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1.月毛の狗

不思議なつながりの公爵家の少女と根なし草の傭兵が、共同墓地に出る墓荒らしの正体を突き止める話。


#ファンタジーワンドロライ 参加作品

お題:「魔法文字」、「墓荒らし」、「祠」

構想2日、執筆2時間半オーバー


『『秋』テーマアンソロジー【秋彩】』刊行記念

https://esp-sorajima.booth.pm/items/4299244

*同じキャラ『霊獣』が出てきます。話は一切繋がっていません。数年後とかにWeb再録予定なので、無理して買わなくてもいずれ読めます。

「墓荒らし、ですか」


綺麗な銀髪の下にある細い眉が、すっと寄る。白い、ほっそりとした指先が陶器のカップを静かに置いた。銀糸のガウンを羽織った銀髪の少女の背後、アンティークの飾り棚の上に置かれた小さな竹檻の中で、異国の小動物がカリカリと餌をかじる音。


公爵家の嫡女さまが背筋を伸ばして座る椅子の対面、繊細な彫刻の施されたガラステーブルを挟んで向かい合うのは、黒い厚手の上着ーー警務省の管理官であることを示す制服ーーを一番上のボタンまでかっちりと留めている、壮年の黒ヒゲの男。肩から下がる銀糸の飾り緒エギュレット。肩口の房飾りに隠すようにして階級章と勲章が並んでいる。


「あの共同墓地に、ねぇ」男が告げた被害地のすぐ近くに貴族向けの霊園が点在しているのを思い出しながら、少女は目を細めて不思議そうに呟く。「副葬品を狙った犯行ではなさそうだけど」


「ええ。それに、特定の墓石の下というわけでもなく、広範囲にわたって、延々と掘り起こされるのです」


男がそう言って、被害現場のスケッチをテーブルに置いた。傾いた数個の墓石の横、道具を使って掘られたと思しき、いくつもの丸い穴。


「誰かの遺体を狙っているわけでもない、と」思案顔の少女が椅子の上で足を組み替え、細い顎に細い指を滑らせる。「確かに奇妙ですね」


「見張りを置いた晩には決まって現れないので、どこかから情報が漏れていようです」


少女が声を落とす。「……それで、私のところに」


「ええ。お願いできますかな」


彼女の家が所有する広大な領地の警護に長年、それこそ彼女が生まれるずっと前から携わる、親交の深い男の頼みに、銀髪の少女は薄い唇を緩めて二つ返事でうなずいた。


「お任せあれ」


彼女の手が、かたわらの書机に置かれている青い硝子筆を手に取った。インク壺にひたりと浸されたそれが、小さな繊維紙の上をさらさらと滑る。流れるようにしたためられていく記号のような異国の文字のような複雑な『何か』を、黒服の男が感心したように覗き込む。


「よし、と」少女はそれに別の紙を押し当てて乾かしたあと、半分に折って、封蝋を押し、宛名部分にも例の奇妙な記号を書き連ねてから、脇に静かに控えていた白いズボンの少年に差し出す。「伝書局まで、お願いね」


できたばかりの手紙を両手で受け取った少年は、ハキハキと返事をして、元気よく部屋の外へと駆け出していく。


それを満足そうに見送った少女は、筆を片付けながら、黒服の男に告げた。


「数日後に、また来てくれますか?」



***



「やはり公爵様の『魔法文字』は効果覿面てきめんですな」


数日後。少女の屋敷に呼び出された黒服黒ヒゲの男は、客間に通じる扉を開くなり、感心しきった声をあげた。


優雅な仕草で紅茶を楽しむいつもの銀髪の少女の対面、猫足のカウチにだらしなく寝転がっている小柄な男がいる。身じろぎするたび、ツヤのあるワイン色のレザーコートのすそが床をこする。四方に飛び散るくすんだ色の金髪。迷彩柄の上下。肘掛けに乗っかるのは、金属紐でぐるぐる巻きにして固定された水牛革のブーツのホワイトソール。


こんな風変わりな格好をして、さらにはこんなふうに公爵家の客間で傍若無人にくつろげる者は、黒服の知る限り、この国にたった一人しかいない。


「まさか『霊獣』を呼び寄せるとは」


「はは、その呼び名、ちょっとぶりだなぁ」レザーコートが上機嫌に揺れる。


彼はーー奇妙な体術と並外れた剣の腕を持つ、流れ者の傭兵だ。高額な賞金のかかった闘技会で優勝を繰り返し、いつしか熱狂的な観客たちから『霊獣』と、おとぎ話に出てくる神の使い魔の名を冠して呼ばれるようになった。他の傭兵たちと違い、どんな権力者や兵団に気に入られようとも決して長居することなく定住せず、各地を放浪していると聞く。


仕事を依頼するどころか居場所を見つけることすら難しいと言われる根なし草の旅人を、あっさりと呼び寄せた『魔法使い』は、悠々と笑って紅茶を飲み干すと椅子から立ち上がり、召使いが差し出した外套に腕を通す。「彼なら、どんな凶悪な強盗でも、もし警務省の権力者だとしても、きっちり取り押さえてくれるでしょう」


「事情は聞いた。多少は骨のあるやつだと良いんだけどな」


『霊獣』は黒服を見上げて勇ましく笑むと、腰に下げた曲刀の鞘をコンと叩いてみせる。「さて、現場に行こうか」


立ち上がった『霊獣』が公爵家の広い屋敷を出るのに、長身の少女と彼女の護衛数人、それから黒服とその部下たちがぞろぞろと追う。


ふと表情を曇らせた『霊獣』が、横に並んだ少女にだけ聞こえるように、こそっと耳打ち。「あのさ公爵サマ。いい加減にそれ、『魔法文字』って言うのやめたら?」


小柄な男とほぼ同じ身長の少女が、すぐ目の前にある困惑気味の瞳をまっすぐ見返し、肩を揺らしていたずらっぽく笑う。「いいじゃないですか、ここっぽくて・・・・・・


「ただの暗号、とかなんとか、そういうのでいいじゃねーか」


「『三世』の私はともかくーー馬鹿正直に神聖さを省くことでいらぬ嫌疑をかけられて困るのは、貴方たちのほうだと思いますけど」


「……まぁ、何でもいいや。喜んで協力するよ、同類・・」呆れ顔の『霊獣』が肩をすくめる。


身を寄せて額がくっつかんばかりに顔を近づけて内緒話にいそしむ、全く立場の異なる二人の後頭部を見、黒服がぽつりと尋ねる。「お二人はいつ面識が?」


「初対面ですよ」


「え?」


彼らの前に4頭建ての馬車が止まる。


御者が開いた扉に『霊獣』がするりと乗り込み、車内にあった踏み台をぽいと放り出す。それを慌ててキャッチした公爵家の召使いが足元に置き、礼を言った少女がそれを踏んで車内に入って『霊獣』の隣に座る。彼らの対面に黒服と護衛が座って、すぐに馬車が動き出す。


流れる車窓。揺れる車内。車輪の音。


ブーツの金属紐をきつく括り直していた『霊獣』が、ふと隣に目を向ける。「そんなカッコで墓場に行くのか公爵サマ、泥だらけになるぞ」


長い銀髪を象嵌のヘアカフスで一つに束ね、白い外套を羽織るその下は真っ白なシャツに、センタープレスの入ったウグイス色のスラックス。膝下を覆う真鍮色の金属脚絆の下から覗く細身の金属靴。


言われるまま自分の格好を見下ろした少女は、対面に座る護衛の青年と、ねぇ、と目配せをしあってから困り顔で答える。「ワードローブにある全着の中から一番安い服を用意させたんだけど」


「ああそ」呆れ顔の『霊獣』がそっぽを向いた。


ガタゴトと規則的な車輪の音。




「ここんとこ墓荒らしが出るっていうから、墓参りが済んだらすぐに帰りなさいよ」


馬車の停まる音と近づいてきた複数の足音に、柵を直していた法衣の男が額の汗を拭いながら振り返った。


「我々、その件を調べに来たんです」


笑顔で答えた銀髪の少女が誰であるかに気づいて、法衣の男は慌てて頭を下げる。


墓守はかもりの人かな?」と『霊獣』。


「いいや、共同墓地に墓守はいないよ」法衣の男はノコギリを足元に置いて、指紋の擦り切れた親指で後方を示した。「あっちだ。宮司をしている」


大小さまざまな墓標が点在する草原の向こう、緑鮮やかな針葉樹の隙間に建つ、白岩造りの小さな祠が見える。


納得いったようにうなずく者たちの中、『霊獣』だけがのんびりと首をかしげて「あれも墓?」と隣の少女に問う。


銀髪の少女が答える前、法衣の男が怪訝そうな顔をする。「英雄をご存知ない?」


「3年以上前のことは知らないよ」小さく返して、栗色の瞳がそっぽを向く。


見るからに変わり者の男の風貌を前に、法衣の男はそれ以上深く追及することもなく、そう、とだけ返した。


「そうか、あれからもう、10年も経つのか」


そうつぶやいた銀髪の少女が目を細め、祠の前で揺れる幾何学模様の旗飾りを見つめる。


少し離れたところで落ち葉を掃いていた白い法衣の神職見習いたちが、銀髪の少女の、整った横顔と人目をひく容姿に見とれて、仕事の手を止めた。


「え、神話とか伝承とかじゃなくて?」『霊獣』が鼻の付け根にシワを寄せて意外そうに言う。「そんな最近の話なの」


それをなんで知らないのか、と言いたげな目で、不思議そうに見やる宮司。


「そう。ーーあのね、」墓石の間を吹き抜ける湿った風に銀髪を揺らして、少女は遠くの緑に目を向ける。「10年前まで、この地には一人の巨人がおりました」


「ああ、それは聞いたことある」と『霊獣』。


「無秩序に住居や農地を踏み荒らし人を踏み殺すその巨人を討伐するべく、人々は数十年もの間、戦いを続けてきました」


ーーいわく、10年前のある日、最強と言われた魔法遣いが、当時はただの広い草原だったこの地で巨人と対峙し、禁術とされる滅びの大魔法を放った、と。


ーーその魔法と、巨人が放った防御魔法とが強く反発して、あたり一帯は一瞬で焼け野原になった。


ーー結果、巨人と魔法遣いの身体は、跡形もないほど粉々になって消えた。


ーー平穏を手に入れた民衆たちは、彼の功績を讃え犠牲を嘆き、英雄と呼んで語り継ぐことを決めた。


ーーそして、この場所に、彼を祀る祠を建て、残る広大な更地は、国の管理地として共同墓地になった。


「なるほど」話を聞き終えた『霊獣』が腕を組んで、空を見上げる。「ここは巨人と英雄の墓でもあるってわけね」


「そういうこと」


少女にだけ聞こえる音量でぼそりとつぶやく『霊獣』の声。「……なんか急にファンタジーめいてきたなぁ」


「いかにも、でしょう?」と嬉しそうな顔の少女。


「そういうのは特に望んでない」と『霊獣』。


「何か?」と怪訝そうな宮司。


「いいえ、何でも。墓荒らしの現場はあっちですか?」さくさくと草を踏みしめ、少女が先に小道を歩いていく。


半円型や円筒型の墓標、屋根付きの四角い墓石。小屋型の墓や、小さな石室ーーさまざまな形状の墓標が整然と並ぶ。

墓前に供えられた、枯れかけの黄色い切り花が風に揺れる。


小道の両脇に等間隔に植えられている若木にも、小さな花が供えられている。首をかしげる『霊獣』に、宮司の説明。「これも墓だよ。樹木葬と言ってね」


「なるほどねぇ」


「ありました、これですね」


少女が指さすところに歩み寄った『霊獣』はレザーコートの裾を払って、落ち葉の上に片膝をついた。掘り起こされた穴を覗き込んで、すぐに言う。「これはあれだな、牙狗きばいぬだよ」


少女が眉を寄せる。「随分と綺麗な穴ですが」


「知らないと、ヒトが掘った穴に見えるよな。ほら、そこに爪の形が残ってる」


熱心に穴を観察し始める黒服の男とその部下たちに場所を譲って、ひょいと立ち上がった『霊獣』が周囲を見回し、こともなげに告げる。「うん。足跡は一頭。牙狗なら問題ない、何匹か仕留めたことがある」


「……最強の猟獣、と聞いたことがあるんですけど」


少女のツッコミを無視して、『霊獣』が続ける。


「牙狗は嗅覚が鋭敏だから、見張りを置いた晩に出てこないことも説明がつく。群れからはぐれた仲間を、山を越えて見つけたりもすると聞いた。けどなぁ、かなり賢い獣のはず。こんなふうに無意味に、人の匂いが染み付いた土をそこらじゅう掘り返すようなバカじゃないはずなんだよな」


困り顔の『霊獣』が皆に尋ねる。


「俺は聞いたことないんだけど……このあたりの牙狗は、人肉を食べるのか?」


嫌そうな顔をする少女のとなり、黒服の男が「この地を警護して長いですが、そういった被害は今までに聞いたことがありませんね」と否定する。


「牙狗は飼い主に忠実だから……飼い主が命じた、というのはどうかな」宮司が言う。「そういえば、アイツーー『英雄』も一頭飼っていたよ」


少女の目が好奇に輝く。「『英雄』とお知り合いで?」


宮司が深くうなずく。「親友でした」


「その、『英雄』の飼い狗の行方は?」と『霊獣』。


さぁ、と宮司がつぶやく。「いつも一緒に戦っていたから、てっきり決戦のときに一緒に亡くなったのだとーーでも、もしそうなら、見ればわかるよ。牙狗の体毛の色は個体差があるから」


よし、と『霊獣』が笑みを浮かべて手を叩く。「そういうことなら決まりだな。駆除じゃなくて捕獲だ。警務省のおっさんたち、丈夫な鉄の檻をいくつか用意してくれ。それからーー」


少女が不安そうな顔を向ける。「可能ですか?」


「あいにく、こっち来てから手こずったの、火竜だけなんだよなぁ」少し離れたところにある崖を見上げながら、上機嫌の『霊獣』が鼻歌混じりに言う。「ああ、懐かしいな。近所の裏山からしょっちゅうイノシシやらサルやら鹿やらが下りてきててさ。授業ほっぽり出して猟友会と青年団と俺らとで猪追ししおいしてたよ。消防に表彰されたりもしたし」


黒服の男が目を白黒させる。「……いったい彼はなんと言ってます?」


「遠い国の生まれでね」銀髪の少女がひらひらと手を振る。「害獣駆除をやったことがあるって意味です」





山の向こうに夕日が沈む。

静まり返った薄暗い墓地の、あちこちに鉄製の檻が置かれている。


そこへ、何かの影がひとつ、横切った。


身体をくねらせてしなやかに着地する。艶やかな毛並みが月明かりを反射する。


不意にーー頭部にピンと立った耳が、左右に動く。


近くの茂みから、白鹿の毛皮をまとった小柄な人影が、目にも止まらぬ速さで飛び出した。


驚きに身をひねった獣の脇腹に、一本の矢が突き立った。低く咆哮を上げて駆け出した獣が、直後、急に力を抜いて、地面に倒れ込んだ。周囲の茂みや墓標の裏に隠れていた黒服の部下たちが、縄を手に駆け寄る。


「生きたまま保護するって……!」少し離れた崖の上から目を凝らしてその様子を見ていた宮司が血相を変えて叫ぶのに、


「ご心配なさらず。あれは麻酔ーー『霊獣』お手製の、そうですね、言うなれば即効性の睡眠薬です」

隣に座る銀髪の少女が短く言って、立ち上がろうとしてーー


夜の空気を震わせて、大きく響く、狗の咆哮。


「下がれ!!」『霊獣』の鋭い声が飛んだ。


黒服たちの戸惑う声。驚く声。彼らの間から、眠ったかと思われた狗が飛び出した。


腰に下げていた曲刀を鞘のまま引き抜いた『霊獣』が、身を低くして駆け寄り、一閃。どう、と鈍い衝撃音。双方のうめき声。


数歩下がって間合いをとる『霊獣』。それと入れ替わるように、黒い外套をまとった数人が、近くに配置していた重い鉄檻を押して狗に近づける。


使い込まれた水牛革のブーツが、地面を滑る。獣のように身を低くした『霊獣』が、薄く息を吐きながら、鉄の筒を通した左腕を誘うように揺らす。


鋭い牙の隙間から低く唸った獣の、両の前脚が、軽い音を立てて地を蹴った。


ガチン、と金属がぶつかりあう、耳障りな音。


『霊獣』の左腕に狗が噛み付きーーそのまま身体を反転させた『霊獣』が、狗を引きずるようにして檻に放り込んで叫ぶ。


「下ろせ!」


檻の脇に待機していた黒服の一人が強く紐を引く。


派手な音を立てて檻の鉄扉が降りた。間一髪、そこへ内側から牙がガチンとぶつかる。


『霊獣』が口角を上げ、黒服たちが歓喜の声をあげる。


「怪我は?!」息を切らして宮司が駆けてくる。


「ないよ」全員の無事を確認した『霊獣』が答える。


周囲一帯に漂う、木の皮を煮詰めて作った臭い消しの薬液の匂いに顔をしかめてから、宮司は、檻の中でウロウロしている月毛の牙狗を見た。「ノキだ」


「ノキ?」鉄の筒をぽいと放り投げた『霊獣』が、剣の鞘を固定していた金属紐を外し、それで檻の扉を固定していく。


遅れて現れた銀髪の少女が怪訝な顔をした。「さっき、英雄の狗はウェルテって名前って」


「ああ、この子はーーウェルテのつがいです」檻の前にしゃがみ込んだ宮司が、牙狗の牙に挟まっている白い石の欠片のようなものに気づく。「……それは、もしかして、ウェルテの骨?」


少女が納得いったようにうなずいた。「牙狗は、生涯に一匹だけのつがいを選んで、その匂いをたどってどこまでも追いかけ回すって聞いたことがある」


「しかし、なんで今になって?」と宮司。


「野生の牙狗は季節に合わせて移動する。数年かけて大陸を渡るというから、そのせいじゃないのか」曲刀を腰に収めた『霊獣』が興味なさそうに言う。


すっかり落ち着いて檻の隅に座り込んだ狗を見つめながら、宮司がぽつりと言った。「きちんとしつけられたらーー俺が飼っても良いでしょうか」


後片付けの手配をしていた銀髪の少女が振り返って、もちろんと笑顔で首肯した。



***



あたたかな日差しの差し込む豪華な客間。四連のカフスボタンのついた絹の袖が、滑らかな所作でティーカップを持ち上げる。優雅な仕草で紅茶を味わいながら、銀髪の少女が言う。


「貴方が喜びそうなもの、そこに積んでおきました。好きに持っていってください」


『霊獣』の前には、木箱いっぱいに詰められた、刀剣や槍や弓矢や盾、丈夫そうな革の外套、真新しいブーツ。


「こんなにいいのか?」


「持てるだけどうぞ。献上品でまたすぐわんさか入ってきますので」


木箱をあさりながら男の舌打ち。「金持ちめ……」


少女が目を細めて笑う。「今からでも、私のおじいさまのように玉の輿を狙ってはどうでしょう。紹介しましょうか?」


「嫌だよ。規律だのなんだのに縛られなくても、腕一本で食ってける世界にせっかく来たってのに」木箱に頭を突っ込まんばかりに報酬を吟味している男が言う。「なぁ、やっぱ銃はない?」


銀髪の下の碧い瞳が、よく日に焼けた男の横顔を見る。「扱えるんですか?」


「当然。じいさんは使えなかったのか?」


「ええ。FPSなら、世界ランクとか載ってたらしいですけど」


口の端をあげて「くっそ懐かしい」と笑う『霊獣』。


「この世界、おおむね大当たりだが、タバコと銃がないのだけはちょっとなぁ」くたびれたブーツを脱ぎ捨てて木箱の中にあった靴に履き替え、外套を重ね着し、曲刀の横に短剣を差し込んだ『霊獣』がそうぼやいて立ち上がる。「さて、それじゃあそろそろ。同類・・たちによろしくな。また何かあったら呼んでくれ」


カップを置いた少女が見送りのために立ち上がり、かたわらの書机を指さす。


「農村の同類・・たちに、タバコに似た作物が作れないか聞いておきますね」


書きかけの魔法文字がしたためられた手紙ーーもとい、異世界言語えいごで書かれた手紙が置かれているのを、二人の目が同時に見つめ。


「ぜひ頼む」


異世界転移者三世の少女と、元軍人の転移者はーー異世界の片隅で、ひっそりと微笑みあった。

作業BGM:SUPER BEAVER(執筆)、go!go!vanillas(執筆)、BURNOUT SYNDROMES(改稿)


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