探索
気絶
「……誰かいませんかー?」
声は虚しく、薄暗い商店街のアーケードに吸い込まれていく。
もう何度目になるのか。十字路から続くすべての通りを、声をかけながら一通り回った。開いている店があれば覗き込み、奥まで目を凝らして見てみる。だが──
「……やっぱり、誰もいねぇよな」
気配がまるでない。
人間どころか、風も音も、匂いすらない。まるで無駄の空間だ。
この異常な静けさのなかで、足音と自分の呼吸音だけが不気味に響く。
そんな状況に、早くも心が削られていくのを感じた。
「はは……せめて猫でもいりゃ救われるのに」
虚勢を張ってみても虚しい。
照明のない店舗は、奥が真っ暗でよく見えず、スマホのライトを点けながらの探索になった。
幸いバッテリーはまだある。
昨晩寝る前にフル充電しておいてよかった。
画面の右上、“圏外”の文字が冷たく光る。
Wi-Fiもなし、GPSも反応なし。地図アプリを開いても「現在地を特定できません」の表示が出るだけ。
──ここは、どこなんだよ。
周囲の店を回っていて気づいたことがある。
まず、どの店舗も狭すぎる。
看板のある店舗はたくさんあるが、どれも売り場が4~5メートル四方。普通なら店の奥に厨房や倉庫があるはずなのに、それが見当たらない。
まるで、張りぼての舞台装置のように、外側だけ作られた空間。
置かれている商品も奇妙に偏っていた。駄菓子、古びた文房具、用途不明の雑貨。
生活感はゼロで、商品数も極端に少ない。まるで「とりあえず置きました」とでも言うかのような、雑な品揃え。
その中でひときわ目を引いたのは、ひとつだけぽつんと棚に置かれたリュックだった。
新品ではないが、状態は悪くない。まるで誰かの持ち物のようだった。
「……誰か、ここにいたのか?」
期待と不安が同時に胸をよぎる。
俺以外の誰かが、この空間を歩いたのかもしれない。
だが声をかけても、返事はない。
──やっぱり、ここには俺しかいないのか?
広場に戻り、拾った物を地面に並べて確認する。
⸻
〈拾得物リスト〉
・駄菓子3個
・ドロップ2個
・リュック(中身)
- 懐中電灯
- 単三電池4本
- 飲みかけの水1本
- 空のペットボトル
- ロープ(約3m)
- 多色ボールペン
- 手帳
- 雨具
- 簡易救急セット
- トレッキングポール2本
- ライター
⸻
手帳を開くと、最初のページに大きく赤いインクで書かれていた。
「扉を探せ」
「……扉?」
突拍子もない言葉に眉をひそめる。
他のページはすべて白紙。メモも走り書きも、日付もない。
意味はわからないが、書き残した誰かがいたという事実は心を支えてくれる。
この空間に、他の人間がいた──あるいは、いる可能性があるのだから。
「……よし、まずはわかってることを整理しよう」
自分を落ち着かせるために、手帳に状況をメモし始める。
⸻
〈現在の状況〉
・最初に目覚めたのは広場の中心
・広場から東西南北に道が伸びている
・道の左右には雑多な店舗が並んでいる
・すべての店舗が異様に狭く、裏手が存在しない
・街灯が夕方のような光を放っており、光の変化が一切ない
・スマホは圏外。GPS、Wi-Fi、通信すべて使用不可
・時間の経過が体感と一致していない
⸻
次に、空間構造の確認を試みる。
広場から見て左へ左へと4回曲がり、元の位置に戻れるかをテストする。迷路や空間ループを疑ってのことだ。
結果、無事に最初の広場に戻ることができた。
「……とりあえず、空間の基本構造は常識の範囲ってことか?」
戻ってきた場所には、念のため置いておいた駄菓子がそのままの形で転がっていた。誰にも触られていない。
しかし、その程度の普通さがむしろ気味が悪い。
──こんな世界で、理屈が通用するのか?
「……うーん、腹減った」
探索に夢中で、空腹を意識していなかったが、身体は正直だ。
とはいえ落ちていた駄菓子には手を出す気になれず、自前のコンビニ食料に手を伸ばす。できるだけ節約しようと、パンをひとつだけちぎって口に入れた。
水を一口だけ飲み、休憩を取りながら、次の行動を決める。
「……今度は、直進だな」
広場からまっすぐ伸びる一本道を、ひたすら歩くことにする。
左右の分岐には目もくれず、ただひたすら、まっすぐ。何かが見えるまで、進み続ける。
道は、ずっと同じ光景が続く。
古びた看板、無人の店舗、無音の空気。
まるで、コピー&ペーストされたかのような空間の連続。
⚫︎
「……なあ、もう2時間以上歩いてるんだけど!?」
声がひときわ大きく空間に反響する。
いくら歩いても、何も変わらない。
標識も、地名も、案内板もない。
「どこまで行っても夕方ってどういうことだよ……」
最初に時計を見たのは、18時を少し過ぎたころ。
今はもう20時は回っているはずだ。
なのに、アーケードから差し込む光は、あの時とまったく同じ──不気味なほどに変わらない。
ここは、時間すら狂っているのか?
「いやいや……こんなのおかしい……3時間近く歩いてんだぞ……区どころか、隣の市に着いてもいい距離だろ……?」
焦りが、怒りに変わり、そして絶望へと姿を変えていく。
広場に戻って、力なく座り込む。
「……もう無理だ。わかんねぇ……俺が何をしたっていうんだよ……」
自分の声が、思った以上に弱々しく響いた。
その瞬間だった。
沈黙のなか、空気がわずかに揺れた。
ふと顔を上げると──右手の通路、その奥に、何かの気配がした。




