困惑
「は?」
夏の陽射しが肌に刺さるある日、気づけば俺は見知らぬアーケード街で、扉を開けかけた体勢のまま突っ立っていた。
横から見たら、完全にパントマイムの真似事をしている痛い奴だ。
「……ここは、どこだよっ……!」
絞り出した声がやけに反響する。映画の中のセリフみたいだな、と思った直後、自分の置かれている状況が映画どころの話じゃないと気づいてゾッとする。
——頭が追いつかない。
●
あれは、蝉の声が一層うるさく感じる昼間のことだった。
せっかくの休日を満喫していたところ、家の中に食料がないことに絶望。
小型テレビから流れる「35度超え」の天気予報にうんざりしながら、エアコンの天国を後にして片道10分もあるコンビニへと向かった。
唯一の癒しであるエアコンを惜しみつつ、炎天下の中たっぷり30分ほどかけて買い物というミッションから帰還した俺は、最近越してきた築40年の木造アパートを見つめる。
——あー、暑ぃ。シャツがベタベタで気持ち悪いし……早くシャワーを浴びてぇ……
そう思いながら鍵を差し、ドアノブを捻る。
ギイ、と音を立てて扉が開き——その瞬間だった。
蝉の声が、ぷつりと途切れた。
そこにいたのは、俺の部屋じゃない。
見知らぬ、どこか懐かしさすら感じるアーケード街だった。
……………いやいやいや、どういうことだよ。
C級映画の冒頭でも、もう少し説明あるだろ。なんだこれ、瞬間移動? 宇宙人? 異世界転生???
自分でも突拍子のないことを考えてしまう。
「帰れるのかこれ……いやてか、明日の会社どうすんの俺……」
こんな時まで仕事の心配をする自身の社畜体質にちょっと泣けてきた。
しかし、独り言でも吐き出さないと、パニックになりそうだ。
「それにここ、どこだ……。なんか懐かしい感じもするけど、記憶にないし……てか、人いねぇ……」
ぐるりと周囲を見渡す。
そこは天井をガラスのアーチで覆われた、いわゆるアーケード街。
シャッターが閉まった店が目立つが、開いている店もいくつかある……ただし、どこも明かりがついていない。
光源は、等間隔で並ぶ街灯のみ。
全体的に薄暗く、寂れてた印象が否めない。
商店街は古すぎることも新しすぎることもないくらいの感じだけどやけにシャッターが目立つし……これもしかして開いている店を含めて誰もいないんじゃ?
奇妙な違和感はまだある。
自分が買い物から戻ったのは昼の2時頃だったはず。なのに、建っているポール型の時計は18時を示し、アーケードの天井越しに見える空はオレンジ色をしている。
十字路から伸びる通路の先には、灰色のタイルが延々と続いており、どの方向を見ても、客の姿は一人もない。そして、通路の先が見えない。まるで、どこまでも続いているように。
……イカレてる。
思考が止まる。
こういう時、もっと取り乱すかと思ったが情報量が多すぎると人間、逆に静かになるもんなんだな。そんなことを止まった頭の中でぼんやり考えていた。
どれくらいそうしていただろう。
5分? 10分? とにかく、音のない時間が過ぎる。
聞こえるのは、自分の呼吸音と街灯のジジ……という小さなノイズ音だけ。
「お、落ち着け、俺……。こういう時は深呼吸だ。まずは深呼吸……」
思考が再開した俺は、一旦問題を横に置き、大きく深呼吸をする。
二、三回呼吸を整えると、ようやく少しだけ落ち着いてくる。
いや、何も解決はしていないけど!今はここから出られそうな情報を探さないと……
そう決意した俺は、コンビニの買い物袋を持ち直し、夕焼け色に染まる、誰もいないアーケード街の中へと歩み出した。