小説を書きたい①
《舞台》
某県某所の某高校の教室の一室。
《登場人物》
白鳥白花━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ロングヘアー。通称“白ちゃん”、“シロ”。
大黒屋黒子━━17才の女子高生(2年生)。中肉中背。ショートヘアー。通称“黒ちゃん”、“クロ”。
青竜院青美━━16才の女子高生(1年生)。小柄。おさげ。通称“青ちゃん”、“アオ”。
この“よしなしごと部”というのが何をする部なのかはわからないが、暇な生徒が暇な時間に、部室に来て他の暇な生徒と“よしなしごと”を語り合ったり行ったりする部なのである。
某月某日のある日、“よしなしごと部”でのこと。
□□□
「ねえ。黒ちゃん」白鳥白花は大黒屋黒子に話しかけた。
「何? 白ちゃん」
「私、小説を書いてみたいんだけど」
「あー、“思春期あるある”だね」
「何、それ?」
「私らみたいな年頃で、バイトの面接先に提出する履歴書の趣味の欄に“読書”って書く人間は一度は自分で小説を書いてみたいと思うものなのよ」
「へー、そうなんだー」
そう言って、白子はイタズラっぽく微笑んだ。
「何? なんで笑うの?」
「あ、私、笑ってた?」
「うん」
「まあ、いいじゃん。私らくらいの年頃は『箸が転んでもおかしい年頃』って言うじゃん。そんなことより、私は黒ちゃんの話の続きが聞きたい」
「何か釈然としないけど、まあいいわ。思春期っていうのは、なんとなく自分が特別な存在で人にはない才能をうちに秘めているんじゃないかとか、思いたがるもんなのよ。そのために小説を書いたりしてみようとか思うのよ。何しろ小説とかは、はたから見ている分には何も予備訓練だとかを必要としないように見えるから、楽に書けるように思えるんだろうね」
「それはまた極端な考えだと思うけど。単純に自分が考えた話を形にしてみたいっていう人もいるでしょ」
「まあ、確かにそうかもね」
「才能がどうのとかじゃなくて、ただ単純に自分の中の何かを表現したいっていう欲求が私らみたいな思春期高校生に生まれることがあるんじゃない?」
「うん」
「例えばさ、今野球部で練習を頑張っている人たちがいるじゃない」
「うん」
「その人たちみんなが、野球の才能を誇示してチヤホヤされたいわけじゃないでしょ。自分には才能がないってわかってても野球が好きだから頑張っているんじゃないの?」
「うん」
「だから、『小説を書きたい』っていう人も、何もみんながみんな自分には文才があって、小説を書けばプロになれて、まわりからチヤホヤされるなんて思っているわけじゃないんじゃない?」
「うーん。確かにそうね、言われてみればそうかもね。野球の話で思い出したけど例えば、プロ野球選手っているでしょ」
「いるねえ」
「ああいう華やかで、周りからチヤホヤされる職業に就くためには子供の頃から訓練をして、やっとなれるものなのよ」
「うん」
「プロ野球選手ばかりじゃなくて、周りから注目を浴びて、もてはやされる職業に就けるのは、幼少期からの努力と才能の賜物なのよ」
「そうだね」
「でも、小説の場合は学歴、性別、年齢とか関係なく富と名声が得られるチャンスが与えられているから勘違いする人も多いのよね」
「プロ野球で思い出したけど、今年のベイスターズは頑張ってるね」
「白ちゃんは、ベイスターズがすきだね」
「まあ、弱いチームを応援する。日本人にありがちな判官贔屓ってやつよ」
「先輩」
それまで黙って話を聞いていた一年生の、青竜院青美が二人に声をかけた。
「何? 青ちゃん」白花が聞いた。
「野球の話もいいですけど、私はもっと先輩たちの小説の話が聞きたいです」
「あ、そう。まあ、別にいいけど」白花が言った。
「私らの話なんて、何にも中身がないから話題なんて何でもいいんだけどね」黒子もそう言う。
「じゃあ、話を戻して白ちゃんはどんな小説を書きたいの?」
「いや、別に決まってないけど、なんとなく小説を書いてみたいなーって思っただけ」
「じゃあ、思いついたことを適当に書けばいいんじゃない?」
「それでいいの? もっとプロットとかキャラクターとかを考えてから書き始めるべきなんじゃない?」
「だって、白ちゃんは別に才能をを誇示しようと思って、小説を書こうと思っているわけじゃないんでしょ。だったら勢いに任せて書き進めれば?」
「それで、いいのかな?」
「芥川賞作家の花村萬月っていう小説家がいるのよ」
「あー、聞いたことがある」
「その人が、フリーター生活に嫌気が差して小説家になろうと思ったんだって」
「うん」
「ちなみに、花村萬月は黙読ができなくて、本を読むのに時間がかかるから、小説なんて読んだことがなかったんだって」
「へー」
「それで、花村萬月はとりあえず原稿用紙を千枚買ってきて、それに適当に小説を書いたんだって、花村萬月はとにかく小説家になるには、次から次へと話を思い付く能力がなければいけないと思ったらしいの」
「うん」
「それで、実際に書いたんだけど、本人が言うにはとても人に読ませられるモノではないと、それでも原稿用紙千枚を文字で埋めたのは自信になったらしいわ。だから、プロットとか設定とかキャラクターとかはそんなに煮詰めないで軽い気持ちで書いてみたら?」
「そんなものなのかな?」
「だって、ネット上で小説家志望とか、漫画家志望の人のSNSとか読んでみると、頭の中で色々考えているだけで実際には何も書かない、自称天才がいくらでもいるもの。とにかく、創作活動がしたいなら、書かないのが一番悪い」
「黒ちゃんの考え方は、一々極端だね」
「そうかな?」
「だと、思うけどね」
「そういえば、さっき言った花村萬月だけどさ」
「うん」
「二年で小説家になれなければ、きっぱり諦めるって決めて、それからは暇があれば小説を書いて文学賞に投稿し続けたんだって。それで、本当に二年以内にプロデビューできちゃうんだから、やっぱり才能のある人は違うわよねー」
「へー、すごーい」
「『才能がない人にあなたは才能がないですよっていうことを、どう言ったらわかってもらえますかね』」
「それ、あれでしょ。山田風太郎をインタビューした本『コレデオシマイ』の中で、インタビュアーの編集者が言った言葉だよね」
「そうそう。これって、編集者の本音だと思う。そのほとんどが箸にも棒にもかからないような、下らない小説を読まされて嫌気もさすでしょう」
「でも、中には本当に才能がある人もいるでしょう」
「まあ、いるけど。そんなのはほんの一握りだからね。本屋に並んでいる小説はそうした才能のある人たちの産物だからね。それでも、その中で特に才能あって専業作家になれる人もさらに少ないけどね。さっき話に出た山田風太郎なんて、学生時代、家庭の事情でおこづかいが貰いにくい立場だったから、小遣い稼ぎに懸賞小説に応募して、それが毎回当選するものだから、編集者から毎回同じ人が当選するのはまずいって言われてペンネームを変えて応募してたりしてたらしいしね」
「でも、何年も何回も投稿して、プロデビューして成功した人とかもいるでしょ」
「確かにね。浅田次郎なんかはそのパターンね。でも、浅田次郎は文学賞に当選したパターンじゃないけど。そういえば、井上夢人の『おかしな二人』っていう自伝本の中で、プロデビューするまでの苦労話や試行錯誤の話なんておもしろかったわね」
「岡嶋二人は過小評価されてる作家の一人よね、いや二人か」
「あの、先輩」
「何?」
「その“岡嶋二人”って誰ですか?」
「江戸川乱歩賞を受賞した推理作家よ。この作家は珍しく二人組で小説を書いていたの。常に高いレベルでエンターテイメントとしての推理小説をコンスタントに発表していたわ。宮部みゆきや、東野圭吾もアマチュア時代ファンだったって公言してたわ」黒子が言った。
「へー、宮部みゆきと東野圭吾がそう言っていたなら、きっと面白いんでしょうね。でもそれほどの人なのに、聞いたことがないです」
「もう、随分前に解散しちゃったし、一人はもう亡くなっているけど、もう一人は井上夢人っていうペンネームで今も活躍してるみたいよ」
「“みたい”ってまたあやふやね」
「私は推理小説はめったに読まないからね。でも話は戻るけど『まことに残念ですが…』っていう本があるのよ」
「どんな本なんですか?」
「後に不朽の文学作品と認められたり、ベストセラーになったりした小説を出版社に持ち込んだときに、それを読んだ編集者がその価値を見いだせずに、『まことに残念ですが…』っていう調子で、作家に出版を断る手紙を送るんだけど、その手紙を集めた本ね」
「へー」
「まあ、だから小説なんて書いてみないとわからないところがあるのは確かよね」
キーンコーン、カーンコーン
「あ、下校のチャイムが鳴った。そろそろ帰ろうか。私の小説の話はまた今度」
「まあ、覚えていたらまた話のネタにしましょ」
「私はもっと先輩たちの話が聞きたいんですけど、仕方がないですね」
「ところで、黒ちゃん」
「何かね? 白ちゃん」
「私が『小説を書きたい』って言ったとき、色々語ってたけど。黒ちゃんも一度は小説を書きたいって思ったことがあるんじゃない? もしくは書いたことがあったりして」
「なるほどね。だから、白ちゃんはあの時笑ったわけか。お察しの通りよ。でも、書いたはいいけど、読み直してみたら才能の欠片も感じられないシロモノだったわ」
「でも、私は黒ちゃんの書いた小説を読んでみたいなー」
「わ、私もクロ先輩の書いた小説を読んでみたいです!」
「まあ、とりあえず今日のところは帰りましょ」