妖説 藪の中③ よしなしごと部の長い放課後(前編)
《舞台》
某県某所の某高校の教室の一室。
《登場人物》
白鳥白花━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ロングヘアー。通称“白ちゃん”、“シロ”。
大黒屋黒子━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ショートヘアー。通称“黒ちゃん”、“クロ”。
緑園寺緑━━18才の女子高生(3年生)。細身長身。ロングヘアーだが、ややウェーブがかった天然パーマ。通称“緑ちゃん”。“ミドリ”
黄瀬川黄衣━━17才の女子高生(2年生)。中肉長身。ロングヘアーだが茶髪。通称“黄衣ちゃん”、“キイ”。
青竜院青美━━16才の女子高生(1年生)。小柄。おさげ。通称“青ちゃん”、“アオ”。
この“よしなしごと部”というのが何をする部なのかはわからないが、暇な生徒が暇な時間に、部室に来て他の暇な生徒と“よしなしごと”を語り合ったり行ったりする部なのである。
某月某日のある日、“よしなしごと部”でのこと。
□□□
「あ、黒先輩こんにちは」
青竜院青美は部室に入ってきた大黒屋黒子に挨拶をした。
「こんにちは。青ちゃん、早いね」
「何だか昨日の白先輩の話が気になって急いで来ちゃいました」
「と言っても、今日は白ちゃん掃除当番みたいだから少し遅くなるみたいだよ」
「そうなんですか」
「こんちゃーす」そう言いながら今度は黄瀬川黄衣が部室に入ってきた。
「黄衣先輩、こんにちは」
「黄衣も来たんだ」
「昨日、シロが『藪の中』読んどけって言ってたから、一応読んでみたからどうなんのか気になってね」
「こんにちはー」そう言いながら緑園寺緑が部室に入ってきた。
「あれま、今度は緑ちゃんか。今日は眠くなさそうだね」黒子が緑に声をかけた。
「うん。昨日はよく寝たし、今日は生徒会の仕事もないから平気」
「と、なると最後は白ちゃんだけか」
「あの子、昨日は思わせ振りなこと言ってたけど引っ込みがつかなくなってバックレたんじゃないだろね」
「えー、白先輩に限ってそんなことしないでしょう」
「わかんないよー。この子ら何考えてんのかイマイチわかんないとこがあるかんねー」
「なんで、そこで私の方を見る。今の話は白ちゃんのことでしょ」
「いや。あんたも充分わけわかんないところあるからね」
「遅くなってごめん。今日掃除当番でさ」といいながら白鳥白花が部室に入ってきた。
「お、噂してればタイミングよく来た」と黒子。
「噂って何? わかったみんなで私の悪口言ってたんでしょ。これだから女子の集まりは怖いわー」
「はいはい。地雷系みたいなこと言ってふざけてないで、さっさっと座りなよ」黄衣が白花に言った。
「それじゃ、お言葉に甘えて座りましょかね」そう言って白鳥白花はいつもの定位置の椅子に座った。
「ねえ、黒ちゃん」
「何、白ちゃん」
「ビートルズって伝説バンドがあったでしょ」
「あったねー。」
「それでさっき、いない人の悪口で盛り上がってたみたいな話をしたじゃん」
「したねー」
「それで、ビートルズのメンバーって解散間近のときに全員が自分以外のメンバーは全員親友同士で、自分だけが疎外感をかんじてたって話があるんらしいんだよ」
「ふーん。人間間のコミュニケーションって難しいね」
「あの先輩たち。その話と昨日の話って何か関係があるんですか?」
「いや、あんま関係ないけど。まあ、人間っていうのは他人と直接対面して話していても、実際は自分の中で作り出した他人の虚像と話をしているってことがあるじゃんってこと」
「はあ、それで早速で悪いんですけど昨日の『藪の中』の話について聞きたいんですけど」
「何? アオはそんなに気になるわけ?」と黄衣。
「はい」
「それじゃあシロの眼を見つめながら『私、気になります!』って言ってみて」
「え、あ、はあ。『私、気になります!』」
「いや、青ちゃん。面と向かってそんなこと言われると恥ずかしいよ」
「ほら。シロも眼をそらさないで、アオももっと顔をちかづけて」
「いやいやいやいやいやいや、無理だって。恥ずかしいってば」
「キイもあんまり調子にのって無理言わない。この子たちが本気で怒ったら怖いのはしってるでしょ」と緑が黄衣を軽くたしなめた。
「それもそうだね。アオもう眼をそらしていいよ」
「はい。でも今の何だったんですか?」
「『氷菓』ってアニメのヒロインの決め台詞だよ。キイは腐も百合もいけるから、気をつけないとね」と黒子。
「そんなんじゃないし」
「まあ、いいや。とりあえず今日の私はデータベースってことで答えはなしってことにするわ」
「それで、シロが昨日気がついたことを教えて」
「うん。それじやまずみんなスマホをだして“青空文庫”の『藪の中』のページを開いて」白花がそう言うと全員スマホを取り出して白花の言うとおりにした。
「みんな昨日『藪の中』を読んだから知ってると思うけど物語の舞台は平安時代。そんで作品が発表されたのが1922年。ここでうちらの立場をハッキリさせておくと、読者としてのうちらは21世紀の人間。そんで昨日クロがいってた通り芥川龍之介は自分で『私には芸術がわからないんです』と言ってたことを言葉通り受け取ると、凡人のうちらには余計に芸術なんてわかるはずがない。そんなわけでこの話の解釈を芸術的、文学的な面からではなく、単純に推理小説的に解釈することにする。文学的な解答なら最初から“答えはない”っていう解答があるからね」
「今日のシロは探偵役ってことだ」
「確か昨日キイと話してて『理屈と膏薬はなんにでもくっつく』って言ったけど。正木博士とゴーダン・クロス並の理屈をくっつけてみようと思うんだよね。ただしうちの理屈の粘着力は弱すぎるからすぐ剥がれると思うけど。『籔の中』問題は今までにも証言の食い違いやアリバイなどを検証して色んな解答が出されているけど、私は別のアプローチで攻めてみる」
「正木博士とゴーダン・クロスってまた頼りないね」
「誰ですか? その人たち」
「正木博士は『ドグラ・マグラ』って小説の探偵役、ゴーダン・クロスは『火刑法廷』っていう小説の探偵役。どっちも名探偵とは言いがたいね」
「この話の容疑者三人のうち誰が嘘をいってるか、誰が間違ったことをいっているかじゃなくて、全員が真実を語っているってことにする」と白花が言った。
「そんで、とりあすえず『藪の中』内での犯人と思われる容疑者は盗人、多襄丸。清水寺に来れる女、真砂。巫女の口を借りたる死霊、若狭の国府の侍金沢武弘。この三人のうちの誰かってことでいいよね」白花。
「まあ、そうだろね。他に四人目が出てきたら話が全然違ってくるし」黒子。
「『犯人はこの中にいる』ってやつか」黄衣。
「そんで、一人づつの証言を検証してみることにして、まず巫女の口を借りたる死霊、若狭の国府の侍金沢武弘から」
「あれ、『藪の中』では最初の証言者は盗人多襄丸ですけど」
「うーん。そこら辺の理屈は我ながら苦しくて最初にとっとっと片付けちゃいたいんだよねー」
「はい。わかりました」
「例えばさ、現代の殺人事件の裁判で証人として霊媒師が召集されて死者の霊を呼び出して、その証言を採用する裁判官がいると思う?」
「まあ、ないね」と黒子。
「『我らが探偵局は、いつだってしっかりと地に足をつけていなけりゃならない。この世界だけだって、ぼくらには十分大きなものなんだ。幽霊にかまっている余裕はないよ』ったこと」
「今度はシャーロック・ホームズ先生のお出ましか。シロ今のセリフ昨日家で練習してきたでしょ」
「あ。バレた? なんか恥ずかし」
「とは言っても作者のコナン・ドイルは後年、心霊術にハマってたけどね」
「宗教についてなんか、大きなことなんかは言わないけど、宗教者とそうでない人との違いって死後の世界を信じる人と信じない人の違いだとも思うんだよね」
「それはちょっと強引かな?」
「まあ、自分でも苦しいとは思ってるけどね。そんでこの物語中の金沢武弘は自分の口で語ってるんじゃなくて、宗教者である巫女の口を借りて語ってるんだよね。さっきも言ったけど今は平安時代でも1922年でもない。この巫女の話の話は信憑性に欠けるし、本格推理小説としてこの話を読むなら推理の材料としては問題にならない。あくまでも推理小説的に考えてこの証人はあてにならない」
「うーん」
「ここで、この巫女の人物像を考えてみる。公の裁きの場に呼ばれるということは、それなりに権威のある人物だと思う。そうなると当然信者もそれなりにいたんじゃないかな」
「うん」
「この事件は信者たちの宗教団体的なコミュニティの中でも、噂になっててその話を聞いた巫女が自分の中で話を総合的に判断して、話をつくりあげたんじゃないかな」
「そんなことあります?」
「アオ。ロフタスの偽記憶実験って知ってる?」
「何ですかそれ? 知りません」
「うちも知らんし」
「そんじゃ、今回はデータベース役のクロお願い」
「えーと。エリザベス・ロフタスは1990年代に活躍したアメリカの女性心理学者だね。ロフタスは『人間の記憶とは見たものをそのまま留めているのではなく、思い出す時にあとから加わった情報などが加味されて再構成される』と主張したんだよね」
「そうなんですか?」
「1990年代初頭のアメリカでは、虐待の記憶を思い出した子供が親を告発する案件が多発していて、その結果、多くの親が虐待の証拠がないにも関わらず、子供の証言だけで有罪となってたのよ」
「証言だけでですか?」
「まあ、児童虐待っていうのは、許されないことだし裁判は心情的に被害者有利に進められてたんじゃないかな。それに陪審員とかの心情もそうだったろうし、弁護士の腕前も関係あるんじゃないかな」
「はい。まあそうですね。私もそんな風に思うかもです」
「そんな状況をヤバいと思ったロフタスはある実験を行った」
「どんなのですか?」
「まず被験者の家族から幼少期の思い出話を聞き出したから、その内容に加えて、『ショッピングモールで迷子になった』などの嘘の思い出話を含め書き記した小冊子を『思い出に覚えがなければ修正するよう』に指示して、被験者に手渡したの」
「それでどうなったんですか?」
「結果は、なんとそのうち25パーセントが、架空の思い出話を真実だと思い込んたの。しかも、そこに記されていない迷子になったときの様子や、行ったことのないショッピングモールの構造を事細かに話したりしたんだ。無意識的に捏造したんだよ」
「へー」
「また、100人の学生に自動車事故の映像を観てもらって、その後、内容について質問する。一例として、あるグループには『壊れたヘッドライトを見ましたか?』と、それが別のグループには『“その”壊れたヘッドライトを見ましたか?』 とそれが最初から存在するという前提に変えて誘導尋問したのよ」
「はい」
「すると前者で見たと答えた割合が7パーセントだったのに対して、“その”とついた質問をされたほうは、なんと15パーセントに跳ね上がったんだ。実際にないものでも、それがあった前提で質問されたため、簡単に記憶が書き換えられてしまったんだ。この実験は大きな反響となって記憶頼りの裁判は行われなくなって、客観的証拠のない告発は却下されるようになったんだってさ」
「それは、良かったですね。やっぱり客観的証拠って大事ですよね」
「そう言えば、金曜ロードショーでよくジブリ映画が流されるじゃん」
「キイ。それは今の話に関係あるの?」
「多分ね。今のクロの話を聞いて思い出した」
「何?」
「『天空の城ラピュタ』ってあんじゃん」
「「うん」」
「そんで都市伝説で、ラピュタの映画が終わったあとに主人公のパズーとヒロインのシータが、シータの故郷で再会するみたいなシーンが一度だけ放映されたってのがあんのよ。もちろん公式もテレビ局も否定してるけど」
「なるほどね。それもロフタスの偽記憶実験の結果と関係ありそうだね」
「ジブリと言えばさ、クロ」
「何? シロ」
「うちがジブリのこと言い出したけど、あんたら話が飛びそうになってるよ」
「あ、そっか。つまりこの巫女は意図的にか無意識的かわからないけど、話を作り上げて証言してると考えられるのよ。その上、宗教的トランス状態? とかで自分の話を真実だと自己暗示かけて、プラス職業的な説得力のある言葉で語れば悪意のない偽証者の出来上がりってわけ」
「そう言えば、信仰宗教の教祖の元のプロフィールが某有名企業とかのトップセールスマンだったって人多いらしいね」
「やっぱり人の心に入り込んだり、何となく説得力のある事言えたりするんだろうね」
「シロの言ってることは、確かに正木博士みたいだわ。アオ、さっきアオは客観的証拠は大事って言ってたけど、この調子じゃ、それも期待できないかもね」
「はあ」
「要するにシロはこの世に幽霊なんていない。だから巫女の証言は却下するってことを長々と話してたわけだ」
「まあ、そうなるね。ま、『子。怪力乱神を語らず』ってことで」
「『理屈と膏薬はなんにでもくっつく』って言ったけど確かに大した屁理屈と粘着力の弱い膏薬だわ。ま、いいけど」
「そんなわけで」
「この辺で」
「「「「………………」」」」
「あれ?」白花。
「下校のチャイムが鳴らない」黒子。
「いつもなら、ここら辺で鳴るはずなんですけどね」青美。
「おかしいな」黄衣。
「まあ、いいじゃない今日はもう少し話をつづけましょ」そういうと緑は軽く微笑んだ。
《つづく》