妖説 藪の中①
《舞台》
某県某所の某高校の教室の一室。
《登場人物》
白鳥白花━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ロングヘアー。通称“白ちゃん”、“シロ”。
大黒屋黒子━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ショートヘアー。通称“黒ちゃん”、“クロ”。
黄瀬川黄衣━━17才の女子高生(2年生)。中肉長身。ロングヘアーだが茶髪。通称“黄衣ちゃん”、“キイ”。
青竜院青美━━16才の女子高生(1年生)。小柄。おさげ。通称“青ちゃん”、“アオ”。
この“よしなしごと部”というのが何をする部なのかはわからないが、暇な生徒が暇な時間に、部室に来て他の暇な生徒と“よしなしごと”を語り合ったり行ったりする部なのである。
某月某日のある日、“よしなしごと部”でのこと。
□□□
「ねえ、黒ちゃん」白鳥白花は、大黒屋黒子に話かけた。
「何? 白ちゃん」
「昨日、夢の話したじゃん」
「したねえ」
「何、夢の話って?」黄瀬川黄衣が二人に聞いた。
「私の夢はお花屋さんになることです」白花が答えた。
「私の夢はケーキ屋さんになることです」と黒子も調子を合わせるように言った。
「は?」黄衣はすこし困惑したような表情を浮かべた。
「黄衣先輩、違いますよ。私たちは昨日、夜眠ってから見る夢について話してたんですよ」青竜院青美がフォローを入れるように黄衣に言った。
「あー、そういこと。あんたらは隙があればすぐにふざけるよね。アオもこんな二人に付き合わされてたら面倒くさいでしょ。この二人の話は半分くらい適当に聞いておいた方がいいよ」
「いえ…、そんなことはないです」青美が答える。
「まあ、いいわ。そんで何、夢がどうしたの?」
「これは昨日も話したかもしれないど、夢の中にあんまり親しくない知り合いが出て来て、次の日からその人のことを妙に意識するようになるってことってない? 例えば全然好きじゃなかった芸能人が夢の中に出てきたりしてその人のファンになったり」と白花。
「まあ、そういうこともあるけど。何? また昨日みたいな精神分析とかの話?」と黒子。
「言われて思い出したけど、精神分析といえば、トーマス・マンの『魔の山』の中で、精神分析を笑いのネタにしている記述があったけど、当時というか、今も精神分析っていうジャンルは位置が定まっていないよね」
「まあ、精神分析っていうのは推理小説みたいで面白いけど、それがどこまで当てになるかわからないよね」
「黒ちゃんは、夢の話は完全に個人的な体験だから、他人と共感できる話題じゃないって言ったけど、例えば夢の中で誰かを殺しちゃって『あー、やっちまった』とかって夢を見たことない?」
「それは、あるけど」
「キイと青ちゃんはどう?」白花は黄瀬河黄衣と青竜院青美に話しかけた。
「あー、あるね」と黄衣。
「私もあります」と青美。
「やっぱり、みんなそういう夢見たことあるじゃん。まあ、それはいいんだけど。それで、話を戻すけどさ」
「うん」
「昨日、夢の中になぜか前にキイに借りて読んだ『シュトヘル』って漫画が出てきて、私『シュトヘル』は結構好きだったんだけど、そこまで思い入れもなかったんだけど、夢の中で『シュトヘル』を読んでたら、目が覚めて、そしたら無性に『シュトヘル』が欲しくなっちゃったんだよねー」
「『シュトヘル』…ですか? 聞いたことがないです」と青美。
「まあ、あんまり有名な漫画でもないからね」
「私たちもキイに借りるまで知らなかったし、でも結構面白いよ」黒子がそう言うと白花もうなづいた。
「それだったら、また貸そうか?」と黄衣。
「いや、なんというか。借りるよりも常に自分の手元においておきたいんだよ」
「だったら、買えば? 完結してるし全巻セットで2000円くらいでしょ」と黄衣。
「いや、全14巻だけど紙の本だと部屋に置いておくと場所とるから嫌なんだよね。そんで電子書籍で買おうとすると、1巻につき693円それで全14巻とすると9702円。これは痛い。財布に優しくない。紙の本の方がコストが高くなりそうな気がするけど、現実は電子書籍の方が高いっていうのは何か理不尽な気がする」
「まあ、売り手の値段の付け方とかはわからないところがあるからね。そういえば、白ちゃん前に『重力の虹』上下巻を新刊で買ったことがあるよね。たしかあれ、1万円近くしたと思うけど」と黒子。
「そうそう、そうなのよ。これ黒ちゃんと、キイには前に話したと思うけど、『重力の虹』をコーヒー飲みながら読んでたら、何かのひょうしでコーヒーを派手に本にこぼしちゃって、泣きたくなったわ」
「そうねー。1万円って言ったら結構大金だからね」黒子。
「『重力の虹』ってさ、難解って言われてて、訳者のブログとかで訳した時の裏話が読んでて面白かったり、ネットで色々考察されてたりするのを読んだりするのが楽しかったんだけど、まだ2回しか読んでないのに、それがパーになったときの絶望感が半端なかったわ」
「それなら、図書館で借りればいいんじゃないでしょうか?」と青美。
「それもいいけど、やっぱり私は思春期高校生だから、『重力の虹』みたいな難解な小説が本棚に並んでいるのを見て、“他人とはちょっと違う特別な自分”みたいな気持ちに耽りたいのだよ」
「はあ」
「そんでさあ、電子書籍版『シュトヘル』全14巻は『重力の虹』と同じくらいの値段だけど、それが両方同じくらいの価値があるのか? って思うとなんだかねー」
「まあ、人の価値観はそれぞれだから何にお金を費やすかは、その人次第だよ」と黒子。
「ついでに、財布の中身次第だけどね。あー、ただでえさえこの間のテストで全教科赤点ギリギリで、お小遣い減らされそうなのにどうしよ?」と白花。
「それは、わたしもそうだわ。どうしよ」と黒子。
青美は、そんな二人の言葉を聞いて、少し気まずそうにしている。
「アオ。そんなにこの二人に気を使わなくていいよ」と黄衣。
「え? どういうことですか?」
「どういうも、こういうもアンタら、またやったっしょ?」と黄衣が白花と黒子に言った。
「え? なんのこと?」白花。
「意味わかんない」黒子。
「いや、もうわかってるから。そういう白々しいのどうでもいいし」
「なんですか? どう言うことですか?」
「この子ら、アホの子なのよ。一年のころテスト受けてたときは、ふつうに学年トップレベルの成績だったんだけど、アホの子のこの子らはふつうにテストを受けていたんじゃつまらないっていうんで、どちらがより赤点に近い点数を出せるかっていうチキンレースをしたんだよね。そんで実際に赤点食らったら負けとかわけのわかんないルール作ったりして」
「はあ…」青美がなんとも言えないような表情を浮かべた。
「あー、またバイトでもしようかなー」と白花。
「そだねー」と黒子。
「え? 先輩たちバイトしてたんですか?」
「うん。一年のときスマホが欲しくてコンビニでバイトしてた」白花。
「私はファミレス」黒子。
「私は今でも居酒屋でバイトしてる」黄衣。
「先輩たちって自分でアルバイトしてスマホ買ったんですか?」
「そだけど」白花。
「それがどしたの?」黒子。
「いえ、私は親にスマホを買ってもらったから、バイトしてスマホを買うっていうこと考えたことなかったです」
「まあ、そこら辺は自分できる範囲のことをすればでいいんじゃない?」白花。
「そーそー」黒子。
「はあ……、あっ、スマホと言えばこの前、先輩たちと話してたときに話に出た江戸川乱歩の『芋虫』っていう小説“青空文庫”で検索したらありませんでしたよ」と青美。
「へー」白花。
「そうなんだー。江戸川乱歩の代表的な短編の一つだからてっきりあるもんだと思ったけど無かったかー。それは青ちゃんごめんね」黒子。
「私も適当なこと言ってゴメン」
「いえ、それはいいんですけど」
「何? 江戸川乱歩の『芋虫』って丸尾末広がコミカライズしたやつ?」と黄衣。
「そーそー」白花。
「え? 『芋虫』って漫画になってるんですか?」
「そうよ。丸尾末広っていうエログロ系を主に描いてる漫画家がコミカライズしたのよ」黒子。
「“丸尾末広”ですか、知りませんね」
「丸尾末広はただ露悪的な悪趣味な漫画家と違って逆に絵が上手いから余計にタチがわるいんだよね」と白花。
「そーそー、一年のときキイから何冊か借りたけど、読んでると精神がゴリゴリ削られてくような感じがしたわ」と黒子。
「『DDT』とか『少女椿』とかあたりのは特にエグかったわ」
「でも確かに、凄い漫画家なのは間違いないとは思うけどな」
「そうだね」
「キイ先輩はその丸尾ナントカの漫画をもってるんですか?」
「まあ、一応ね」
「キイ先輩がそんなに漫画に詳しいのは何だか意外です」
「意外も何も、キイはギャルのくせにオタクだからね」と白花。
「オタクに優しいギャルとか、漫画のヒロイン設定かよって感じだよね」と黒子。
「ギャルじゃねーし、オタクでもねーし」と黄衣。
「その髪色とスカートの長さで白々しいこというね」白花。
「その上、妙なオタク知識もってるし」黒子。
「好きに言ってくれるけど、あんたらだって一年のときは結構なもんだったじゃない」と黄衣。
「え? 白先輩と黒先輩って一年のときどんなだったんですか?」
「いや、それがさこの子ら……」
「キイ。ゴメンうちらが言いすぎた」と白花。
「だから、一年のときのことは内緒にしといて。ゴメン」と黒子も言う。
「まあ、いいけど」と黄衣が答えた。
「え? どういうことですか」
「青ちゃん。世の中には知らない方がいいいこともあるんだよ」白花。
「そーそー」黒子。
「まあ、早い話がこの子らにとって一年のときのことは黒歴史ってこと」
「「ぐー」」
「あれ、一応ぐうの音は出るんだ」
「そういえば、“青空文庫”で色々読んでみたんですよ」青美がその場の何とも言えないような雰囲気を緩めるように言った。
「どんなの読んだの?」
「宮沢賢治とか小川未明とか芥川龍之介とかですね」白花。
「どうだった?」黒子。
「はい。結構面白かったです」
「まあ、そこら辺は鉄板みたいなところがあるからね」
「それで読んでて、一個わからないところがあったんですけど」
「何?」
「どんなこと?」
「それが……」
━━キーンコーン。カーンコーン。
「あっ、帰宅時間のチャイムが鳴った」と白花。
「そんじゃ、今日のところは帰りましょかね」と黒子。
「ウィー」と黄衣。
「そんなわけで青ちゃんの疑問っていうのも、明日あたり思い出したら話の種にしよ」白花がそう言いながら教室のドアの方へ向かった。
「はい」