2.氷室
氷室の前をうろつく不審な余所者と、それを撃退する子どもたちの話。
#文披31題 参加作品
Day 19 氷
構想数日、執筆30分
『『秋』テーマアンソロジー【秋彩】』刊行記念
https://esp-sorajima.booth.pm/items/4299244
*同じ村で起きる話。キャラは出ません。話も一切繋がっていません。数年後とかにWeb再録予定なので、無理して買わなくてもいずれ読めます。
蜃気楼の向こう、木の枝にくくりつけられた鮮やかな色の布がはためいている。木造の民家が数軒建ち並ぶ、村の外れ。
山からの熱風が、砂と落ち葉を巻き上げる。
「あれー?」
刺繍入りの羽織を纏った長身の男が、氷室の前で一人、のんびりと声をあげている。ぴったりと閉められた小さな石戸をガタゴトと鳴らして、どうにか押し開けようとしている。
その背後、茂みの中からこっそりと忍び寄る小さな影が複数。息を殺して目配せし合うと、小さな指で宙に紋様を描きーー近くの樹木のウロから、ぽこぽこと生まれ出た小粒の精霊たちが、男の頭上に一斉に降り注いだ。
「おわぁ」
マヌケな声を上げて、尻餅をつく男。
「氷どろぼう!」
甲高く叫んで駆け寄った子どもたちが、見知らぬ男に飛び乗って押さえ込んだ。
「お前ら! 何してる!」子どもたちの声を聞きつけて、近くの家の窓から顔を出した老人が、慌てた様子で駆け寄ってくる。つっかけ損ねた草履が地面を転がる。「客人になんてことを」
子どもたちの手が止まる。
男がうめきながら言う。「ごめんなさい。挨拶もなく、あなた方の村に」
ああそうか、と老人もうなずく。「放しなさい、下りなさい。説明しなかったのは悪かった」
ようやく解放された男は身を起こし、地面に座り込んだまま、子どもたちと目線を合わせて名を名乗った。
老人が言う。「この人は『文化の仲介者』だよ」
首をかしげる子どもたち。一人の頭の上に乗っかっていた一匹の精霊が髪に沿ってつるりと滑って、肩にぽてんと着地する。
老人が続ける。「遠い土地から遠い土地へ旅する人でな、狩りや漁の仕方、道具の使い方なんかを教えると、その代わりに、他の地域で使われている効率の良い方法や便利な道具なんかを教えてくれる」
「そんな大層なものでは。ただの旅好きです」首の後ろを掻きながら苦笑する長身の男が、服の砂を払って立ち上がり、それで、と目の前の重い石戸を小突く。「これ、氷室ですか」
岩場の一角に造られた重厚な小屋を前に、老人がうなずいた。「私が子どもの頃、長老たちが作ったんだ。魚やヤギのミルクを、加工せずにそのまま街まで売りに行けるようになった」
「あとねー、熱があるときに食べる」子どもの一人が、仲間の影に隠れながらおずおずと言い足す。
男が興味深そうな顔で氷室を見上げる。
老人が石戸に手をかける。「今年は涼しかったから氷が余る。ひとかけら要るかい」
「いいんですか」
老人の手が、戸のふちにある隠しかんぬきを抜き、戸を斜めに傾けるようにして押し開ける。
戸の隙間から流れ出る冷気に、子どもたちが機嫌良さそうな顔をする。
氷室に足を踏み入れた老人が、牛や馬ほどもある大きさの氷の塊にタガネを当て、木槌を何度か打ち付ける。
砕けたかけらのひとつを、丸い器に乗せて男に差し出した。
「ありがとうございます」
嬉しそうに受け取った男が、腰帯から引き抜いた針のようなものを氷の中央に突き立てる。紫電を散らした氷が一気にパン、と砕け散り、細かな粒が器いっぱいにふわりと広がった。
「ゆきだ!」子どもたちが歓声をあげる。
男の親指が小瓶のコルクを押しあけ、とろりとした液体を氷に回しかけ流。甘い香りが漂う。
「精霊花の蜂蜜だよ。西の高山地帯で採れるやつ」
生木から削り出した匙を差し込むと、子どもたちに差し出した。「ほれ、召し上がれ」
歓声をあげた子どもたちが、匙を奪い合い、譲り合いながらかき氷を頬張る。
その輪に入らず、丸い目を大きく開けたまま、男の手元の針を凝視する赤い頬の子どもが一人。元通り戸を閉めた老人がそれに気づいて、なぁと男に訊く。「その針は貴重なものかい。孫にくれないか。保留にしていた宿代とメシ代は、それでどうだろう」
ーー数年後。
村の青年たちが企画した真夏の雪祭りとかき氷が、新しい村の名物として多くの観光客を集めるようになるのは、また別の話。
LOG
執筆:2022/7/17
改稿:2022/11/21・23