小説を書きたい②
《舞台》
某県某所の某高校の教室の一室。
《登場人物》
白鳥白花━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ロングヘアー。通称“白ちゃん”、“シロ”。
大黒屋黒子━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ショートヘアー。通称“黒ちゃん”、“クロ”。
青竜院青美━━16才の女子高生(1年生)。小柄。おさげ。通称“青ちゃん”、“アオ”。
この“よしなしごと部”というのが何をする部なのかはわからないが、暇な生徒が暇な時間に、部室に来て他の暇な生徒と“よしなしごと”を語り合ったり行ったりする部なのである。
某月某日のある日、“よしなしごと部”でのこと。
「先輩」青竜院青美は、白鳥白花と大黒屋黒子に話しかけた。
「何? 青ちゃん」白花が聞いた。
「昨日の話なんですけど」
「昨日の話って何?」今度は黒子が聞く。
「シロ先輩が、小説を書きたいって話です」
「あー、昨日はそんなこと話したねー」と白花。
「そうだった。そうだった。それがどうかしたの?」と黒子。
「私! 先輩たちの書いた小説を読んでみたいんです! だから、昨日の話の続きをしましょう!」
「いや、まあ別にいいけど。白ちゃん、何かある? 白ちゃんが言い出しっぺなんだから、適当に言ってみて」
「うーん。そうだねー。そういえば、小説を書くにはプロットを考えなければいけないっていうじゃない」
「そう、言うねえ」
「でもさ、それってどこまで詳細なプロットを考えればいいのかな?」
「うーん。それは、その作家さんによるとしか言いようがないわね。長編と短編でも違うだろうし、そもそも書いている作家さんがどこまで長い物語を書こうとしているかもんからないし」
「それでさ、時々、この作者はどこまで事前にプロットを練っていたんだろう? っていう作品もあるでしょ」
「あるねえ」
「でも、そんな中でもメチャクチャ面白い名作があったりするじゃない」
「例えば?」
「江戸川乱歩の『孤島の鬼』とか」
「あー、確かにあれは面白かった」
「すいません。その『孤島の鬼』っていう小説は読んだことがないです」青美が言った。
「別に、小学校の課題図書ってわけじゃないし、読んでなくてもいいのよ」白花。
「それ、どんな話なんですか?」
「うーん。江戸川乱歩は知っているわよね」
「はい。名前だけは聞いたことがある気がします」
「その、江戸川乱歩の数多い代表作の一つなのよ。私は『孤島の鬼』が江戸川乱歩の最高傑作だと思っているわ」
「はい」
「あらすじはって言うと、ネタバレになりそうだったりするから、説明するのは難しいけど、主人公の青年が恋人を何者かに殺されて、その真相を探ろうとする話なんだけど、登場人物が皆一癖も二癖もある個性的なキャラクターたちばかりで、特にメインキャラクターである主人公に想いを寄せる同性愛者のキャラがいるんだけど」
「すみません。先輩。同性愛者っていうことは“びーえる”っていうあれですか?」
「うーん。そこら辺もネタバレになるから、詳しくは言えないけど。今、青ちゃんがBLって言ったけど、今は大きな書店に行けばBL本のコーナーがあるくらい、フィクションの世界では市民権を得ているけれど、当時は同性愛はガチのタブーだったのよね」
「はい」
「それだけに背徳感はヤバいけど。マジで命懸けで禁じられた恋を成就しようとしたり、恋する主人公のために献身的に振る舞ったりするのよ。イケメンで医者で同性愛者なんて、当時よく書けたものだわ」
「そういえば、『芋虫』も戦時中に書かれたのよね。よくあんな小説を戦時中に発表したわよねー」と黒子。
「そうねー。普通なら自重しそうなものだけど、江戸川乱歩って天然だったんじゃないかな」
「あー、それはあるかも」
「すいません。その『芋虫』っていう作品も読んだことがないです」
「いいって、いいって。今どきの女子高生が普通に江戸川乱歩について語れちゃう方が珍しいだろうし。でも、興味があるなら、今は江戸川乱歩の作品は著作権切れで青空文庫にあるから、読んでみれば?」と白花。
「はい。読んでみます」
「少しエグい描写もあるから気をつけてね。短編だからすぐに読めると思うけど」
「はい」
「それで? 何の話だったっけ?」
「『孤島の鬼』の話と小説のプロットの話です」
「あー、そっか、そっか。とりあえず私が言いたかったことは、『孤島の鬼』みたいに書き始めたときプロットどこまで考えてたの? みたいな作品でも名作になりうる可能性があるって話よ」
「そんなに、『孤島の鬼』のプロットって変なんですか?」
「まあ、話の流れがどこに行くかわからないっていうのも、この小説の魅力なんだけどね。ねえ、黒ちゃん」
「そうね。それに江戸川乱歩は自分は長編本格探偵小説を書きたいと、エッセイの中で何度も書いているけど、それが果たされることはなかったみたいね。というか、なかったわね。確か自作の解説でも『当初は本格探偵小説として書き始めたが、途中で挫折していつもの怪奇探偵小説になってしまった』みたいなことが何回か書かれていたわね。だから江戸川乱歩が事前に考えたプロットっていうのもあてにならないかもね」
「でも、読者が望んだのは本格探偵小説を書く乱歩じゃなくて、怪奇探偵小説を書く乱歩だったんだよね」
「そうだね。まあ、白ちゃんみたいになんとなく、小説を書いてみたいっていう人と違って読者のニーズっていうものがあるからね。それに実際、乱歩は怪奇系の方に才能があって、自分では認めたくなかっただろうけど、そっち方面を好んでいたんじゃないかな」
「そうだねー。『十字路』とか面白かったけど、読者が江戸川乱歩に求めているのはコレじゃないって感じだったわねー」
「そういえば、松本清張がさ」
「うん」
「月間連載をしているときに、その月の分の小説を書いたら、後は次の締め切りが近づいて来てから考えて書いてるっていう話をどこかで読んだ気がする」
「あ、それ私も読んだ気がする。でも本当なのかなー? そんな中で『ゼロの焦点』みたいな名作が生まれるものなのかな?」
「まあ、松本清張みたいな天才の頭の中は私らみたいな凡人には計りしれないけど、そういう伝説があるって話よ」
「松本清張は若い頃に芥川賞を受賞したりしてるし、文章力が確かなのは間違いないわよね。私も何冊か読んでみた」
「そういえば、松本清張の代表作の一つ『砂の器』の解説はスゴかったわー」
「この場合の“スゴかった”には色々な解釈ができると思うけど、多分、私と黒ちゃんの“スゴかった”は同じようなものだと思う。でも、一応聞いてみましょう。黒ちゃん、どうぞ」
「いや、それがさ。解説文にストーリーとか、キャラクターとか、推理小説で重要になるトリックとかが全部書いてあるのよ」
「だったねー」
「いや、そんなのある? いや、あり得ないから。書店で、あとがきとか解説とかを立ち読みしてその本を買おうかどうか決めようとする人だっているんだから、あんなに全部を書いちゃったら、書評家として失格だから」
「でも、松本清張はそれこそ横溝正史とかとは違うジャンルの推理作家だから、その解説をする書評家も、従来の推理小説を得意ジャンルとしている書評家と違うからジャンルの人を連れて来たんじゃない?」
「それでも、あれは酷すぎる。だから、青ちゃん!」黒子は唐突に青美に話しかけた。
「は、はい」
「もし、青ちゃんが『砂の器』を読もうと思ったら、解説は本文を読んだ後にした方がいいよ」
「は、はい」
「でも、『砂の器』のトリックにはあんまり感心できなかったなー」
「そうねー。でも当時としては斬新だったのかもね」
「あのトリックの実証実験なんて、完全に人体実験だよ」
「それは時代背景が違うからね。松本清張は推理小説におけるリアリズムを標榜していたみたいだけど、どうしてもそこら辺は難しいところがあるわよね」
「それで、思い出したけど、宮部みゆきの『魔術はささやく』のラストのトリック!」
「あー、あれも賛否両論あるわよね」
「私、あの本スゴく好きなんだけど、やっぱりあのトリックには無理があると思う」
「そこら辺も読み手次第ね。でも白ちゃんは『魔術はささやく』が好きなんでしょ」
「うん、でも……」
━━キーンコーン、キーンコーン
「下校のチャイムが鳴ったわ。今日はこの辺にして、もう帰りましょ」と黒子。
「はい。でも、私はもっと先輩たちが書こうとしている小説について聞きたかったです」と青美。
「じゃあ、それも含めてまた明日ってことで。さ、帰りましょ」と白花が言った。