妖説 藪の中④ よしなしごと部の長い放課後(後編)
《舞台》
某県某所の某高校の教室の一室。
《登場人物》
白鳥白花━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ロングヘアー。通称“白ちゃん”、“シロ”。
大黒屋黒子━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ショートヘアー。通称“黒ちゃん”、“クロ”。
緑園寺緑━━18才の女子高生(3年生)。細身長身。ロングヘアーだが、ややウェーブがかった天然パーマ。通称“緑ちゃん”。“ミドリ”
黄瀬川黄衣━━17才の女子高生(2年生)。中肉長身。ロングヘアーだが茶髪。通称“黄衣ちゃん”、“キイ”。
青竜院青美━━16才の女子高生(1年生)。小柄。おさげ。通称“青ちゃん”、“アオ”。
この“よしなしごと部”というのが何をする部なのかはわからないが、暇な生徒が暇な時間に、部室に来て他の暇な生徒と“よしなしごと”を語り合ったり行ったりする部なのである。
某月某日のある日、“よしなしごと部”でのこと。
□□□
「ねえ、クロ」白鳥白花は大黒屋黒子に話しかけた。
「何? シロ」
「うち、甘い物が食べたい」
「は?」
「いや、何か頭使うと糖分が欲しくなるんだよね」
「デスノートのLみたいなこと言い出したね」と黄瀬川黄衣が言った。
「Lって、結構お菓子食べてんのに太らないみたいで羨ましいわ」と白花。
「そりゃ、体質とかもあるだろうけど、テニスとかやってるしね」黄衣が答えた。
「「うーん」」
「それなら、ブラックサンダーいくつかあるから、あげようか?」と黄衣。
「マジで? ちょうだい」白花。
「あ、ついでにうちにも」黒子。
「はいはい。緑園寺先輩とアオもいる?」と黄衣は緑園寺緑と青龍院青美に言った。
「あ、いいんですか? いただきます」と青美。
「それじゃ、私もお言葉に甘えようかな」と緑。
一同は皆口々に黄衣に軽く礼を言った。
「キイって、お菓子を常備してるって、飴ちゃんを常備している大阪のオバチャンみたいだね」と白花。
「卒業したら、ヒョウ柄の服来たりして」と黒子。
「着ないし、あんたらうちにもらったチョコ食べてる口でよくそんなこと言えんね」と軽くため息をつきながら黄衣が言った。
「それで、さっきの話の続きを聞かせてもらえますか?」青美。
「そうそう。次は『清水寺に来れる女の懺悔』について考えてみる。女のキャラ設定としては名前は“真砂”。年齢は十九歳。性格は勝ち気。これは真砂の母親である媼が証言しているんで、まあ間違いないでしょ。ウィキペディアには『手中の小刀を使って夫を殺した。自分も後を追うつもりだったが死にきれずに寺に駆け込んだ』とある」白花。
「うん」黒子。
「そんで昨日うちが読んでてアレ? ってなったんがこの“真砂”の証言なんよ」
「どっかおかしい?」
「みんなも自分のスマホで読んでみて、少しおかしな描写がない?」
「うーん。わからないね」
「ホラ、ここ。真砂が夫、金沢武弘を殺す前に『その眼の色に打たれたように、我知らず何か叫んだぎり、とうとう気を失ってしまいました』となって、殺した後に『わたしはまたこの時も、気を失ってしまったのでしょう。やっとあたりを見まわした時には、夫はもう縛られたまま、とうに息が絶えていました』となってて、この人二回気絶してるんだよね」
「それが、どうしたん?」
「つまり、この真砂の気絶は本当は二回じゃなくて、一回だったんじゃないかな? って思うわけよ」
「うーん」
「そんでその一回の気絶をしている中で“夫を殺した夢を見てた”んじゃないかとも考えられる」
「気絶している最中に夢って見るものなんでしょうか?」
「状況次第っしょ」白花。
「そうだねー」黒子。
「そう言えば『柔道部物語』って漫画の中であるキャラが絞め落とされてたときに夢を見てたってシーンがあったわ」黄衣が言った。
「うん。そんで真砂はその夢を現実の物と思ってしまってるんじゃないかなって」
「うちもさすがにそこまで、詳しくは知らんけど“解離性症状”みたいな? その原因として精神的に強いストレスが加えられたときに起こったり」
「そうだね。確か平安時代の平均寿命は四十歳くらい。真砂は十九歳だから、現代の精神年齢とはどの程度違うかはわかんないけど、まだ若い女性がこんなヒドい状況下に置かれたらそういう精神状態になることもありうるっしょ」
「うーん」
「そんでここでまた、エリザベス・ロフタス先生の登場。さっきクロが言ったようにロフタス先生の主張は『人間の記憶とは見たものをそのまま留めているのではなく、思い出す時にあとから加わった情報などが加味されて再構成される』というもの、だから真砂の証言自体が疑わしいってこと。現代で証人喚問されたら、精神鑑定が行われるんじゃないかな」
「でも、何で真砂はそんな夢を見たんでしょう?」
「うーん。媼の証言によれば、金沢の武弘は気立ての優しい男。真砂は勝気な美女。この二人の性格の違いによって夫婦間に何らかの何とも言えないような関係性があったんじゃないかなとか。まあ、この辺はいくらでも都合よく解釈ができるから必要以上に言及することはできないね。どうしても夢の意味を知ろうとするなら丁度都合よく死霊を呼び出すことができる巫女がいるからフロイト先生の霊でも呼び出してもらえばいいんじゃないかな」
「フロイト先生は平安時代には産まれてないでしょ」
「だって、死霊を呼び出すなんてトンでもないことができるなら、時空を超えて誰かを呼び出すくらい、余裕っしょ」
「そうかもね」
「そんで、昨日の帰り際、うちが緑園寺パイセンに夢の内容を聞いたじゃん?」
「うん」
「そしたらパイセンは、ソファーで眠っていたはずなのに、夢の中では、うちらと一緒に机の回りで話をしていたと答えたじゃん。実際にはうちらはパイセン抜きで話をしていたんだけど。これは外部からの刺激が何らかの形で夢のストーリーに干渉しうるってことをちょっと再確認したんだよね」
「あー。あれはそういうことだったんですか」
「そんなわけで二人の証言の信憑性は低いと言える、そうすると残ったのは? って話になる」
「なるほどねー。確かに正木博士風だわ」
「それで次は盗人、多襄丸の証言。これまで話した侍、金沢の武弘。その妻、真砂らに比べて単純に文章量が多くて、前の二人と違って殺人にいたるまでの経緯を語ってるんだよね。それだけに具体性がましてるような気がする」
「そんじゃ。シロは多襄丸が犯人だって言うの?」
「まあ、その可能性が高いってだけの話なんだけどね。多襄丸の証言によって金沢の武弘のキャラクター像も他に浮き彫りになるし、それでさっき言った金沢の武弘と真砂の関係性についてもいくつか補強できるし」
━━キーンコーン。カーンコーン。
「あ、下校のチャイムが鳴った」白花。
「そんじゃ、帰りましょうかね」黒子。
「ねえ、ちょっといい?」帰ろうとする一同に緑が不意に声をかけた。
「何?」白花。
「どしたのパイセン」黒子。
「さっき白は容疑者を事件の当事者三人のうちから選ぶって前提を出したけど、もしも四人目がいたとしたらどう?」
「え?」
「は? 誰?」
「『藪の中』は登場人物全員が二人称で語ってるけど、それを聞いているのは誰?」
「それは……、検非違使?」白花。
「そうだよね。ロフタスの心理実験の話が出たけど、1973年、アメリカである男性警官の射殺事件の法廷であったことをクロなら知ってるんじゃない?」
「あっ」
「なにそれ、どういうこと?」
「この事件では17人もの人が目撃者として証言したんだけど、最後の最後にこの容疑者の男性は現場にすらいなかったことが証明されて、話題になったことがあるんだよ」
「それで?」
「だけど、この17人は最初から虚偽の証言をしていたわけじゃなくて、誘導尋問を含む調査が繰り返されたことで、どんどん記憶が塗り替えされてしまって、自分でも『その場面を見た』と思い込むようになってしまったんだ」
「つまり、検非違使にとっては犯人は誰でも良くて、適当に犯人を作り出して事件を処理することが目的だったんだけど、目論見が上手く行き過ぎて、結果三人の矛盾する容疑者が出てくるっていう困った状況になった可能性もあるんじゃないかな」と緑が言った。
「それじゃ、真犯人は誰なの?」と白花。
「さあ、ね。あくまでも可能性の話ってだけ」と緑。
「あー、モヤモヤする」白花。
「うちも」黒子。
「だねー」黄衣。
「結局、話が出発点に戻りましたね。真相は『藪の中』ですね」青美。
「それじゃあ、本格的に帰りましょう。私は一応生徒会役員だから、下校時間後に生徒が残っているのは、あんまり黙認できないわ」緑は軽く微笑みながらそう言った。