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ノベル5巻&コミックス7巻 同時発売記念SS

12/6(金)逃げ釣り ノベル5巻&コミックス7巻 発売

たまにはライモンド様をメインに、と思ったら、ライモンド様が有能すぎて8000字弱になってしまいました。

何度かに分けてゆっくり読んでください^^

あとがきにノベル5巻の宣伝もあるので、そこまで読んでいただけると……嬉しいです|д゜)チラッ

 ルビーニ王国王太子レナートの側近、ライモンド・チガータの朝はそれほど早くはない。

 普通に定時出勤である。最側近である彼は緊急時にレナートのもとへすぐに駆け付けることができるように、王城内に私室を与えられているのだ。

 毎朝同じ時間に部屋を出て、同じ経路でレナートの執務室に向かう。階段を下りてまっすぐに進み、三つ目の角を右へ。渡り廊下の前に立つ番兵に挨拶を。

 この細い廊下を渡った先は、王族とその側近など限られた者だけが入ることのできる棟だ。


「ライモンド様、おはようございます」


 彼はレナートの側近の一人。つまり同僚だ。


「おはようございます」

「今日もいい朝ですね。執務室に向かうところだったんです、ちょうど良かった。来週のレナート殿下の視察スケジュールの修正版です。こちらの通りに諸々手配を進めております。ご確認ください」


 同僚が小脇に抱えていたファイルから数枚の書類をライモンドに手渡す。


「ああ、ご苦労様。ぎりぎりで変更を加えてしまってすみませんでした。以前より殿下がご所望していた地域でしたから、できるだけたくさんのところをまわりたかったのです。調整が大変だったでしょう」

「いいえ……と、言いたいところですが、実のところ皆で徹夜で修正しました。あはは」


 同僚はそう言って苦笑いすると、もう一つの書類を取り出した。


「ええと、それからこちらは来月の視察スケジュールです。こちらもご確認お願いします」

「はい。確かに預かりました。ああ、そういえばマリーア様もご一緒でしたね。殿下もお喜びになるでしょう」

「はいっ。ですので、あまり予定は詰め込まずにゆったりめに組み込んでいます」


 レナート殿下のマリーア様に対する溺愛っぷりは誰もが知るところである。ライモンドは鞄に予定表を入れ、同僚と別れた。

 人気のない廊下を進み、角を曲がる手前で第二王子プラチドとその婚約者アイーダと出会った。


「おはようございます。プラチド殿下、アイーダ様」

「おはよう、ライモンド」

「おはようございます」


 さわやかな笑みを浮かべるプラチドと、美しい礼をするアイーダ。朝に出会うにはぴったりな清々しい二人である。二人は学園の制服を着ている。一緒に登校するのだろう。


「殿下。先日お戻しした書類には目を通していただけましたでしょうか」


 ライモンドにそう問われ、プラチドが気まずげに指で頬を掻く。


「ごめんごめん。やっと目を通したところなんだ。僕の側近たちがチェックしてるところだと思うから、近々ライモンドのところへ届くと思うよ」

「かしこまりました。お待ちしております」


 ライモンドは笑顔で頷いたが、すばやく手帳を開いてメモを取っている。言質を取られたプラチドが苦笑いしている。二人の様子を黙って見ていたアイーダがタイミングを見計らって口を開いた。


「オレンジのパウンドケーキをレナート殿下の執務室にお届けするように、私の侍女に命じております。私が昨日焼いたものですわ。休憩中のおやつにどうぞ」

「ありがとうございます! では、オレンジに合う紅茶を用意いたしましょう」

「うふふ。お口に合うと良いのですけど。ああ、ミミの分は別に取ってあるから、どうぞ執務室の皆さんでお召し上がりくださいね」


 ライモンドが礼をすると、アイーダとプラチドは仲良く去って行った。

 廊下を進み角を曲がると、遠くから背の高い人物がこちらに向かって来ている。

 見慣れた金色の長い髪。肩に掛けた上着を揺らして飄々と歩いている。髪をかき上げた時にライモンドに気が付いたのだろう。軽く右手を挙げた。


「ライモンド。これから出勤?」

「おはようございます……イレネオ様」

「おはよ、って言うか、(おそ)よう、って言うか、おやすみー、かな。俺、今帰って来たところなんだ。面倒だからこっちの部屋で寝てから家に帰ろうかと思ってさ」

「また朝帰りですか」


 ライモンドが心底呆れた顔をしてそうこたえる。

 イレネオは王都の高級住宅街に家があるのだが、王家の親戚というコネを使って王城にも部屋を持っている。こうして夜遊びした朝はこちらの部屋で仮眠を取ってから家に帰る、という体を装ってはいるが、気の利く使用人がたくさんいて、レナートに似ているおかげでちやほやされるこの王城でほぼ暮らしているも同然の状態なのだ。


「そうそう、ちょうど良かった。ライモンドに頼みたいことがあってさ」

「では、今日も一日イレネオ様が健やかに過ごせるようにお祈りしております。ごきげんよう」

「あっ、ちょっとライモンド」


 ライモンドはイレネオを無視してさっさと歩き始めた。

 何だかわーわー言ってはいるが、後を追ってこないところを見るとそれほど大した用でもないのだろう。雑用なら自分の侍従に頼めばよいのだ。

 鞄を持ち直して階段を上る。鏡のように磨かれた塵ひとつない階段ホールに靴音が響く。


「ライモンド様!」


 下の階から名を呼ぶ声が聞こえ、足を止めた。

 右手で眼鏡を上げ、よく見ればつなぎの作業服を着た王城の職員だった。


「ああ、先日頼んだ扉の破損の修理ですか」

「はい! さすが、よく覚えていらっしゃいますね。これから着工します。レナート殿下のお申し付け通りに取り寄せた頑丈な扉に取り替えます」

「いえいえ。納期ギリギリに扉が届いた、と報告を受けていましたからね。そろそろかと思っていたのですよ」


 少し前、ガブリエーレが壊した書庫の扉の修理を頼んでいたのだ。どうせだから、と、レナートがより頑丈なものを望んだので、取り寄せるのに少し時間がかかってしまった。

 ガブさんが扉を開けようとしただけで壊れたのだ。で、あればマリーア様もそのうち壊すに違いない。

 普段だったら書庫の扉などに値の張るものは使わないのだが、あの書庫にはレナートの所有する書物を保管している。遅かれ早かれ、マリーアも出入りするだろう。ライモンドはレナートの希望に沿う扉をすぐに手配した。


「ケガのないよう、よろしくお願いいたしますね」


 ライモンドはそう言って、再び階段をのぼりはじめた。

 そして、すぐにあわただしく階段を駆け下りてくる足音に気付いた。顔を上げたと同時に、手すりを飛び越えたマリーアが降ってくる。


「うわあ!?」

「ごめん、ごめん。ライモンド様、大丈夫?」


 驚いて手すりにしがみついたライモンドのすぐ横に、マリーアが難なく着地した。


「何をしているんです! マリーア様」

「レナートに行って来ますを言いに行っていたのよ。もたもたしていたらアイーダとプラチド殿下において行かれちゃうわ」


 そう言ってマリーアは鞄を抱え直した。どうやらもう一度手すりを飛び越えて階段を下りるつもりらしい。


「ちょっ、下の階の人たちがびっくりするでしょう! アイーダ様たちはのんびり歩いてらっしゃいましたから、走れば間に合います。飛び下りるのはお止めください」

「あら、そう。じゃあ、行ってきまーす!」


 マリーアはそう言うと、ぴょんぴょんと跳ねるように軽い足取りであっという間に階段を下りて行った。小さくため息をついたライモンドが階段を上ろうと前を向いた時、姿の見えないマリーアの声が聞こえた。


「あっ、そうだ。今日、書店に頼んでいた本が届く予定なの。レナートに見られたくないから、もしこっちに届いたら私の部屋に置いておいてほしいわ!」

「かしこまりましたよ。行ってらっしゃいませ」

「今度こそ、行って来まーす!」


 けたたましい足音と共に、マリーアの声が遠くなっていった。

 レナートに見られたくない本とはいったい。やっかいなことを頼むことだ。しかし、もし見せたらもっとやっかいなことになるだろう。何としてでも殿下に見つからないようにしなくては。

 こめかみに手をあてて顔をしかめるライモンドに、番兵が不思議そうに首を傾げる。

 レナートの執務室の扉を開けようと手を伸ばした時だった。

 ガシャーン。

 思わず手を止めた。しかし、ガラガラガッシャン、という破壊音はなおも聞こえている。

 ああ、またか……。

 そっと扉を開けると、ソファの後ろでレナートがしゃがんでいた。その表情は眉が下がり空色の瞳は揺れており、顔色は少し青ざめている。つまり、とてもあわてていた。


「おはようございます」

「……おはよう」

「一応聞きますけど、何をなさっているのですか」

「……」


 レナートは、いや、その、と、もにゃもにゃと口ごもりつつ、頭を掻いて立ち上がった。

 見れば、彼の足元には割れたティーカップの破片が散らばっていた。傍らのワゴンの上のポットは無事だったようで、ライモンドはほんの少しだけホッとした。

 このティーカップは城の一番近くの店で量販しているものだ。とても王太子が使うような品ではないが、おっちょこ……どんくさ……ちょっとばかり、意外と、不器用で、そこが良いアクセントとなり親しみやすいお人柄のレナートには、主にこれを使っていただいている。大丈夫、在庫はまだまだ棚に仕舞ってあるのだ。


「殿下。私は怒っていませんよ」


 ライモンドがスチャッと手で眼鏡を上げる。観念したレナートが小さく息を吐いて目を逸らした。


「いや、怒ってくれていい。お詫びに紅茶を淹れてやろう、と思ったんだ。そろそろ来る頃だと思ったから、ちょうど良い温度で出してやれるはずだった」

「そうですか」


 ワゴンの上には、紅茶の茶葉が入った缶が置いてある。高くも安くもない平凡なものだが、ライモンドが子供の頃からよく飲んでいた馴染みのものだ。主の心遣いに胸が温かくなった。

 が、ライモンドはすぐに眉をひそめる。


「お待ちください。いったい何のお詫びですか」


 レナートがさっと窓際の床を指さした。その方向には、無残にも割れた花瓶が。


「今朝は少し早くここへ来たものだから、自分で掃除をしようと箒を持ったら肘がぶつかって花瓶を落としてしまった。すまない」


 申し訳なさそうに肩を落とすレナートに、ライモンドは憐れみの視線を向けた。

 相変わらず、なんてどんくさ……奢り高ぶらない謙虚な方なのだろう。

 掃除など側仕えに任せればよいものを。


「お怪我はありませんか」

「ない」


 レナートはそうこたえると、にこりと微笑んだ。

 割れた花瓶もティーカップも床に落ちた状態のままにしてある。間違いなく怪我をするから、けして破片には触らないように、と、レナートには子供の頃からきつく言いつけてあるのだ。彼はそう言ったことにはきちんと従う。そういうところがちょっと可愛い、と年上のライモンドは密かに思っている。

 手早く割れた花瓶とティーカップを片付け、ライモンドは紅茶を淹れた。もちろん、レナートの用意した高くも安くもない平凡な紅茶だ。

 レナートは来週の視察スケジュールに目を通している。

 テーブルの上に淹れたての紅茶を置いた。ふわりと熱い湯気が揺れて、その優しい香りにレナートが顔を上げる。


「いかがですか。気になるところがございましたら」

「いや。前回気になっていた部分がきちんと修正されているようだ」

「そうですね。では、いつも通りガブさんにお願いしましょうか」

「ああ、頼む」


 ライモンドは少しだけ扉を開け、脇に立っていた番兵にガブリエーレを呼ぶよう伝える。

 しばらくすると一応ノックの音が聞こえたものの、返事をする前に扉が開いた。こんな開け方をするのは一人しかいない。


「おう、呼んだか」


 そう言ってガブリエーレが顔を覗かせた。


「殿下の来週の視察スケジュールが出来上がりましたので近衛の皆さんと共有を」

「おう」


 ずかずかと部屋に入って来たガブリエーレが、レナートの手からひったくるようにしてスケジュールを受け取る。そして、ざっと目を通してから、ちらりとライモンドを見る。


 「それで? わざわざ俺を呼んだんだから言うことあるんだろ」


 ガブリエーレの声に、ライモンドがにっこりと微笑む。


「ええ。二番目の街の視察の後、行き先を変更します」

「どこに」

「こちらです」


 ライモンドが机の上に置いてあるファイルから小さなメモ書きを一枚取り出す。走り書きのような暗号で住所が書かれている。


「分かった。信頼できる者だけで共有しておく」

「当日は少しばかり混乱すると思いますが、いつも通り頼みましたよ」


 ガブリエーレはそのメモを懐にしっかりと仕舞った。

 徹夜した側近たちには悪いが、時たまこうして内緒で予定を変更するようにしている。どこに間諜が潜んでいるか分からない。図らずもこのスケジュールが漏洩してしまうことだってある。

 王太子の命を狙う者がいないとは言い切れない。だから、こうして信頼の置けるごく少数の側近だけで真のスケジュールを共有しているのだ。

 同僚にいくら恨まれようとも、レナートの身を守ることは何よりも優先すべきことなのだ。急な予定変更に振り回されたくないのならば、レナートの信頼を勝ち取ってこちら側に来たらいいだけのこと。


「じゃあ、俺は近衛の詰め所へ行ってくる」


 すばやく部屋を出ようとするガブリエーレをライモンドが呼び止める。


「ガブさん。昼過ぎの休憩はこちらでお取りください」

「まだ何かあるのか」

「アイーダ様お手製のケーキが届く予定です。一緒にいただきながら、スケジュールを細かく詰めましょう」

「へえ、じゃあ頃合いを見てまた来る。じゃあな」


 ガブリエーレはそう言い、今度こそ部屋を後にした。





———あれから一月後。


「ライモンドは今日、休みなのだ」


 執務机にかけたレナートがそうつぶやく。


「そうか。じゃあ、お前はもうそこから動くなよ」


 箒と塵取りを持ったガブリエーレが真顔で言う。そして、派手に床に散らばったティーカップの破片を集めた。


「まさか、空の紅茶の缶があるとは思わなかったのだ」


 ライモンドが休みだったので、レナートはガブリエーレに紅茶を淹れてやろうと思ったのだそうだ。そして、固い紅茶の缶の蓋を開けた時に手が当たってティーカップを落として割ってしまった。しかも、缶は空で茶葉は入っていなかった。

 掃除を終えたガブリエーレがソファにどっかりと腰を下ろす。


「ライモンドがいないとはな。参ったな」


 明後日のレナートの視察先の情報を確認したかった。後でライモンドに聞こう聞こうと思っているうちに、あっという間に日が過ぎてしまった。あわてて来てみたら、運悪く休みだと言う。

 ガブリエーレが小さくため息をつくと、扉をノックする音が聞こえた。すぐさまガブリエーレが対応すると、扉の隙間から学園の制服姿のマリーアが顔を覗かせる。


「あれっ、ガブガブ? 何してるの?」

「何してるも何も俺はレナートの護衛騎士だ。ここにいたって何の問題はない。それと、ガブガブって呼ぶな」

「はあい。ねえ、ライモンド様いるかしら」


 マリーアが自分よりも先にライモンドの名を口にしたことに、レナートがしょんもりと肩を落とした。


「ライモンドは休みだ。領地にいる妹が王都に来ているらしく、付添って街を案内する予定だと言っていた」

「へえ、妹さんが。案外優しいお兄さんなのね」


 私にももっと優しくしてくれたっていいのに、と言いながら、マリーアは部屋に入って来た。ひらりとジャンプしてソファの背を飛び越えるとそのまま腰掛ける。


「ううん、困ったわ。ライモンド様に頼んで隠してもらった本が見当たらないのよね。どこに置いたか聞きたかったんだけどな」

「ミミ、隠した本とは?」

「あっ! また声に出ちゃってた!」


 マリーアがあわてて両手で口を押える。


「え、えへへ。何でもないの」


 レナートに訝し気な視線を向けられ、マリーアが目を逸らす。

 再び扉をノックする音が聞こえ、ガブリエーレが向かう。

 次にやって来たのはプラチドとアイーダだった。


「ライモンド様はいらっしゃいますか?」


 そう尋ねたアイーダの手には、たくさんのマドレーヌの載った皿があった。レナートからライモンドの不在を聞いたアイーダとプラチドが顔を見合わせる。


「先日いただいた紅茶がとっても美味しかったので、どこの銘柄かお聞きしたかったのです」


 アイーダがそっとテーブルの上にマドレーヌの皿を置く。


「わあ。ライモンド様がいないのは残念だけど、皆でおやつにしましょうか」


 美味しそうなマドレーヌによだれを垂らしかけたマリーアが言った。

 しかし、レナートが静かに首を振る。


「すまない。私の執務室には侍女も侍従も控えていないのだ。いつもライモンドが紅茶を淹れてくれていたから」


 言われてみれば、と、マリーアが目をぱちくりと瞬かせる。ガブリエーレがさっき片付けたばかりの塵取りの上の割れたティーカップを見る。


「では、私が淹れますわね」


 アイーダがしずしずと給湯室へ向かった。すぐに立ちあがったマリーアが声を上げる。


「私も手伝うわ!」

「じゃあ、ミミはそこで応援していてくれる?」

「分かったわ! アイーダの淹れてくれる紅茶をすっごく楽しみにしてる! 頑張って!」

「ありがとう、ミミ」


 アイーダはにこにこと嬉しそうな笑みを浮かべて給湯室へと消えた。その後をプラチドが追う。

 執務机にかけているレナートがころころと羽ペンを手のひらで転がしていることに気付いたマリーアが声をかけた。


「どうしたの、レナート。何かお困り?」


 ハッとしたレナートが取り繕うように微笑む。


「いや、実はいつも使っている羽ペンが見当たらなくてね。引き出しにあったものを使っているのだが、あまり手に馴染まなくて。ライモンドがいつも手入れをしてくれているから、きちんとどこかに仕舞ってあるはずなんだが」


 レナートはそう言い、はあ、とため息をついた。

 部屋に香ばしい紅茶の香りが漂い、アイーダとプラチドが紅茶のポットを乗せたワゴンを押して歩いてきた。

 レナートがソファに移動しようと立ち上がった時、またもや扉がノックされる。やって来たのはレナートの側近のうちの一人だ。まだ一年目の若手の文官だ。


「失礼いたします。ライモンド様はいらっしゃいますか?」

「ライモンドは休みだが。聞いてないのか?」


 レナートの落ち着いた声に、側近が困ったように眉を下げる。


「ライモンド様は有給の日も結局王城に出仕しているので、今日もいるのかと思っていました。……困ったな」


 側近が脇に抱えていた書類を取り出す。


「この書類なのですが、サインは二か所でいいのかどうかを確認したかったのです。あちらの執務室で分かる者がいなくて」

「どれ、見せてくれ」


 レナートは執務机に座り直し、手を伸ばした。受け取った書類をパラパラとめくって目を通す。


「……サインは一か所でいいはずだが。それよりも、確かここの部分は訂正が入ったはずだ。直っていないな」

「えっ。本当ですか」

「ああ。正しい文言は……あれ、どちらだっただろうか。ライモンド、これは……。ああ、そうか。いないのか……」


 レナートはそう言い、目を瞑って右手で目頭を揉んだ。

 書類を返された側近があわあわと受け取る。

 扉の横に立っていたガブリエーレが腕を組んで壁に寄りかかる。

 アイーダが音を立てないように紅茶に口をつける。プラチドが苦笑いしながら指で頬を掻いている。

 頬張っていたマドレーヌを飲み込んだマリーアが口を開く。


「私たち、ライモンド様がいないと何にもできないわね……」


 そうつぶやくと、二個目のマドレーヌに手を伸ばす。


「早く帰ってこないかなあ、ライモンド様」


 全員が一斉に頷いた。




 その頃、妹のショッピングに付き合わされ疲労困憊のライモンドが空を見上げていた。

 ああ、今頃机の上に書類がどんどんたまっていることだろう。レナート殿下もきっと何かしら物を失くすか割っているに違いない。

「はあ、早く王城に帰らなければ……」

 心が一つになった瞬間だった。

 


ミミがレナートに知られたくない本(ライモンドには見られてもOK)とは、一体…?


皆様のおかげで何と逃げ釣りノベルが5巻まで書くことができました。

5巻はルビーニ王国(レナートたちの国)、ムーロ王国(ミミの生国)メンバーがわっさわっさと出てきます。

いっそのこと全員そろって楽しく!! をモットーに書いたので、常にフルメンバーでワイワイ大騒ぎしています。

おかげで三登いつき先生には苦労をおかけしてしまいました(;^ω^) どれも素敵なイラスト描いていただきましたので、どうぞじっくりご覧くださいね。


そうそう、5巻にはコミカライズのオリジナルキャラが出てきます。私がそのキャラを愛しすぎてしまい、このまま退場なんてもったいない、と復活してもらいました。もちろん、コミカライズ読んでなくても話は分かるようになってます。


12/6(金)発売です。皆様、お釣り上げどうぞよろしくお願いいたします。


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― 新着の感想 ―
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ライモンド母さん早く帰って来て~(笑)。 とても楽しかったです。
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