オススメ ~小説を書くのは一端置いておこう~
《舞台》
某県某所の某高校の教室の一室。
《登場人物》
白鳥白花━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ロングヘアー。通称“白ちゃん”、“シロ”。
大黒屋黒子━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ショートヘアー。通称“黒ちゃん”、“クロ”。
青竜院青美━━16才の女子高生(1年生)。小柄。おさげ。通称“青ちゃん”、“アオ”。
この“よしなしごと部”というのが何をする部なのかはわからないが、暇な生徒が暇な時間に、部室に来て他の暇な生徒と“よしなしごと”を語り合ったり行ったりする部なのである。
某月某日のある日、“よしなしごと部”でのこと。
「のう、黒ちゃん」白鳥白花は大黒屋黒子に話かけた。
「はいな、白ちゃん。なんじゃろかい?」黒子が白花に答えた。
「最近、どうだ? 学校の方は?」
「あんたは私のお父さんか?」
「うむ。思春期の娘にどう接したらいいかわからず、一生懸命に娘に話かける父親の体で言ってみた」
「なんだそりゃ」
「いやー。私もこんな風に言ってはみたけど、実際思春期の娘を持つ父親って大変みたいだよ」
「そうなのかなー? うちは結構普通に接しているけど」
「黒ちゃんって、服とかお父さんのと一緒に洗濯してもいい派?」
「いや、別に構わないけど。白ちゃんは?」
「まあ、私も別に構わないんだけどね。そこら辺は別にどうでもいいでしょ。実際に何か父親が病気を持ってて、なんかわからない変な菌でも移るわけでもないし」
「そうそう。たかが服を洗濯するのに、そんな洗濯機を余計に回すような手間をかけることしたくないよ」
「だよねー」
「あの、先輩たち」青竜院青美が、白花と黒子に話しかけた。
「何かね。青ちゃんや」白花が答えた。黒子も青美の方を見た。
「先輩たちは、自分で洗濯とかやっているんですか?」
「一応、やってるけど」と白花。
「私も」と黒子。
「そうなんですか」そう言って青美は少し恥ずかしそうにうつむいた。
「何?」と白花。
「どしたの?」と黒子。
「いえ、私は家事とか、けっこうお母さんに任せきりだから先輩たち、すごいなーって思って」
「まあ、私の場合は家に帰ってもあんまりやることがないし、暇潰しに家事を手伝っているみたいなもんだけどね」と白花。
「私も、そんな感じ。それに青ちゃんだって家事を全部お母さんに丸投げしているわけじゃないでしょ?」と黒子。
「それは、そうですけど……」
「だったら、いいじゃん今の私たちでそれぞれできることをやればいいでしょ」と黒子。
「家事で思い出したけど、そういや、この前まで肉じゃがの味を極めようとして私が食事当番の日には、毎回肉じゃがを出していたときがあったわ」
「なんでまた、そんなことを考えたの?」
「いや、私肉じゃがめっちゃ好きだし」
「ほー。私も好きだよ肉じゃが。それでどうした?」
「それでさー。私は肉じゃがの味を極めようとして、色々な調味料とか材料を組み合わせて海原雄山もうならせる究極の肉じゃがを作ろうとしたんだけどさ」
「うん」
「どうにも思うようにうまくいかなくて、試しに市販の味の素とか、つゆのもととかを買ってきて、それを下味にして作ってみたのよ」
「うん」
「そしたら、それがメチャクチャ美味しくて、今まで私がやってきた努力はなんなのかという無力感にさいなまれたわ」
「まあ、ありそうな話だね」
「そうなんだけど、なんか悔しくてねー」
「うーん。まあ、しょうがないと言えばしょうがないね」
「あー、今日は晩ごはん、なにつくろ」
「主婦みたいな悩みだね」
「先輩たちは、家事とか好きなんですか?」
「別に好きってわけでもないけどね。最近はYouTubeの朗読動画を聞きながら、色々やってるから気がまぎれて面倒くさいとかも、あんま思わないし」と白花。
「あー、私もそれよくやる」と黒子。
「どんなのを聞いているんですか?」
「最近は著作権切れの昔の探偵小説物とかをよく聞くかなー」と白花。
「私も」
「例えば、どんなのが面白いですか」
「うーん。大阪圭吉なんか結構よかったけど」
「あー、確かに大阪圭吉は面白いね」
「そうそう。本格物からユーモア物まで意外と色々書いてるんだよね」
「そうだね。どれも結構面白いけどね」
「まあ、現代まで名前が残ってそれを朗読した動画が投稿されるくらいだから、それ相応の実力があったってことでしょ」
「昔、創元推理文庫の日本探偵小説全集にも作品が入っていたから、一部ではある程度評価されてたんだろね」
「探偵小説と言えば、私『孤島の鬼』読みました」
「ほー、どうだった?」と白花。
「はい! とっても面白かったです」
「そりゃ、良かった」と黒子。
「どんなところが面白かった?」
「えー、うまく言えないですけど、最初から最後まで面白く読めました。でも特に諸戸道雄っていうキャラクターに感情移入しちゃっいましたね」
「これはまた青ちゃんの中の新しい扉を開けてしまったかもしれないね」と白花。
「まあ、そこら辺は自己責任ということにしてもらお」と黒子。
青美は二人のそんなやり取りを聞いて、少し不思議そうな顔をしたが、なんとなくその意味を聞けなかった。
「それで、先輩たちに何かオススメの本を聞きたいんですけど」
「うん。“オススメ”かそれはむずかしい問題だね」と白花。
「そだねー」と黒子。
「そんなに難しいですか? 先輩たちたくさん本を読んでるみたいだから簡単だと思ったんですけど」
「いや、オススメできる本はあるけど、その“人に何かをオススメする”っていう行為が難しいのよ」と白花。黒子もその言葉にうなずいている。
「何が難しいんですか?」
「例えば、『ねえ、黒ちゃん』」
「『何? 白ちゃん』」
「『この間、駅前の喫茶店でリコッタチーズケーキを食べたんだけど、それが本当に美味しくて』」
「『ほー』」
「『なんていうか、あっさりとした味わいの中にミルクの自然な甘味があって、超美味しいの! オススメだから、黒ちゃんも駅前に行ったら食べたらいいよ』」
「『そうだね、機会があれば食べてみるわ』」
「『本当に、マジでオススメだから!』」
「「数日後」」
「『ねえ、黒ちゃん』」
「『何、白ちゃん』」
「『この間、オススメしたケーキ食べてみた?』」
「『食べてない』」
「『えー、なんでー?』」
「『いや、なんでもなにも食べる機会がなかったから』」
「『ふーん。まあいいや、とにかくオススメだからね』」
「『わかったよ』」
「「さらに数日後」」
「『ねえ、黒ちゃん』」
「『何、白ちゃん』」
「『前にオススメしたケーキ食べた?』」
「『いや、まだ』」
「『えー、なんでー。せっかく私がオススメしたんだから食べてみてよ』」
「『わかったよ。だから、その機会があったら食べてみるから』」
「「更に数日後」」
「『ねえ、黒ちゃん』」
「『何、白ちゃん?』」
「『この間オススメしたケーキなんだけど……』」
「『いや、白ちゃん。ちょっとしつこいよ』」
「『なによー、せっかくこっちは黒ちゃんのためを思ってオススメしてるのにー』と、まあこのように“人に何かをオススメする”という行為は、色々と危険をはらんでいるんだよ。何回もオススメした物を試したかを聞いてくる人もいるしね」と白花。
「実際にオススメされた物を見たり聞いたり、食べたり、色々試してみたらあんまり良くなかったりもするしね。そういう場合はなんか微妙な感じになるし」と黒子。
「人は自分が良いと感じたものを、人にオススメしたくなるんだよね」
「まあ、理由としてはオススメすることによって自分を表現したいとか、自分を知ってもらいたいとか」
「それとか、親しい人と情報とか感動を共有したいとか。理由は色々ありそうだけど」
「いや、そんなに難しい話じゃなくて、もっと単純に先輩たちのオススメの本を聞きたかったんですよ」
「別にいいよ」白花。
「私も」黒子。
「そんなに、あっさり言うならさっきの小芝居はなんだったんですか?」
「いや、なんとなくノリで」と白花。
「私もなんとなくそのノリに乗っかってみただけ」と黒子。
「それならオススメ本を教えてください」
「とは言え、私らも暇潰しに時々読んでいる程度だから、あんまりくわしくないんだけどね」白花。
「そうそう。なんでも上には上がいて頭の中に図書館がつまってるんじゃないかっていう人もいるしね」と黒子。
「それでもかまいません」
「そんじゃ、期待に添えるかどうかわからないけど、私から。私のオススメは『蜘蛛女のキス』だね。知ってる?」と白花。
「いいえ。初めて聞きました有名な本なんですか」
「まあ、有名と言えば有名だね。昔、映画化もされてるし、最近でもミュージカルとかやってるみたいだし」
「どんな話なんですか?」
「あるところに二人の人間がいるの。そのうちの一人が映画のストーリーを語り、もう一人がそれを聞いているの」
「ある所って、どこですか?」
「それは言えない」
「それなら、その二人っていうのは、男ですか? 女ですか?」
「それも言えない」
「本当に何も言えないんですね」
「まあ、とりあえず話を元に戻して『蜘蛛女のキス』のあらすじだけど、映画の語り手は映画の内容や登場人物たちの言動にロマンチックな解釈をする。でも聞き手の方は現実的というか、うがった解釈みたいなのをするの、そうして二人で感想とかを入れながら、いくつかの映画のストーリーが語られていくうちに二人の関係も変化していく。同時に現実世界でも、二人を取り巻く状況が色々と進行していくっていう話だね」
「ふーん。ちょっとよくわからないですね」
「まあ、私の説明が下手っていうのもあるけどね。これはネタバレになるけど本のあらすじとか、ネットのあらすじとかで当然のように書いてあるから言っちゃうけど。さっき、物語の舞台も二人が何者なのかも言えないって言ったけど、やっぱりいいや言っちゃう」
「はい」
「物語の舞台はブエノスアイレスにある、刑務所の一室。二人は男性の囚人で一人は政治犯の革命家、こっちが聞き手だね。そして、もう一人は未成年者との性的行為で捕まった同性愛者で映画の語り手なの」
「え? 同性愛者なんですか?」
「あら、声のトーンが少しあがったね。ねえ、黒ちゃん」
「そうだね。まあ諸戸道雄に感情移入しちゃったあとだから仕方ないかもね」
「本来、作者の意図としては読者に、この二人は何者で、なんでこんな話をしているんだ、という風に思わせてストーリーが進むにつれて徐々に状況が明らかになっていって、読者を驚かせたかったんだろうけどね」
「わかりました読んでみます。でも物語の舞台がブエノスアイレスということは外国の本ですよね。私、あんまり翻訳物は読まないから、難しくないですかね」
「ストーリーのほとんどは、二人の会話劇みたいなもので進行していくから、難しくないと思う。それに物語中のいくつかの映画のストーリーもそれぞれ短編みたいで面白かったよ。ラテンアメリカ文学の入門書としては最適だと思う」
「ラテンアメリカ文学ですか?」
「いやー、一時期ハマっててね。その話をするとまた長くなるから、その話はまた別の機会があればすることにしよ。そんなわけで、次、黒ちゃん」
「はい。クロ先輩お願いします」
「白ちゃんが純文学だったから、私がオススメする本は『惑星カレスの魔女』ね」
「どんな本ですか?」
「青ちゃんは、ジブリ映画って好き?」
「はい。子供のころから見ていました」
「この本は宮崎駿監督が表紙を描いたことで有名だね」
「へー」
「これはSF物のスペースオペラなんだけど」
「ちょっと待ってください。“スペースオペラ”ってなんですか?」
「まあ、本当に単純に言うと宇宙を舞台にした冒険物語だね。ほら映画とかでもスターウォーズとかあるでしょ」
「はい」
「それで、あらすじはっていうと、商業宇宙船の若い船長が取引先の惑星で、偶然、魔法使いというか超能力者たちが住む禁断の惑星カレス出身の三姉妹を助けるんだけど、三姉妹を惑星カレスに届けてから元いた地元の惑星に帰ると、船長はなんだかんだで、お尋ね者になってしまって宇宙を逃亡するはめになるの。その宇宙船の中に三姉妹の次女がいつの間にか乗り込んでいて、船長はその子に『私はあなたと結婚するの』みたいなことを言われて逆プロポーズされるんだ。ちなみに、その次女はまだ十歳なの」
「え?」
「ロリね」白花。
「ロリだわね。なんというか、さすが宮崎駿というべきか」
「偶然だけど、次女の名前が“ゴス”っていうのもできすぎてる感じがするね」
「はー」
「そんで話を元に戻すと、二人は宇宙を旅する中でさまざまなピンチを向かえるんだけど、それを次女ゴスの超能力とか船長の行動力で乗り切っていくうちに、いつのまにか宇宙の存亡を賭けた大事件の中心で活躍することになるって感じかな」
「そうなんですか」
「この小説の魅力はなんと言っても、魔法少女ゴスと船長パウサートのユーモアのちりばめられたやり取りね。二人ともいいキャラしてるのよ」
「はい」
「特に天才みたいなゴスの活発で生意気な言動と、それに振り回されるパウサートっていいコンビだったわ。初期ジブリ映画を見たようのと似たような読後感を抱いたって人もおおいみたいだね」
「わかりました。読んでみます。ジブリ結構好きだし」
「ただ、序盤は展開が遅くてSF世界観の用語の説明がわかりにくくて、とっつきにくいのが欠点かもね」
「はい。でも翻訳物って登場人物が外国人だから、名前を覚えにくくないですか?」
「アルカディノ。アウレリャノ」白花が口を挟んだ。
「なんですか? それ」
「『百年の孤独』っていう本の登場人物だよ。主要登場人物のほとんどがこの名前で、わかりにくいんだ」
「でも、あれは作者がわざと、わかりづらくしてるんだけどね」
「まあね。青ちゃんも読んでいるうちに、すぐに慣れるよ」
「だと、いいんですけどね。ところでその『百年の孤独』って面白いんですか?」
「まあ、面白い、面白くないで言ったら、超絶面白い超名作だね」と白花。
「うん」黒子も、それに同意する。
「いつか、私も読んでみます」
「まあ、とりあえずは今日の二冊にしといたら?」白花。
「はい」
━━キーンコーン。カーンコーン。
「あ、下校時間のチャイムが鳴った」白花。
「それじゃ、私らも帰りましょうかね」黒子。
「そういえば、晩ごはん何にしよう」
「そんな話もしてたねー」
「ところで、聞こうかどうか迷ってたんですけど、シロ先輩の書く小説の話ってどうなったんですか?」
「あー、そんな話もあったね。忘れてたわ」
「そんな。私、楽しみにしてるのに」
「まあ、そこら辺も含めて、また明日以降ということにして、今日のところは帰ろう」
「はーい」