歌姫は歌う、誰よりも明るい笑顔を浮かべて
支度を終えた歌姫は、一人、控室で出番を待っていました。
今日は、世界を救った勇者と、お姫様の結婚式。
二人の門出を祝うと同時に、平和で明るい時代が来たことを示す、大切な儀式の日です。
「二人の門出に、寿ぎの歌を」
国王からそんな依頼が舞い込んだのは、先月のことでした。
◇ ◇ ◇
荒れた世を慰めんと、一人歌い続けた母の遺志を継ぎ、幼い頃から歌い続けていた歌姫。
その歌声は人の心を慰め、魔の物すら鎮める力を持っていました。
『その力を、貸していただけないか』
まだ十三歳の小娘に跪き、騎士の礼を取った若者。
絶望に覆われた世に灯る、希望の光たらんと戦う彼。
鋼の意思が宿る眼差しに見つめられ、少女は頬をほてらせて若者の手を取り、吟遊詩人として同行しました。
やがて若者は成長して、勇者と呼ばれるようになり。
吟遊詩人もまた、歌姫と呼ばれるようになりました。
つらく苦しい旅を乗り越え、多くの人の力を借りて、勇者はついに平和を取り戻しました。
『君が力を貸してくれたからだよ』
そう言って差し出された勇者の手を握り返しながら。
歌姫は、勇者との旅が終わってしまう寂しさを、必死の笑顔で隠しました。
◇ ◇ ◇
まもなく出番と告げられて、歌姫は静かに大きく深呼吸しました。
「さあ、行くよ──歌姫」
鏡に映る自分にそう告げて、歌姫は控室を出て、会場へと向かいます。
王宮の大広間、かつてともに旅をした仲間たちも含めた大勢の招待客が、歌姫の登場に歓声をあげます。
「ご結婚、おめでとうございます」
生涯の愛を誓い合ったばかりの二人に寿ぎを述べ、歌姫は舞台に上がりました。
並んで座り、幸せそうに微笑む、勇者とお姫様。
その姿に目頭が熱くなり──歌姫は己を叱咤します。
私は、歌姫。
一人の女としての想いは、今は忘れなさい。
彼が誰のために戦っていたかなんて。
最初から、分かっていたでしょう。
「お二人の門出に、心からの祝福を」
歌姫は竪琴をつま弾きました。
天よ。地よ。人よ。
森羅万象、あまねくすべてよ。
二人の門出を祝いましょう。
二人の門出に続く、平和な時代を祈りましょう。
歌姫は渾身の祈りを込めて、魔を統べる者すら魅了した美しい声で歌います。
そのあまりのすばらしさに、見ている者は息をすることすら忘れました。
透き通るような、その歌声と。
心からの祝意を表す、その明るい笑顔は。
誰もが「女神が歌っているようだった」と称える、歌姫の生涯最高の舞台となりました。