ムーロ王国へ 4
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1/1、1/11も更新します~
マッキオは相変わらず私に遠慮することなく馬車を爆走させ、予定より早く我が家に到着した。
「ねえ、門に入ったら止まってくれる? 久しぶりだから歩いて行くわ」
小窓を叩けば、マッキオが「かしこまりました」と答える。
馬車を降り、長旅のお礼に馬の鼻先をひと撫でした。そのまま玄関ではなく屋敷の裏の練習場に向かった。ここでは弟子たちが日々鍛錬に励んでいる。
練習場の入り口からこっそり中を窺うと、50名ほどの弟子たちがランニングしていた。かなり遠いのだが、ドレスを着てここへ来るのは私くらいなのですぐにバレた。全員が一斉に歓声を上げ、手を振ってくれた。
半年前まで私も一緒に走っていたのになあ。
家を出た時よりも緑の濃くなった木々を眺めながら、ゆっくりと歩いて玄関に向かった。生まれた時からずっと住んでいたはずの屋敷を見上げると、その高さは首を反るほどだった。
こんなに大きくて広かったかしら。
すっかりアメーティス公爵家の豪奢な屋敷に慣れてしまったのか、自分の生まれ育った家が他人の家のように感じた。
玄関前で待っていてくれた使用人たちに挨拶をし、重い玄関扉をくぐると、一番に母の笑顔が見えた。その横には4人の姉たちと弟が立っていた。姉たちの髪にはひとりひとりデザインは違うが、4つの円が連なる髪飾りが付けられている。結婚した姉の髪にも付けられているのを見て、私は嬉しくなった。
「ミミ姉様!」
「テオ!」
私の顔を見るなり飛び込んで来た弟のテオドリーコを両手で受け止める。小さくて華奢だった体はずいぶんと重くなっていた。背も伸びた気がする。しかし、私を見上げる笑顔は全く変わっていない。姉弟の中で一人だけの赤茶色の髪をがしがしと撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。
「お前……なぜすぐに屋敷に入って来なかった……」
どこかから地を這うような低い声がして、見上げれば扉のすぐ隣で恐ろしい顔をした父が立っていた。それを見た母が口に手をあてて笑う。
「お父さんたらミミを驚かせようと隠れてたら、荷物持って入ってきたマッキオをミミと間違えて抱き上げちゃったのよ」
「せめて持ち上げる前に気付いてほしかったわ」
「抱き合ったお父さんとマッキオが真顔でしばらく睨み合ってて……久しぶりにあんなに笑ったわ」
姉たちも声を上げて笑い出した。話の内容が分かっていないテオドリーコもつられて笑っている。彫りの深い目元に暗い影を作って、父だけが背後に怒りの炎をメラメラと燃やしていた。
「ごめんね、やっぱり練習場を先に見に行っちゃったの」
「さすが我が娘マリーア! まず弟子の様子を見に行くとは!」
急に機嫌の良くなった父が背中をばしんと叩いた。居間の方からは紅茶の良い香りがしてきて、急に旅の疲れを思い出したような感じがする。
「ミミ、まず言うべきことがあるんじゃない?」
テオドリーコと手をつないで居間に行こうとした私の腕を引っ張って、二番目の姉ニーナが言った。そうだったわ、と私は振り返って皆の顔を見回した。
「みんな、ただいま」
家族全員が集まっての昼食は久しぶりだった。上の姉二人は既に結婚して家を出ていたので、ある程度の理由がなければこうして勢ぞろいすることなどここ数年なかったのだ。
「ねえ、母さん、見て! ミミが足を閉じて座っているわ」
「まあ、本当だわ。こんな日が来るなんて」
三番目の姉サンドラと母が涙ぐんでいる。もちろん嘘泣きだ。
「それにしても、ミミがまさかルビーニ王国の王太子様捕まえてくるとはねえ」
四番目の姉ジョンナが大きなパイを切り分けながら言った。
「私もまだ信じられないわ。だから、ニーナ姉さんの話をしっかり聞いて帰ろうと思って」
「ムーロ王国とルビーニ王国では規模が違い過ぎて参考にならないわよ」
なんとニーナはこのムーロ王国の王太子妃だ。誘拐されそうになった王太子をニーナが救ったのを馴れ初めに結婚した。二人はとても仲睦まじく暮らしている。
「ねえ、ミミ姉様、庭で遊ぼう」
「いいわよ、お皿のお肉を全部食べてからね」
「ん!」
私のドレスの袖をそっと引っ張っていたテオドリーコは、ふくふくとした頬っぺたをピンク色にして大きく頷いた。早く遊びたくて大きな肉にかぶりついて、母に怒られている。
「そうだ、姉さんたちと母さんには、アイーダおススメの香油とせっけんをたくさん買って来たわ。父さんには万年筆とタイピン。使用人の皆にもルビーニ王国の王都でいろいろ買って来たから皆で分けてちょうだい」
背後で侍女たちがきゃあ、と声を上げる。田舎のムーロ王国では売っていない日用品が、ルビーニ王国では売っている。とても品質が良くお値段もそれなりにするので、おみやげとしてとても喜ばれるのだ。
そうしているうちに、テオドリーコが口に頬張っていた肉を水で流し込んだ。
「全部食べた!」
「えらいわねえ、テオ。じゃあ、行こうか」
私はテオドリーコを抱き上げて椅子から降ろしてあげた。すぐに伸ばしてくる小さな手が可愛い。私たちは手をつないで部屋を出た。
庭に出ると、テオドリーコは我慢できずに私の手を振りほどいて走って行ってしまう。我が家の庭は見渡す限り続く広大な草原になっているので、いくら走り回っても姿が見えなくなることはない。
「姉様ーこっちだよー」
「はいはい」
私はショートブーツの紐をしっかり結び直して全力でテオドリーコを追いかけた。本気で走れば3歳児になんてすぐに追いつくことができる。捕まえた、と抱き上げれば、きゃあ、と悲鳴を上げて喜ぶ。
「姉様、今日は一緒に寝てくれるでしょう?」
「そうね、いいわよ」
「やったあ、楽しみ!」
テオドリーコは私の変顔数え歌が大好きなのだ。毎晩せがまれていた数え歌でレナートを落としただなんて、絶対誰にも知られたくない。決して言わないようにレナートに口止めをしなければ……!
芝生に座って一緒にストレッチをしていると、楽しそうにしていたテオドリーコが急に悲しそうな顔をした。
「あのね、僕、まだじゅうはちの型までしかできないの」
「あら、すごいじゃない」
「ううん、ミミ姉さまは僕と同じ年の頃にはにじゅうごまでできたって」
テオドリーコがしょんぼりとして項垂れた。誰だ、とりわけ筋の良い私と可愛い3歳児を比べた奴は。一度私が気合入れ直してやらなければ。
「姉様、いいの。僕がんばるから」
「ごめん、聞こえちゃったんだね」
テオドリーコに気を遣わせてしまった。私は何て不出来な姉なのだろう。
「テオは腕も足も太いから、きっとこれからとても大きくなるわね。私よりずっとずっと強くなるわよ」
「本当? 僕大きくなれる? 父様くらい?」
「……そうね、きっと、間違いなく、悲しいほどに」
私は涙が落ちないように空を見上げて遠くを見た。天使の様に可愛らしいテオドリーコは、あのごつくて厳つくて人相の悪い父の子供の頃の絵姿に瓜二つなのだ。成長するにつれて、少しずつ父のようになっていくのだろう。私はこれほど遺伝と言うものを恨んだことはない。
「レナート殿下のように足が長くなりますようにー」
私は芝生に座るテオドリーコの足を一生懸命さすった。
「れなーとってだあれ?」
「ミミ姉さまの旦那様になる人よー」
「強い?」
「ルビーニ王国で一番偉い人になる人よ」
「わあ、すごーい。きゃはは、くすぐったいよ、姉様」
きゃっきゃと喜ぶテオドリーコが可愛らしくって、足の裏をくすぐったりして戯れているうちに、気が付いたらテオドリーコの両足を持ってジャイアントスイングしていた。
やばい、次期公爵に私は一体何てことを。
テオドリーコは楽しそうに笑っている。止めるなら今だ。そっと地面に下ろすのだ。
「って、うわーー!!」
体勢を変えた瞬間に手がすっぽ抜け、テオドリーコがぴゅーんと空高く飛んで行ってしまった。きゃー、とテオドリーコの悲鳴が聞こえる。慌てて追いかけるが間に合わない!
姉の名前は、長女(一番上)イデア 、次女ニーナ、三女サンドラ、四女ジョンナといいます。
なぜって、私が間違えないために! 四女がちょっと厳しいよね~
マリーア「ゴリーアじゃなくて良かった……!!」