【アニメ化☆決定】ノベル6巻&コミックス9巻 同時発売記念SS
\ 【祝】2026年春 TVアニメ化決定 /
11/7(金)ノベル6巻 & コミックス9巻 同日発売!
釣り上げよろしくお願いいたします!
王城を歩けば、すれ違う皆が駆け寄って来て挨拶してくれる。
庭を散歩すれば、窓からのぞいていた人たちが声をかけてくれる。
「でも! それじゃあダメ! ダメなのよ!」
私はソファから立ち上がってそう叫んだ。
隣に座っていたアイーダがティーカップを傾けながらちらりと私を見上げる。
「まあ、ミミ。あなたって意外とよくばりさんなのね。これ以上を望むだなんて」
「違うわ。そうじゃなくって! ほら、さっきのことを思い出してよ、アイーダ」
「さっきのこと?」
アイーダが可愛らしく小首を傾げた。
「さっきの王妃様のことよ。廊下ですれ違って、挨拶したでしょう」
———それは今から少しだけ前のこと。
ばったりアイーダと出会った私は、アイーダにお茶に誘われた。
「次のパーティの席次を決めるように言われていたでしょう。その相談をしながら……どうかしら」
どうかしら、と言いつつ、アイーダの圧がすごい。貴族同士の交友関係や力関係などをいろいろ考慮しなきゃいけないから、これは私がとても苦手としている仕事の一つなのだ。なるべく後回しにしていたのだけど、誰かしら、アイーダにチクったのは。
「……ミミ? 今」
「そうね! パパっと決めてしまいましょう!」
くるりと身を翻してアイーダに背を向けた私は、廊下の奥にたくさんの人がいるのに気付いた。護衛の向こうに見えるのはいつも落ち着いていて品のある侍女の皆さん。と、いうことは。
私とアイーダは廊下の端に寄り、同時に軽く頭を下げる。
「ごきげんよう! 王妃様!」
「ごきげんよう。王妃様」
声を掛けられてやっとこちらに気付いたフリをした王妃様が、さっと扇を広げて口元を隠す。眉間に軽くしわを寄せ、上から下まで私たちの姿をじろりと眺めた。
「ごきげんよう。マリーア妃、アイーダ妃。ここで何をしているのかしら」
顔を上げたアイーダがにこりと微笑んでこたえる。
「これからミミと一緒に次回のパーティの席次の相談をしようと思っております」
アイーダがすらすらとこたえる様子に王妃様が眉間のしわをさらに深くする。
「まあ、まだ決めてなかったの。手伝ってさしあげたいのは山々ですが、わたくしは本日これから外出する予定です。困ったことがあったらバーバラにお聞きなさい」
王妃様のすぐ後ろに控えていた白髪の侍女バーバラが真顔で目礼する。彼女は王妃様が王家に嫁いだ頃からずっと仕えているベテランの侍女だ。
「今日も浮つくことなく王子妃としてきちんと励むのですよ」
「はい! 王妃様」
「かしこまりました」
よろしい、と頷いて、王妃様がさっそうと去ってゆく。でも、去り際に私たちにだけ見えるようにぱちりとウインクしていった。
「王妃様の姿が見えなくなるまで廊下はしんと静まり返ってたわ」
「そうね。王妃様が城内を歩かれる時はいつもそういう感じよ。でも、それがどうしたの? ミミ」
アイーダが呆れ半分のまなざしで私を見やった。
立ちあがったままの私は両手を広げ、舞台俳優さながらに声を張り上げた。
「どんな困難にも負けない勇気! 日々勉強に励む真面目な姿勢! そして、誰もが見ほれるこの気品! エレガントな淑女と名高い私に足りないもの! それは! 威厳!! 近寄りがたくも憧憬の眼差しを送らずにはいられない……そんな威厳が私には足りないのよ!」
「…………ええと、そうね。まずは落ちつきましょう、ミミ?」
「愛されるだけではいけないのよ! アイーダ! 国母として大切な国民を守るためにも、私はもっともっと成長しなければ! というわけで、さっそく行ってくるわね」
私はそう言って、背筋を伸ばしつつ大股で扉に向かった。
「どこに行こうって言うのかしら」
いったいどうしてその優雅な動作でそんなに早く動けるのか分からないけれど、アイーダがすかさず私の隣に並んで歩き始めた。
「とりあえず城内をひと廻りして、私が孤高の存在だって知らしめてくるわ」
「ミミの言う、威厳や孤高が私の認識とはかなり違うような気がするから、付いて行くわ」
「えっ、そんな悪いわ。アイーダはここで待ってて」
「いいのよ。ミミ。気分転換にひと廻りしたらここに戻って来て、一緒に席次を決めましょうね」
「やっぱりバレてたか」
「そんな顔してもダメよ。あなたのことはぜーんぶ分かってるんだから」
アイーダがそう言って、うふふ、と麗しく笑う。
廊下に出た私たちに、ちょうど通りかかったメイドたちがにこやかに挨拶をした。アイーダも小さく頷くようにしてにこりと口の端を上げた。メイドたちがその上品さに瞳を輝かせる。
「お待ちなさい」
にこやかに笑い合っている彼女たちの前に私はずずいと歩み出た。
「もしかして今の小さな声、挨拶だったのかしら」
「ミミ」
「いやだわ、子猫が鳴いているのかと思ったじゃない。可笑しくってお茶を沸かしたおへそが踊り出してしまいそうだわ。おーほほほほ」
私はメイドたちを嘲るようにのけぞって笑った。ちなみに、参考にしたのはロザリアの高笑いだ。
しかし、メイドたちも手を口にあてて一緒になって笑い始める。
「マリーア様ったら相変わらず面白いですね!」
「私たちが子猫だなんて、照れちゃいます」
それでは、失礼いたします。と言って、メイドたちは歩いて行ってしまった。
「あれ? 怒られて怖がるところなのに」
「慣れないことはしない方がいいわよ、ミミ」
アイーダにそう言われても、私は聞こえないふりをしてまた廊下を進んだ。
今度は階段下にいる一人のメイドを見つけた。
「ちょっと、あなた」
ハッとしたメイドが顔を上げた。掃除の途中だったようで、片手にモップを持っている。水のたっぷり入ったバケツをこれから持ち上げようとしていたらしい。
階段を駆け下りた私は、そのメイドの前に華麗に下り立つ。
「どうやらバケツを二階に運びたいのね。そんなか弱そうなへっぴり腰じゃ、まともにバケツを持つこともできないんじゃありませんこと?」
きょとんとしているメイドの目の前で、私はこれ見よがしに軽々バケツを持ち上げた。そして、話す間を与えずに階段を駆け上がった。半分ほど登ったところで振り返って言った。
「ご覧なさい。バケツの水は一滴たりとも零していないでしょう? 恐れおののくといいわ。王城のメイドたるもの、これくらいはできてほしいものね」
「わああ、本当だわ! すごいです! マリーア様」
「おーほほほほ。そうでしょう、そうでしょう。もう一回見せてあげるわ。そこで指をくわえて見ていなさい、私のエレガントな走りを!」
私はもう片方の手でスカートを持ち上げ、一気に二階まで駆け上がった。メイドがにこにことしながら、私の後をついてくる。
「ありがとうございます、マリーア様。重くて困ってたんです。助かりました」
「どういたしま……違った! 全く、これくらいのこともできないなんて、最近の子は本当に、ええと、仔ヤギのように弱弱しくて心配になってしまうわ」
「仔ヤギ可愛いですよね~。私の実家は山奥にあるので、ヤギを飼ってたんですよ」
実家のことを思い出しているのだろう、メイドは懐かしそうに目を細めた。
うぐぐ、と歯噛みした私はバケツを床に置こうとしたが、木製の持ち手がひび割れているのに気付いた。
「あら、割れているわ。これじゃあ持ちづらいでしょう。すぐに備品係に伝えて、修理させるわ。いえ、もっと持ちやすい持ち手に変更させましょう。おほほ、どう? ショックを受けたでしょう。だって、持ちやすくなったら掃除が早く終わってしまって、次の場所の掃除へまた行かなければならなくなってしまうものね」
「ありがとうございます! 移動が早くなったら仕事も進めやすいです」
「あっ、待って。そうじゃなくて」
「よーし! いつもよりもたくさんの所を掃除しちゃうぞー!」
メイドは元気よくバケツを持って向かいの部屋へ入って行ってしまった。
「うーん。怖がらせるってむずかしいわね」
「王妃様は別に怖がらせてるわけではないのよ。威厳ってそういうものではないわ」
「そうだわ! やっぱり得意なことからやった方がいいわよね。運動場で騎士団を怖がらせてこよう」
「聞いて、ミミ」
その後、私は騎士団の練習に参加し、パンチ一発で騎士を三人吹っ飛ばし、拍手喝さいを浴びて部屋へ戻って来た。
「慣れていないことはしない方がいいって言ったでしょ、ミミ」
向かいのソファに座ったアイーダがゆっくりとそう言った。微笑んでいるけれど、目が全く笑っていない。
「そうね。私にはやっぱり威厳なんてものはないんだわ」
しょぼぼん、と肩をすくめ、私はバーバラが丁寧に淹れてくれた紅茶に口をつけた。
「王妃様のようにならなくていいのよ。ミミはミミのままでいい、って、いつもレナート殿下がおっしゃってくれているでしょう」
「うん……」
「あなたはあなたらしい王妃になればいいのよ」
アイーダはそう言うと、今度は優しく微笑んでくれた。子供の頃から見慣れた大好きな笑顔だ。
「ありがとう、アイーダ」
「私はいつだって正直で親切なミミが大好きよ」
「私も! 私も今、アイーダのこと大好きって思ってたの!」
「うふふ。ありがとう」
アイーダがティーカップを品よく傾ける。
「仕事をサボらないミミはもっと大好きよ」
「あっ……」
「淑女教育もしっかりと頑張るミミはもっともっと大好き」
「……頑張ります……」
アイーダが嬉しそうに肩をすくめて笑う。
観念した私は腕まくりをして、テーブルの上に広げた席次表とにらみ合いを開始した。
皆様の応援のおかげでアニメ化が決定いたしました。ありがとうございますm(_ _)m
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ノベルの書影は私の活動報告、Xなどで確認してね。
秋の街並みを楽しむミミたちです。
どうぞよろしくお願いいたします!




