ほくそ笑むのでお構いなく!
長編にも出来そうな設定を色々考えていましたが、取り敢えずは短編にしました
誤字ご報告ありがとうございます。感想も頂けて嬉しいです<(_ _)>
「まぁ……何てことをなさるの、ファティラ様」
声を震わせてそう訴える声に、私は花壇の植え込みに身を潜めた。
あの声はタミア=アゴルト男爵令嬢だ。そして彼女にファティラ様と言われたお方はファティラ=バイレント公爵令嬢だ。
「まあぁ?当然でございましょう?この夜会は高位貴族しか招かれていないはず。どうして下位貴族のあなたみたいな方がいらっしゃるのかしら?」
負けじとファティラ様がホホホと声を出して笑っている。
まあはっきり言うと女豹対毒女の戦いである。私の個人的な見解ではどちらも根性悪の根腐れ女なのでどっちが勝とうが負けようが興味は無い。ただこの空間に私がいるとバレると、どちらかの味方をせねばならないのかもしれないと警戒して隠れているという次第だ。
これ、第一王子殿下を巡る公爵家の正式な婚約者候補と可愛い恋人(愛人?)の愛の愛憎劇ね。
…というより愛っていうより第一王子殿下のケーゼナイト殿下の嫁という権力を欲する熱き女の戦いってところかしら。しかしね、今ここでは無駄じゃないかなと思っているのよね…だってね。
「招待状も無くどうやって入ったのかな?警備の者達は何をしているんだ…後で鍛錬し直しだな」
「あの……ケーゼナイト殿下、私と一緒に繁みに隠れなくても宜しかったのでは?」
そう言って私が後ろを向くとケーゼナイト殿下は私と似たような姿勢で繁みに隠れて小首を傾げて笑っている。
「だってネレアイーデも隠れてるじゃないか?」
「私はいいのです、見つかって巻き込まれたら困りますので」
「女性って面倒だね…」
もう、当事者でございましょう?ご自分の婚約者候補とご自分の恋人で御座いましょう?と心で殿下に詰め寄っておく。
「そうですわ~殿下にお伝えしておきましょうかしら~ネズミが紛れ込んでましてよって?」
「まあ、オホホ…お生憎ですが殿下は私と常にご一緒ですのでご進言するお時間が御座いますかしら?」
「…フンッ!」
「失礼っ!」
令嬢方は足音も高らかに回廊からいなくなった。2人の足音が遠ざかった所で立ち上がろうとして、差し出された手に気が付いた。
ケーゼナイト殿下の御手だ。
「ありがとうございます」
手を添えると、私の体を引っ張り上げてくれた。背の高い…そして軽薄な王子殿下。整った顔で何かいやらしい笑いを浮かべているのも癇に障る。
「いや~まだ婚約者候補のあの方も、一回付き合っただけで恋人気取りのあの令嬢にも困ったものだなぁ」
そのご報告は必要でしょうか?私は胡乱な目でケーゼナイト殿下を見た。
「そんなふしだらなことをされているから、自身の爵位や立場も鑑みずに浮つく令嬢が増えるのですわ」
「だよね~うん」
ケーゼナイト殿下に手を引かれたまま庭から回廊に戻り、そして回廊のテラスのソファに座る。実はこういう殿下を巡る令嬢同士のいざこざの遭遇も初めてではない。
一番最初は、ケーゼナイト殿下とタミヤ様の前の前の(だったか?)恋人と一緒に居る所にファティラ=バイレント公爵令嬢が現れた時に、私が偶然居合わせたのだ。
その時、私は庭の奥の温室の手前の噴水で1人休んでいた。昔からお酒が苦手で酔うと絡んで来る大人も苦手だった。そして疲れた足を揉み解していると、庭の向こうから人の話し声が聞こえてきたのだ。
まさかの温室で逢引きとか?これは気まずい!どこかに隠れて、と慌てて背の高い繁みの奥へ身を潜めた時に、ケーゼナイト殿下と婚約者のファティラ様と恋人の修羅場に遭遇してしまった…という訳だ。
「まああ~これは殿下のお傍におられても尚、気が付きませんでしたわ~本当に夜空に溶け込んでしまいそうなお体ね」
「まああ、これはファティラ様。あまりの眩しさに宵闇でも眩暈を起こしそうなお姿ですこと」
恋人の方は体は地味で、婚約者候補の方は肉厚で派手?ということかしら?
しかしどんなお顔をしてお互いに罵っているのかしら…と、ついつい気になって繁みの隙間から覗いていると…………ケーゼナイト殿下と目が合った。
暫く殿下と見詰め合った。ずっと瞬きもしないで見詰め合っていた…
やがて殿下と恋人は立ち去った。ファティラ様もブツブツ文句を言いながら立ち去った。
殿下は絶対こちらを見ていた。どうしよう…私の事、誰か分かったのかしら?不敬だと罰せられるのかしら。急いで会場内に戻ろうとして、廊下の横から伸びてきた手に捕まった!
「っひ!」
「しっ!声を出さないで!」
私を掴んだのはケーゼナイト殿下だった。それからこれを理由に脅さ…呼びつけられることが増えて、もしかするとワザと対決の場を作っているんじゃないかと思うほど、殿下を巡る愛憎劇を見せられている。
そして争いが終わった後の令嬢方を見送った後、2人でお茶を飲むのも定番化している。メイドの方に給仕のお礼を言うといつも困ったような笑顔を浮かべられる。
こんなつまらない覗きに付き合わせてすみません…
「殿下、ご存知です?タミア様がファティラ様に嫌がらせされていると、あちこちで吹聴されてますのよ?」
「へえ?」
「おまけにファティラ様がタミア様に本当に嫌がらせされてるのも、先日見てしまいましたわ」
「ほぉ」
「真面目にお聞きになられてます?」
ケーゼナイト殿下はニヤニヤしながらお茶を飲まれている。
「ネレアイーデ、じゃあこれは知っている?タミアが嫌がらせされていると自分で偽装工作まで始めたそうだよ」
「まあっ!…なんて卑劣な…」
「なーんか私は仲間外れだなぁ~」
「…………」
やっぱり何かおかしいわ。殿下がわざと煽っている気がする…このまま行ったら、婚約者候補のファティラ様はタミア様を執拗に苛めた令嬢として醜聞に晒される。
私が知っているだけでも、嘘か本当か分からないけれど、ならず者にタミア様を襲わせようとした…とか、毒を盛って殺そうとしたとか、噴水の前で突き飛ばし、ずぶ濡れにして手首の骨折まで負わせたとか。
これが嘘か本当かなんて…噂になってしまえば関係ない。どちらの令嬢も醜聞に晒される。
穿った見方をすれば、ケーゼナイト殿下はわざと令嬢同士の潰しあいをさせているように見える。
少なくとも私の目にはケーゼナイト殿下の態度や言動はそうとしか思えない。どちらの令嬢も本気で好きじゃないのよね…罪な方。
「なんだい?ネレアイーデ、そんな色っぽい目で私を見て?」
「呆れているのですわ。そこまでして…はぁ、まあいいですわ。ほどほどになさいませんと…」
「はーい♡」
こういう軽口を叩けるくらいにはこの殿下とも仲良くなっているのよね。不本意ながら…
この覗き見の夜会から数日後
父のナリガーデラ侯爵に、買い物から帰って来た早々、部屋に呼びつけられた。こんな時間にお父様が帰ってきていらっしゃるの?そう、父は侯爵であり軍の大元帥だ。因みに領地の方は長女の姉と姉婿のお義兄様が治めている。お義兄様は元お父様の副官だった。怖い見た目の有能な少佐だった。
めっちゃ強面のお義兄様と可憐なお姉様は恋愛結婚だ。
それはいいのだけど、お父様どうしたのかしらね?父の私室を訪ねた。
「ネレアイーデです」
「入って」
あら?お父様の部屋からお兄様の声が……お兄様もいるの?
私のすぐ上の兄も軍属だ。これまたこの時間に屋敷にいるのもおかしい?
不信感いっぱいで扉を開けて室内に入ると、父も兄も若干怖い顔をして私を見ていた。
これアレだ、とうとうケーゼナイト殿下と一緒に見ている趣味の悪い覗きがバレたのかな?どうするのよぉ〜殿下ぁ!
はっきり言ってしまうと私は貰い事故だと思うのよねっ!
「ネレアイーデ掛けなさい」
「はい……」
はああ…やだなぁやだなぁ…気まずくて私の前に座る父と兄のゴツゴツした手を見て下を向いていた。
「実は……」
何故言葉を溜めるの?お父様、一息に言っちゃって!
「ケーゼナイト殿下が近々、婚約者候補のファティラ=バイレント公爵令嬢を婚約者候補から外すので……ネレアイーデを次の妃候補にとの打診がきた」
ん?
予想外の言葉で固まってしまう。
「今、何と言いましたか?」
「ケーゼナイト殿下からお前に婚姻の打診がきた」
「…………え?」
私は、若干の怒りを覚えながらケーゼナイト殿下へ面会の取り次ぎをお願いする手紙を出した。返事はすぐに来た。私は待ち合わせ場所に指定された王城の中庭に突撃した。
ケーゼナイト殿下は涼し気な顔で、先にいらして私を待っておられた。
「殿下…どういうことでございますか?」
「あれ?挨拶をくれないのかな?」
不敬だが、内心…扇子でケーゼナイト殿下の頭を叩きたいと思いつつ…ご挨拶をしてから中庭に設置された椅子へ腰掛けた。
ケーゼナイト殿下はご機嫌だった。
「ファティラ=バイレント公爵令嬢を婚約者候補から外すことになりそうだ。まあ詳細はネレアイーデも承知していると思うが、タミア=アゴルト男爵令嬢への傷害未遂等々…逆にタミア=アゴルト男爵令嬢はファティラ=バイレント公爵令嬢への脅迫未遂、婦女暴行未遂…どちらのご令嬢も証拠は揃っている。なあ?婚約者候補から外すのと罪の暴露は夜会の会場で大勢の貴族の前で大々的にしてあげるほうがいいかな?その方が本人達も恥ずかしさと己の愚かさを顧みることが出来るかな?」
「……出来ればご令嬢方と二人きりの時に申しあげるほうが…紳士的ですわよ?」
無駄だと思うけど、ケーゼナイト殿下にそう進言してみた。
ケーゼナイト殿下は小首を傾げながら微笑んでいる。
「そうか~その方が紳士的かあ、でも私は野蛮な殿下だから、夜会会場でお披露目しちゃおうかな!ネレアイーデをエスコートするから、その夜会には必ず参加するように」
「………承知致しました」
本当にケーゼナイト殿下は根性がお悪い方だわ…でもこうでなきゃ、王宮なんて伏魔殿で優雅に渡り歩いてはいけないだろうけれど…それにしてもタミア様もファティラ様もツイて無いわね…こんな、顔は精悍で素敵だけど腹黒な王子殿下と巡り合ってしまって……あら?私も一緒かしら?
「それはそうと、ネレアイーデ…私との婚姻の話は聞いている?受けてくれるのかな?」
わざとらしい…
「拒否なんて出来ませんでしょう?王族からの打診ですもの」
ケーゼナイト殿下は胡散臭い微笑みを浮かべた。
「あれぇ?そうなの…でも受けてくれるよね!覗き見友達だもんな」
無邪気なフリして…
「……はぁ…いつから私を引き入れる算段をされてましたの?」
ケーゼナイト殿下は目を丸くした。
「え~う…ん?あのネレアイーデと温室で運命的に出会った時からかな」
ほぼ、最初からこれの仲間にしようと狙われていたのか…
「でも婚約の件は出来るだけ早くしたくなったんだよ。ファティラ=バイレント公爵令嬢って苛烈な性格だろ?」
「まあ…そうですわね。下位貴族のご令嬢には特に厳しくあたってましたね」
「私はああいう身分をひけらかして、煩く叫ぶご令嬢が心底苦手だ。だが相手は公爵令嬢…中々破棄に出来る材料が揃わなくてね、向こうから崩れてくれるのを狙ったんだ。上手い具合に根性の据わった男爵家の令嬢が現れて非常に優秀な好敵手になってくれた訳だ」
腹黒……
「わざと暴れてくれそうなご令嬢方同士の対立を煽ったという訳ですね?それにしては双方過激な手段に出てますが…」
ケーゼナイト殿下は目を細めて私を見た。
「うん…そうだね。お互いに手段を択ばなくなってきて…私の大事な者にまで手を出そうとしてきたからね…私だって怒っているんだよ」
「大事なモノ…」
何だか分からないけれど、ケーゼナイト殿下的に許し難い所まで踏み込んできた、という事かしら?
「…と言う訳で、ネレアイーデはこれからも宜しくね!」
もうケーゼナイト殿下の中では私との婚姻は決定事項なのね。仕方がないかしらね…一緒に悪巧みに加担したみたいな感じになっちゃったけど…
「はぁ……何度も申しますが、ご令嬢方を衆人環視の前で辱めるのはやめて差し上げませんか?同じ子女として辛いですわ…」
「え~だって、ファティラなんて暴漢まで雇って、夜会の会場から連れ出して拉致して暴行しようと計画してたんだよ?暴漢全員、捕まえたけどね」
「まああっ…それは流石に酷いわ…」
「でしょ?おまけにタミアなんて偽の招待状で茶会に呼び出して、知り合いの子息達に襲わせようとしていたんだよ?子息全員、僻地に飛ばしてやったけど」
「まあっ!それも恐ろしいですわね…」
確かに言葉にして聞くだけでもタミア様もファティラ様も、とんでもない悪辣なお考えをしていらっしゃるわ…
「ネレアイーデの為にもタミアもファティラも早く処罰しないとね!」
「ん?」
今、言葉の中に変な単語が混じってなかったかしら?
聞き返そうとしたけれど、ケーゼナイト殿下はお茶を飲み始めてしまったし、もう聞くな…という気配を感じる。
まあ…いいか。
「今後ともよろしくお願いいたします」
「は~い♡宜しくね!」
私もお茶を一口飲んで、一息ついた。
私の目の前で優雅にお茶を飲む王子殿下。
覗き見友達から婚約者になる予定の、ケーゼナイト殿下の顔をぼんやりと見詰めて小さく溜め息をついたのだった。
ご読了ありがとうございました^^