夢見たあとで
《舞台》
某県某所の某高校の教室の一室。
《登場人物》
白鳥白花━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ロングヘアー。通称“白ちゃん”、“シロ”
大黒屋黒子━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ショートヘアー。通称“黒ちゃん”、“クロ”。
青竜院青美━━16才の女子高生(1年生)。小柄。おさげ。通称“青ちゃん”、“アオ”。
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「ねえ、黒ちゃん」白鳥白花が大黒屋黒子に話しかけた。
「何、白ちゃん」
「なんか久しぶりだね」
「何言ってるの? 昨日も会ったじゃん」
「いやー、そうなんだけど何かよしなしごと部に来るの久しぶりな感じがする」
「何それ?」
「何か長い夢を見ていた、みたいな」
「は?」
「夢と言えば、黒ちゃん」
「何?」
「昨日メチャクチャ面白い夢を見たんだけど」
「また、話が急に変わるね。それがどうしたの?」
「それがどんな夢か思い出せなくて、何だかもったいないような気がするのよ」
「うーん。夢の話っていうのは完全に個人的な体験に属する物だから共感するのは難しいんだよね」
「そうなんだけどさー。いっそそういう時は眼を覚ました直後にどんな夢を見たのかメモでも書こうかなと思うんだよね」
「あー、“夢日記”か。でもあれって精神的に危険だって言うよね」
「そうらしいね。だから書かないんだけど」
「どんな風に危険なんですか」青龍院青美が二人に聞いた。
「うーん。まあ、色々と危険があるらしいけど、代表的なのは、なんか夢日記を書き続けると、夢と現実の区別がつかなくなったりするらしいんだよね」白花が答えた。
「他にも色々あるみたいだけど、興味があるならスマホで検索してみれば?」黒子もそれに同調するように言う。
「はい」
「でも、夢って不思議だよね。夢の中で突然親しくない人が出てきたり、好きでもない芸能人が出てきたり、なんでこの人が出てくるのってことがあるよね」白花が言う。
「まあ、あるね」
「ほら、さっき黒ちゃんは夢の話は他人と共感するのが難しいって言ったけど、こうやって共感することも出きるじゃん」
「まあ、そうだね。でもそれも場合によるけどね」
「そもそも夢って何なんですか?」青美が聞く。
「うーん。夢とは日中にインプットした情報を眠りの中で整理するために行われる脳の活動が無意識のうちに擬似体験化するって言うけど、それも決定的な確証があるものでもないけどね」
「出たね。フロイト節」
「フロイト、ですか?」
「まあ、私らみたいな中二病こじらせた人間にとってフロイトの『精神分析入門』あたりは必読書みたいなところがあるからねー」黒子が言った。
「はあ」
「でも、昔から夢に何かの意味を見いだしたりするのって、ベタだけどあるよね。例えば有名な話だと、旧約聖書でヨセフが王様の見た夢の意味を解き明かして、将来訪れる国の危機を救ったり、フロイトの精神分析系の本とか、夢に何か意味を持たせたりする場合もあるよね」と白花。
「そうだねー」
「でも、精神分析って言ってもどの程度アテになるかわからないけどね」
「まあ、どんな物にもとりあえず意味をくっつけることはできるからね。そう言えば昔フロイトが精神分析についての講演をしたんだって」
「うん」
「フロイトってメチャクチャヘビースモーカーで常に葉巻をくわえてたらしいのよ」
「うん」
「それで、講演を聞いていた聴衆に一人がフロイトに『先生が今くわえている葉巻は何の象徴ですか?』って質問したんだって」
「うん」
「そしたら、フロイトが『この葉巻は・・・、ただの葉巻に過ぎない』って答えたんだって」
「へー、それはまた」
「いや、それはないでしょ。散々他人の行動に対して性的何とか、とか肛門何とか、とか口唇なんとか、とか言ってきたのに自分に対してはその精神分析を適用しないとか」
「そうだねー」
「まあ、フロイトはその後この発言を撤回して、自分がくわえている葉巻は口唇何とかの象徴であるみたいなこと言ったらしいけどね」
「ふーん」
「まあ、元ネタは忘れたけどそんな話があったらしいよ」
「へー。でもフロイトの精神分析の方法は、それ自体では現代に応用できないらしいね」
「そうだねー。私は新フロイト派のフロムが結構好きだな。様々な哲学的な問題に対して精神分析家の立場から、ズバズバ断定的な持論を繰り広げて行くのが面白かったわ」
「あー。あの本か。確か『悪について』と『愛するということ』とかの人だね」
「そうそう。でも代表作と言われている『自由からの逃走』はまだ読んでないんだけどね」
「まあ、私もだけどね」
「『人生は短い。あの本を読めば、あの本が読めない』」
「本を読むスピードも個人差があるからねー」
「昔、芥川龍之介が友人が何冊も本を借りていこうとするのを見て『そんなに一度に読めるものじゃない。一冊読んだら、またもう一冊借りにくればいい』みたいなことを言ったらしいね」
「そこら辺は生まれつきのところがあるみたいだからね」
「フロイトの精神分析と言えば白ちゃん」
「何? 黒ちゃん」
「『精神分析入門』に“言い間違え”ってあるじゃん」
「あるねー」
「なんですか。それ?」と青美。
「フロイト先生によれば、人間は本人が隠している願望やら本音が、時々無意識のうちに表面に出てくるんだってさ」と黒子。
「例えば、ある会議が開かれることになって、その会議の議題が議長にとって不都合なものであった場合、議長は本来『これより本会議を“開会”します』と言わなければいけないところで無意識に本音が出ちゃって『これより本会議を“閉会”します』とか言い間違えたりするらしいんだよ」と白花。
「へー」
「それで黒ちゃん。言い間違えがどしたの?」
「この前テレビでバラエティーのトーク番組をみてたのよ」
「うん」
「それでタレント達がトークをしてたんだけど、話題が人気アイドルのA君の話になったんよ」
「うん」
「それで他の出演者達がA君に『A君は彼女作らないの?』とか『A君はどんな女の人が好みなの』とか質問したんだ」
「うん」
「そしたらA君が『いやー、僕は全ての女性にとっての天使ですからね』って答えたら観客席のからたくさんの女性から一斉に『えー?!』って声が返ってきてA君はなんで女性の観客がそんなリアクションをするのかわかっていないみたいで『え? 俺何か変なこと言った?』みたいなカンジでこまってたわ」
「ふーん。なるほどねー、確かにフロイト的には面白いし、ありそうと言えばありそうだね」と白花が言った。
「え? え? どういことですか? すいません、私にはちょっと意味がわからないんですけど」と青美。
「つまりだね。フロイト理論で言うとA君は建前として『僕にとって全ての女性は天使なんですよ』と言ったつもりが『僕は全ての女性にとっての天使なんですよ』っていう本音が無意識に出ちゃったっていうことなんだよ」白花が答えた。
「はー」
「ま、そういうこと」
「何か、私時々先輩達ってテレパシーとかで会話してるんじやないかと思うときがあるんですよ」
「は? んなわけないじゃん」と白花。
「そー、そー」と黒子。
「テレパシーとか超能力とか言えばさー」
「うん」
━━キーンコーン、カーンコーン
「あ、下校時間のチャイムが鳴った」
「そんじゃ、私らも帰りましょうかね」
「はい」