探索2
あっ
あれから更に一日が経ち、多めに買った食料も残り二日分となっていた。
しかし、その甲斐あって何度か探索中に化け物を見つけることができた。
あまり長時間の尾行はできなかったが化け物の行動から一つわかったことがある。
一度だけ近くまで接近した時、店の奥の壁へ潜り込むその姿を見た。
風太から聞いた話では店の奥の壁から現れるそいつを見たと言うことから、影のある場所であれば壁の中にも出入りすることができるらしい。
もしかするとある店に入って、壁の中を移動、別の店から出てくるといったような芸当もできるかもしれない。
前に襲われた時も影の中を移動していたしありえないってことはねぇか。 後はここから出るための手掛かりだが……こればっかりはさっぱりだな。
今後について考えていると風太が腕を見せながらにこにこと笑顔でこちらに話しかけてくる。
「にいちゃー! 見てみて、お手てもう痛くないよ!」
「おぉそうかい、ほんとに良くなったか確認してやるからちょっと見せてみな。 痛かったらすぐに言えよ?」
事前に断りを入れてから触診してみたが風太の怪我はほぼ完治していた。
薬やリハビリもなしに治ったのには驚いたが、腕の痛みも薄いと言うことだったので固定していた板も外す。
脱出の目処が立てばある程度自分で歩いてもらわなきゃいけねぇし、不幸中の幸いってとこだな。
固定板を外しながら今日の予定を伝えるため風太に話しかける。
「ふぅ、ちょっといいか?」
「何? にいちゃ?」
「これから、探索しに行こうと思ってるがふぅも行くか?」
「え!? い、行っていいの?」
もちろんだと返答すると、風太が満面の笑みを浮かべる。
探索している間、約束したとはいえ寂しい思いをさせてしまっていたのも事実。
今回を機に逃げる時の準備も進めてしまうことにした。
いざという時に一人でも逃げだせるため、風太にも探索に動向してもらい地理を覚えてもらう。
風太自身も置いて行かれずに済むということでやる気になっているみたいだ。
探索前にあらかじめ、黒い化け物が徘徊しており、自分と離れてはいけないこと、十分気をつける必要があることを言い含めておく。
加えて、化物の特徴や壁の中の移動、地上を歩く分には遅いことなど知っていることはなるべく伝えた。
特に風太は傷付けられた記憶があるためそれを見た時に叫んでしまったり、体が恐怖で動かなくなってしまうことを考慮し、化け物について知っておくことで少しでも恐怖心を下げられないか、念のための予防策となればラッキーくらいに考えている。
二人がかりの初めての探索は拠点の周りをぐるりと一周し、問題がなければもう少し足を遠くへ伸ばす予定だ。
今回の探索で化け物を風太に見せておくこともサブの目標にいれている。
風太を連れて初めて広場から出る。
風太もいるからいつもより警戒しなきゃならねぇな。 事前に知れてよかったぜ。 ぶっつけ本番で逃げるってなったら何か起こった時、絶対に詰むわ……。
化け物さえいなければ不気味で無人のアーケード街なので、警戒はしながらも化け物にも出会わず一周できた。
「頑張ったな! 体調とか気分が悪いとかはないか?」
「にいちゃ、ふうね大丈夫! でもすっごくドキドキしたー!」
「そうかい、そりゃよかったな。 もしよければもう少しだけ探索を続けてみようかと思うけどどうだ?」
肯定のうなずきが返ってきたので10分ほどで行ける場所を探索することにする。
風太に隠れられそうな場所や地理について説明し、たっぷり1時間ほどかけて実地研修を行う。
すると何回目かの曲がり角を曲がろうかというところであいつを見つけた。
っ!? こんなところで見つけられるたぁ運がいいのか悪いのか。
しかし、いつもの様子とは少し異なり広場と広場をつなぐストリートの真ん中でこちらに背を向けて仁王立ちしている。
身じろぎ一つしていないので人形か何かと勘違いしそうになるが、体が上下に動いていることから目的の化け物で間違いはないと思われる。
見つけたことを後ろにいる風太に伝えて一目見るか引き返すか確認する。
少しの震えがあり、風太は見ると言おうとしていたが声が出せない様子だった。
あれだけ怪我を負わせて自分を殺そうとした化け物だもんな……普通にこえぇよな。
再度化け物がこちらに気づいていないか確認し、風太を抱きかかえて広場のほうへ引き返す。
目線を外す時、化け物の頭だけこちらを見ていた気がするが考えないようにする。
戻ってくると風太はだいぶ消耗している様子で顔は青ざめており体はガタガタと震えていた。
そっとしておいたほうが良いだろうと思い、声はあまり掛けずあやすように抱きしめる。
しばらくすると震えは収まったが今度は声を抑えるように泣き出す。
「にいぢぁ、ばためいばくがけで、ごべんなざいっ!! 見なきゃいげながっだのに、ご、こばぐでふぅびれながっだの!」
風太自身も今回自分を連れていった目的を理解していたのか責任を感じて泣いていたようだ。
シュンとして落ち込む6歳児にこんな健気なこと言われたので思ったことをきちんと伝える。
「よーしよし、そんなこと気にすんなって。 逆によく声も出さずに我慢できたな、めっちゃ偉いぞ。」
驚いたように風太が顔を上げる。
実は自分もビビっていたことや一番初めなんて悲鳴を上げて転げまわりながら逃げ出したことを身振り手振りを加えて風太に説明する。
途中、風太が口を押さえて笑いをこらえていたのでくすぐってお仕置きしてやった。
ひとしきり笑った後、風太のおかげで自分はおかしくならずに済んでいる、いつも助かっているありがとうと感謝を伝えた。
そして、何かあれば必ず自分が守ると約束をする。
風太はうんっ!と言って笑顔を返してくれた。
●
風太と相談し、3時間ほど休憩した後、探索を再開する。
風太には先ほど写真で撮っておいた化け物を見せて慣らしておいた。
すると先ほど見つけた場所からそう遠くない場所で化け物が徘徊している姿を見つける。
さっき動いていなかったのはたまたまだったのか……。
風太にどうするか念のため確認すると、まだ震えがあったものの、今度はちゃんと見ると意志の強い目をしてこちらへ答える。
いつでも逃げ出せるように抱き抱える形で化け物を風太に見せてみた。
反応としては淡白なものだったが、睨めつけるように黒い生物を見つめている。
なんとか大丈夫そうだな……。 残りの食糧のこともあるし、なるべくここで手掛かりが欲しい。
風太に断りを入れて、後を追うことにした。
しばらく観察していると一見ランダムに彷徨っている様に見える行動に共通点があることに気づく。
例えば、徘徊しているかと思ったら開いている店の奥にある壁に入って別の店から出てきたりと行動パターンが定まっていない。
しかし、二箇所だけ化け物が出入りが同じ店がある。
その店に入って行く時は必ず同じ店から出てくるのだ。
道順を確認し、メモに残す。
化け物がいなくなったことを確認し、店をそれぞれ確認すると、その店の奥に初日以来となる扉がそれぞれ鎮座していた。
片方の店にはWAY HOME、そしてもう一つにはHELLとスプレーのような赤い塗料で壁に大きく書かれている。
それぞれ自分たちのいる噴水の地点から二キロほど歩いたところにあり、扉のある店同士の距離も1キロほど離れていた。
今のところ化け物は一体しか見ていないので風太を連れて扉に行くことは難しくない。
おいおいおいおい、まじかよ! これってもしかして出口だったりするのか!? いや落ち着け、そう思ってあの時も罠だったじゃねぇか。
あの時の罠を思い出すと今でもチビりそうになるが、だがもし、もしあのメモで言っていた扉がこれのことならマジで運が向いてきたぞ!
初日以来の扉ということもあり、自然と口角が上がってくるのを自覚する。
後はどの扉に入るのが正解なのか、普通に考えたらWAY HOMEの方だが罠の可能性を考慮し、慎重になる。
食糧も残り少ないのでどうするか早めに決断しなければならない。
持ち帰って一度検討しようと後ろにいる風太の方へ振り返る。
「にいちゃ、にげっ!」
そこには、先ほどいなくなったはずの化け物が風太を攫って逆側にある店の壁の中へ潜り込む姿が見えた。