもな……」
空が赤く染まっていくと同時に時計の針が少しずつ進んでいく。
時計の進みは、通常と同じようだがこれがタイムリミットを示しているのであれば、後どれくらい時間が残されているかわからない。
「ふう、急いでもう一つの扉の方に向かうぞっ!」
「う、うん。」
来た時の道を戻るだけなので距離もそこまで遠くはないはずだ。
俺と風太は足早にこの場から立ち去り、もう一つの扉がある方へ向かう。
「そう簡単には返してくれないってか。 ほんと場所だけはゲームみたいなところだよなここ!」
2人がすぐ近くの広場に出て、右へ曲がろうとした時、先ほどまでなかったものが立ちふさがっていた。
それは薄灰色で路地の横幅いっぱいに広がり、ガラスのように透明感があるのか向こう側が透けている。
「なんだよ……これ……」
色付きガラスのような壁はゆらゆらと揺らめており、一見すると波に揺れる海藻のように見える。
しかし、いざ触れてみると確かに反発する感触があり、アーケード街の道幅いっぱいに広がっているためこれ以上先には進むことができない。
「化け物の次は迷路かよ。 ここの主はどんだけもてなし精神旺盛なんだよ」
あきれたように悪態をつく。
目の前の壁は進むことができないが、幸い別の通りは壁がなく通れるようだ。
「にいちゃ、どうしよ?」
「心配すんな。 ここが駄目なら通れるところから行けばいい」
風太が不安そうに見つめてくるが頭をワシャワシャと撫でる。
「時間もかけてられねぇし、行こうぜ。 疲れたら負ぶってやるよ?」
冷やかすように檄を飛ばすと風太の方も自分で歩けると意気込む。
ここもダメか!
迂回を繰り返すこと数十回目。
行けども行けども薄灰色の影を具現化したような壁に阻まれ、思うように進むことができない。
幸い方角は見失っていないが、時間は30分が経過しようとしていた。
30分無事ならもう30は大丈夫、だと思いたい……。 距離的には6割程進んだってところか。
あ゛ぁ、後何分したら着くんだよ! こんなんまっすぐ進めりゃ2分かからねぇのに。
ゴールのすぐそばまで来ているのに届かない、時間もいつゲームオーバーになるかわからない状況がより自分たちの精神を蝕んでいく。
先ほどの騒動以降はこれまでと変わらず物音一つしない静寂を保っているが、景色が一変したことで暗さが増し、より一層不気味に感じるのも精神的によろしくない。
もどかしい気持ちが募るが気を紛らわせるため、風太と話しながら少しずつ進んでいく。
「んでよぉ、その時に弟と一緒になって逃げだしたわけよ。 今思うとあれはやばかったね。 ……ふう、大丈夫か?」
「……はぁはぁ…………大丈夫……だよ」
先ほどから風太の歩みが少しだけ重くなっている。
頻繁に息切れを起こし、熱があるのか汗もかいてきている。
風太の限界が近いな……。
序盤は風太も頑張って歩いていたが、体力の限界が近いのか、それともこの場所の不気味さにでも充てられたのか少しずつ体調が悪くなっていった。
「おいおい、もう疲れたのか。 しょうがねえな、今回は特別に負ぶってやるから、ほら、乗りな」
ここまで歩いて付いてきてくれたおかげで体力もだいぶ回復することができた俺は、そう言うと風太を背負って再び歩き始める。
「へへっ……にいちゃ、ありがと……」
「いいってことよ、礼はここから出られたら頼むぜ」
ゆっくりとではあるが着実に扉の方へ歩みを進めていく。
そこから更に進み残り100メートルというところで、急な立ち眩みに襲われる。
「っと……なんだ? 悪い、ちょっとバランス崩しちまった。 ふう、大丈夫か?」
「…………」
返事はないが、呼吸は聞こえるので恐らく眠ってしまったのだろう。
起きなくてよかったと思いながらまた進もうとする。
――っ!?
頭を押さえていた手に違和感を感じて見てみると、指先があの化け物と同じように黒く鋭くなりつつあった。
まさかと思い、背負っている風太を抱きかかえ確認すると、風太の方は顔の一部や左腕の前腕部分が黒くなっていた。
このまま時間が経っちまうと俺らも仲間入りってことかよ。 冗談じゃねぇよ、くそが!
「おい、ふう! 大丈夫か、おい!」
「ぅん……にいちゃ? ふうね大丈夫だよ? だからそんな悲しそうな顔しないで?」
返事に反応し、風太が薄く目を開くと、こちらに手を伸ばし笑顔を向ける。
「あぁ! お前が大丈夫ならよかった。 これから急ぐからもう少しだけ辛抱してくれな?」
こくりと首を縦に振ると再び風太は眠りにつく。
風太を優しく抱きかかえた状態で急いで出口となる扉の方へ向かう。
ようやく……着いた……。
あれから更に15分かけてようやく目的の扉がある店の前に辿り着く。
先刻確認した時には何もなかったが、今WAY HOMEと書かれていた扉の向こうから光が漏れ出ている。
警戒するような色ではなく、どこか安心するような光であることが直感的に分かった。
店の前に辿り着いたタイミングで風太も目が覚めたのか何かつぶやくが聞こえなかったため聞き返す。
「ふう、今何か言ったか?」
「な……か遠く……からね……聞……こえてくるよ」
「何?」
耳を澄ますが何も聞こえてこない。
しかし、こんな異常事態なので何が起こってもおかしくはない。
時間も19時に迫ってきてるし、早く扉をくぐろう。
そう思い、風太を抱きしめたまま扉に向かう。
店に入ると中は来た時と同じように廃テナントさながら空っぽでほこりが舞っている。
風太を降ろし、扉の前に立ってドアノブを握ると静電気のような刺激を受けとっさに手を放す。
「なんだ?」
気のせいかと思い、再度握ると気のせいではなく、同じような刺激を受けた。
まるで神聖なものが自分たちを弾いているような感覚に見舞われる。
根拠はないが完全にこちらを拒絶しているわけじゃなさそうだな……。
もしかしてさっき変わっちまった化け物みてぇな手で握ったからか? それならこっちの左手で触れてみれば――ビンゴッ!
今度は変形していない方の手でドアノブを握りしめると特に拒絶されることはなかった。
後は扉を開くだけだがこれがまた鉄の扉のように非常に重くわずかに隙間を開ける程度だった。
「おっも! ふう、かばんに入っている棒取ってくれ!」
「う、うん。 はい、これっ!」
金属製のトレッキングポールをわずかに空いた隙間にさしこみ扉を開こうと試みる。
先ほどよりもだいぶ開くことができたが風太が通れるか通れないかくらいだ。
「もう一回思いっきり引くからちょっと離れてろ」
風太が離れると今度は両手でドアノブを握り、左足を壁につけ全体重を乗せて引っ張る。
すると金属がこすれる音を出しながら少しずつ隙間が開いてくる。
あともう少しで通れる自分も通れるくらいになるというところで後ろから突如お腹に衝撃を受ける。
見ると何やら粘液性の鞭のようなものがお腹あたりに巻き付いていた。
「うおっ! なんだ?!」
巻き付いていることを認識すると同時にこれまでに受けたことのない勢いで店の外に引っ張られる。
何とかドアノブを支えに耐えるがいつまでも持ちそうにない。
店の外に何かいる? 風太がさっき言っていた物音ってのはこれのことだったのか!
一瞬混乱するが、すぐさま巻き付いているものを外すのは諦め、この力を利用して扉を開くことにする。
現に先ほどよりもスムーズに扉が開いていく。
そして、風太に顔を向ける言い聞かせるように伝える。
「ふう! お前と一緒にいた時間は短かったがなんだかんだ楽しかったぜ! これ片づけたら俺もすぐ追いつくから先に帰ってな!」
風太も悟ったのか顔をゆがめて、これまで以上に泣きじゃぐりながら触手をどけようとするが外れるわけもなく、こちらにしがみついて駄々をこねる。
「やだっ、やだよ!! 一緒にいてよに゛いぢゃ! 行っちゃやだよ!」
「おいおいおい、泣くなよ。 外に出たらまた一緒に会おうぜ! 約束だぞ!」
一方的に言い聞かせるとそこで限界だった。
「おら、さっさと行けぇぇええええ!!!!」
風太の背中を全力で扉に押す。
店から放り出されながら風太が扉をくぐる姿を見届ける。
扉は風太が通ると一瞬光が強くなり、元の明るさに戻っていく。
触手に吹き飛ばされて反対の建物にぶつかると同時に全身に衝撃が走り意識が飛びそうになる。
あぁ、これでよかった。
今は、全身の痛みよりも今は風太を返せたことに安心した。
痛む身体に鞭を打ち職種の伸びている方を見ると因縁深い化け物がいた。
しかし化け物はこれまで見慣れた黒い針金のような体ではなく、顔はそのままに全身桃色のスライムのような粘液性の衣をまとっており全長も2メートルを超えている。
ってて。 またこいつかよ、いい加減俺らのこと好きすぎるだろ。
それより最後に風太を見送った時、扉は開いたままだった。 ってことは帰りの定員は一人じゃはなさそうだな…………。 それなら後はこいつをぶっ飛ばせばハッピーエンドってことだな!
帰って風太に絶対に会う。
最後の力を振り絞って立ち上がった。