最終
イメージはしゃろうさんの『神隠しの真相』というフリーのBGMを勝手に設定してます。
扉を抜けた先は、眩しい光が瞼を刺激する。
思わず腕で顔を覆いうずくまった。
するとあの無音に近しいアーケード街では聞くことはなかった蝉の音と暑くて緩い夏の風が自分の背中を撫でていく。
俺は…………戻ってきた? ……戻ってこれた……のか?
蝉の音もずいぶん懐かしいような感じがした。
ゆっくりと覆っていた顔から腕を外して目を開ける。
すると目の前にはあの世界へ行く前の、涙が出るほど帰りたかった自分の部屋が待っていた。
夢……? あの悪夢の様な出来事は全部夢だったって言うのか? 暑さにやられてついにおかしくなっちまったのか…………?
自分の体を見てみるが化け物にやられた傷も変形した腕もさっぱりなくなって元通りになっていた。
慌てとスマホを確認するが何故か充電は切れており、コンビニで買ってきたはずの食料も消えている。
テレビを確認しようと履いていたスニーカーを脱ぎ捨てるが片方はうまく脱げず、転がる様に部屋の中へ入る。
机の上に放置していたリモコンを掴み、テレビの電源をつけると土曜日にやっている有名なバラエティー番組が映り、芸能人が最近の話題について意見を出し合っている。
テレビの左上の時間を見ると、時間は午後の14時と表示されていた。
俺があそこで彷徨ってから10分と経っていないことになる。
嘘だっ、こんなに鮮明な記憶もある! 化け物を殴った感触や建物にぶつけられた時の痛みだって、それに風太を取り返した時の………………………………あれ?
そこで気づく。
風太はどこだ、と。
辺りを見渡すがもちろん風太の姿や声どころか自分以外の人の気配は感じられない。
「ふう! どこだっ! ふう、返事をしてくれ!!」
慌てて外に出て辺りを見渡す。
しかし、この夏場に白いパーカーを着けている子供は見当たらない。
靴も履かないままに、外に飛び出し、風太を探す。
「な、なぁ! すまないが、このくらいの背丈の子供を見なかったか? 白いパーカーに紺色の短パンを履いてるんだが―― なぁあんた、申し訳ないが」
街中を探し回り、見かける人に片っ端から質問して回るがふうは見つからなかった。
警察に頼ろうかと思ったが、信じてもらえないだろうし、なんなら自分が不審者扱いされて呼ばれるレベルでおかしかった。
幸い親がが子供を探していると思ったのか警察は呼ばれなかった。
一度頭を冷やすため家に戻る。
なんで傷が消えているのかは不明だが、先に帰った風太がこちらにいないのはなんでだ? 確か風太があそこに迷い込んだ時、自宅の庭にいたと話してたっけか……。 入口が違うと帰った時も違う場所に帰ることになるのか?
何もかも訳が分からなかったが、そうであってほしいと信じたい。
頭が冷えてきたところでネットに何か情報がないかと思いつき調べてみる。
「風太 行方不明」で調べてみるといくつかのネットニュースと都市伝説のスレがヒットした。
一番上の記事をクリックし見てみると、10年前とある子供が行方不明になった事件が取り上げていた。
その子供は家の庭で遊んでいたはずだが急にいなくなったとして大規模な捜索がされるも見つからず、情報を呼びかけるも全然集まらなかったことから生存も絶望視されていた。
にも関わらず、一ヶ月経ったころ再び庭に当時の服装をした子供がいたそうだ。
その子が件の子供で両親、警察も大慌て、目撃情報や証言もないのにどうして行方が分からなくなったのか、一ヶ月の間どうしていたのか、どうやって帰ってきたのか、色々な憶測が書かれているが真相は分からずじまいで解決したということが書かれていた。
いくつかの記事をあさってみると捜索願に顔写真が乗っているのを見つける。
忘れもしないあの世界で一緒に過ごした風太の顔がそこに映っていた。
顔写真を見て体から力が抜けていく。
良かった、風太もきちんと帰って来れたんだ……。
そうしてようやく帰ってきた実感が湧いて、嬉しさで涙が溢れてきた。
「あぁ……ああぁぁぁあああ!!! 良かった、本当に良かった……」
声が震えて、一人自室で泣く。
ズッと鼻をこするが嬉しさと安堵からくるこの涙と鼻水はしばらく止むことはなかった。
そして俺は会社にインフルエンザだと言って会社を休む連絡を入れた。
●
あれから一ヶ月、あの不可解な体験が嘘の様に元気に過ごしている。
風太の事件を調べていく中でああ言った部屋がバックルームと呼ばれる本来なら存在しない裏の世界であること、バックルームには本来終わりが存在しないことなどがわかった。
まぁ、あんな体験、2度とごめんだけどな……。
世間では、夏の暑さも程々に次の季節に向けて準備を進めている。
帰ってきて数日は自分一人が取り残されたような気持ちもあったが、会社に復帰してしばらく働いているとそんなことも感じなくなる。
自分が体験した出来事は嘘であったかのように日々目まぐるしく回っている。
風太にはまだ会いに行けていなかった。
風太が行方不明になったのが10年前ということは、今風太は16歳で当時のことをきちんと覚えているか分からなかったし、思い出したくないこともあるだろう。
本当の気持ちは風太自身に聞くべきだし、賢くそして他人を思いやれる風太がそんなこと思うような子供ではないことも分かっているがこれでよいと考えている。
何より自分があんな体験早く忘れてしまいたかった。
とある平日の朝、いつも通り時間に目覚ましが鳴り、目を覚ます。
……昨日は遅くまで仕事してたからめっちゃねみぃ。
大きくあくびをしながらベッドから起き上がり、固くなった身体をほぐしつつスーツに着替えていく。
そして昨日の残りで胃を満たすと、燃えるごみの袋片手にリュックを背負って足早に仕事先へ向かう。
それじゃぁー今日も頑張りますかね。
あんなことがあったからか、普段何気ない日常のありがたみを感じつつ男は日常を謳歌する。
夏が終わる。
世間ではお盆や学校の夏休みが終わり、台風が何個か上陸した後は、赤とんぼが夕焼け空と一緒に飛んでいる姿も見かけるようになった。
8月の時に比べると蝉の音も落ち着いてきて涼しくなってきた。
しかし、ふと世界から音がなくなった時、「縺ァァ……」という音がどこからともなく聞こえてくる。
ほらまた背後から忍び寄る影と共に呻き声のような音が小さくか細く聞こえてきた。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます!
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