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コミックス6巻 発売記念SS

第二章「敵か味方か 2」のあたりのお話です。

WEBではなかなか出番のない(ゴメンネ)プラチドが主人公です!

「兄上。いつもついて来ちゃって、本当にごめんね」

「いや、かまわない。たくさんの人に楽しんでもらいたい、とミミも言っていただろう」


 仕事を終えた僕は、レナート兄上と並んで廊下を歩いていた。僕たちの背後にはもちろん、兄上の護衛のガブリエーレと側近のライモンド、そして僕の護衛たちがついてきている。

 ぞろぞろと向かっているのは、今は王太子宮と呼ばれる兄上の私室のある棟。


「悪いと思いつつも、お言葉に甘えちゃうね。だって、ふふっ、本当に僕は、あはは、ミミちゃんの『兄上のお出迎え』を見るのが楽しみで楽しみで……。はぁ、こないだの、マリーアのおしゃべり3分クッキングはよくできていたよね。ははは」


 僕はそう言いながらも、我慢できずに思い出し笑いが止まらなくなってしまった。

 兄上の婚約者であるミミちゃんは仕事帰りの兄上を労わるために、日々工夫を凝らして兄上を出迎えている。ミュージカル風だったり、着ぐるみを着た劇だったり、それはもう僕のような凡人には想像もつかない熱烈歓迎だ。

 僕はそれを見ると、様々な困難も何だかんだうまく行くような、どうにかなるさ、みたいな楽観的な気持ちになれる。だから、どんなに疲れていても、こうして便乗して兄上について行ってるんだ。


「ああ、覚えている。本当にミミがずっとおしゃべりをし続けながら料理をしていた。あれだけよどみなくしゃべりながら手を動かすことができるとは、私も感心した」

「あれ全部アドリブだって言ってたよね。一番最高だったのは、料理はとっくに終わっているのに話が終わらなくて、結局5分かかったことだよ。あはは」


 マリーアのおしゃべり3分クッキングは、王太子宮の入り口入ってすぐのところに大きなテーブルを置き、ミミちゃんがそこで生春巻きを作りながら世間話をするというものだった。すでに切ってある具材をライスペーパーで巻くだけなんだけど、具材を詰め込み過ぎて出来上がりはすっごく大きくなってた。ぎゅうぎゅう握ってなんとか閉じてたけど、それもまたミミちゃんらしくて面白かった。

 皆が見に来ることが分かっていたから、僕たち用に事前に厨房の職員が作ったものが用意されていた。ミミちゃんの作った特大サイズの生春巻きは、兄上用なんだって。きっと兄上はニコニコしながらあのばかでかいのを食べたんだろうな。ああ、だめだ。何度思い出しても面白い。

 ガブリエーレが前に出て、王太子宮に入る扉を開けた。

 さあ、今日はどんなお出迎えが始まるのだろう。


「おかえりなさいませ、殿下」


 そこにはなぜか、王城のメイド長がいた。


「と、とうとう、メイド長まで……!」


 背後でライモンドがおののいている気配がした。ガブリエーレのため息も聞こえた。

 メイド長はいつもの鉄壁の笑みを携えたまま、祈るように両手を胸の前で組んだ。


「さあ、皆様。マリーア様に会いたい、と願ってください」


 よく見たら、メイド長は牧師っぽい黒いローブを肩に羽織っている。それに気付いた僕はもうおかしくって仕方がなかったけれど、兄上と一緒に手を合わせて祈った。

 ガブリエーレの最大級のため息が聞こえる。だめだ、笑いをこらえきれずに肩が震えてしまう。


「皆様の願いは神に届きました」


 メイド長が厳かにそう言うと、どこからともなく、ギリギリギリッ、と縄の軋む音が聞こえた。


「レナート、おかえ、うわーーーっ、危な、おっとっと、コホン、レナート、おかえりなさい」


 高い高い天井から伸びるロープの先に、大きな羽を背に生やした天使の格好をしたミミちゃんがつながれていた。反対側のロープの先はミミちゃんの侍女たちと二人の騎士が綱引きのような体勢で掴んでいる。


「も、もしかして……ミミちゃん、ずっと天井に吊るされたまま待ってたの……。あはは、もう無理、お腹痛い……」


 耐え切れずに僕は床に膝をついてそう尋ねた。さすがに兄上も天井を見上げて驚いている。

 ロープを外したミミちゃんが嬉しそうに兄上のもとへ駆け寄って来た。


「そうよ。ずーっと天井付近でレナートの帰りを待ってたわ」


 ロープを掴んでいた侍女と騎士たちもすぐにこちらへ向かって来た。


「申し訳ありません、マリーア様。途中、ロープから手がすべってしまって」

「大丈夫よ。急にすごいスピードで落ちたからびっくりしちゃったけど、これくらいの高さからなら、もしそのまま落ちても受け身を取れるから平気よ。気にしないで」

「ご無事でようございました」

「天井に吊り上げるのがちょっと早すぎたわね。私を持ち上げたままで耐えるの大変だったでしょう。ありがとうね」


 侍女たちがほっとした様子を見せた。落とされたにもかかわらず朗らかに侍女たちを労わるミミちゃんは本当に度量があって、王太子妃に向いていると思う。天使の格好をしたままだけど。


「ミミ。とても清廉でまばゆい姿だが、高いところから落ちてくるのは心配になるからやめてほしい」

「そう? これくらい何でもないけど。でも、レナートがそう言うならやめるわ」


 けろりとして笑うミミちゃんの頬を、兄上は愛おしそうに撫でている。

 ライモンドとガブリエーレが真顔でそれを見ているので、僕はそろそろ退散することにした。


「あー、今日も面白かったな」


 僕の独り言に護衛たちもいっせいに頷く。

 ミミちゃんの天使の姿も面白かったけど、メイド長まで巻き込み始めたのがまた面白いな。じわじわと後からやってきた笑いをこらえながら、僕は自分の私室のある棟へ向かった。

 護衛の一人が扉を開ける。すると、いつもは静かな玄関ホールにうっすらとピアノの旋律が聞こえてきた。

 え、まさか。

 僕はおそるおそる扉の中を覗き込んだ。すぐにふわりと花の香りが鼻をくすぐる。

 一歩中へ踏み入ると、そこはまるで花のアーチのようにたくさんの花が飾られていた。


「て、天国……?」


 さっきのミミちゃん天使の姿が頭に浮かぶ。

 ピアノの音は止まない。アーチをくぐると、大階段前にグランドピアノが鎮座している。


「アイーダ……!」


 ピアノを弾いているのは僕の婚約者アイーダだった。

 僕の声に振り向いてにこりと笑う彼女はいつものドレス姿だったけど、……美しい天使そのものだった。

 僕はぎゅっと苦しくなった胸を手で押さえながら、アイーダの元へ駆け寄った。


「おかえりなさい、プラチド殿下」

「……! ただいま、アイーダ」


 アイーダは僕と話しながらも、ピアノを弾く手を止めない。美しく落ち着いた曲が一日働いて疲れた心身をいやしてくれるようだった。

 ドギマギしている僕を見て、アイーダが軽く笑った。


「ふふ。私もミミの真似をしてみたの。どうかしら」


 やっぱり! 僕は嬉しくなって、両手をぎゅっと胸の前で握った。


「すごく嬉しいよ! まさか僕までこんなに歓迎してもらえるなんて!」

「まあ、私はいつも歓迎しているわよ」

「あはは、ごめんごめん。そういう意味じゃなくってさ」

「ふふ、分かっていますわ」


 アイーダはそう言って笑うと、鍵盤に視線を移した。彼女の美しい手が、指が、流れるように鍵盤の上で踊っている。僕はしばらくの間、それに見とれていた。


「アイーダと婚約できてよかった」

「まあ、プラチド殿下ったら……」

「あっ、ごめん。今さっき、ミミちゃんを見てきたものだから。心の声が漏れるのが移っちゃたみたい」


 謝る僕をアイーダがちょっと恥ずかしそうにしながら見上げている。

 金糸のような滑らかな髪もアクアマリンのように輝く青い瞳も、僕だけのものだと思ったらものすごく愛おしい。


「はあ、……でも、ピアノの音が聞こえてきた時は少しだけびっくりしちゃったな。アイーダが歌い踊りながら登場したらどうしようかと思ったよ」

「えっ。それは、私にはちょっと」

「うん。僕はそのままのアイーダが好きだよ」


 パッとアイーダの顔が真っ赤になって、鍵盤の上の手が止まってしまった。

 僕はすぐに椅子をまたいで、アイーダの隣に腰を下ろした。


「そのまま続けて。アイーダほど上手ではないけど、僕もピアノが弾けるんだ。連弾しよう」


 僕はさっきまでアイーダが弾いていた曲の続きを弾いた。

 一瞬戸惑ったものの、アイーダも続いて鍵盤に視線を落とす。

 視界に入らないところで見守っていた侍女や護衛たちが、にこやかに僕たちを眺めている。

 心に染み入るような穏やかなピアノ曲と共に、王城に日が暮れてゆく。

7/6(金)発売です! 皆様に愛されて64万部<(_ _)>

逃がした魚は大きかったが釣りあげた魚が大きすぎた件 コミックス6巻

漫画:ながと牡蠣先生

ひまわりに囲まれたミミとレナートの夏らしい表紙が目印です。

書店特典などは、マンガUP!や、ながと牡蠣先生のXをご覧ください^^

どうぞよろしくお願いいたします!


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― 新着の感想 ―
[良い点] ミミ毎回お迎え時そんなことをしてたの!(笑)元気いっぱいで周りも乗せられるのよくわかります。ほのぼの王宮は皆働きやすく、楽しいでしょうね。まぁ一部を除いてはかもしれないですが。
[一言] ミミらしいお出迎えですね(笑) でも、アイーダが知ったら怒りマークを浮かべてお説教しそうです( ゜д゜ )
[良い点] ミミちゃん、めちゃめちゃ可愛いし、人を巻き込む力が素晴らしいけど、アイーダは完璧淑女なのが可愛いからそのままでいて〜。アイーダが歌って踊ったら泣いちゃうかも(笑)
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