ノベル3巻発売記念~優しい王子様 3~
とうとう本日!! 逃がした魚は大きかったが釣りあげた魚が大きすぎた件 3巻発売です!
どうぞ、普段着で結構ですので、ミミとレナートの結婚式にご参加いただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします<(_ _)>
「そういえば、ここの奥の森にはミミの好きな木の実がなっているのよ。あとで誰かに採って来てもらいましょうか」
まだ寝ころんだままの私に、アイーダがそう声をかけた。
優しい風が吹いて、アイーダの美しい髪を揺らしている。私は身を起こして、ぐちゃぐちゃになった自分の髪を手櫛で整えた。
ここは、王家の庭である。王城から専用の馬車に乗らなければ来ることのできない、一般的には入ることのできない庭だ。王子の婚約者である私たちは、晴れて二人揃ってこの庭へやってくることができたのだ。
「だったら、二人で行ってきましょう。木登りなら任せて」
「まあ、呆れたわ。まだ自分で木に登るつもりなのね。……ふふ、でも久しぶりに見たい気もするわ。この庭は限られた人しか入ることのできないところだから、危険もないでしょうし。いいわ、行きましょう」
思いがけないアイーダの返事に、私は驚いて飛び起きた。絶対反対すると思っていた。
「さっそく行きましょう、アイーダ。危険があっても、私が守ってあげるから大丈夫よ」
「あっ、待って。ミミ」
私はアイーダの手をぐいぐいと引っ張って立ち上がらせた。
そのまま手をつないで森へ向かって歩き出す。離れたところで、侍女たちが手を振っていた。
「うーん。完っ全に迷ったわ」
腕を組んだ私は、空を仰ぎ見た。私のすぐそばで、アイーダが不安そうに身をすくめている。
森へ入った私たちは、すぐに目当ての木の実を見つけた。野生の動物にとられることもないので、食べごろの実がゴロゴロ生っている。私は夢中になって実を集めた。さらに奥へ進み、貴重な木の実も見つけた。さすが王家所有の森である。
そうしているうちに、気付いたら森の奥深くへ入ってしまっていたのだ。
見渡す限り同じ景色。どっちの方向から来たのかさえわからない。
「でも、大丈夫よ。私たちが歩いてきたくらいだもの。そんなに遠くまで来てしまったわけじゃないわ」
私はそうアイーダを安心させるように明るく言った。アイーダがコクリと小さく頷き、目を伏せる。
彼女にそう言ってはみたものの、実際のところどうしたものかと私は思っていた。
木の実一つたりとも落とすまいと欲張ったせいか。目印に定期的に落としてくるべきだったわね。
「私たちの戻りが遅かったら、護衛の皆さんが探しに来てくれると思うわ」
少しだけ落ち着いた様子のアイーダが言う。それもそうね、と私は楽観的に考えることにした。
適当に進むにしても、この森がどれほどの大きさなのか私は知らない。進んだ方角がもっと奥深くへ進むものだったらさらに迷ってしまうだろう。
「待ってて、アイーダ。どこか座れそうな場所を探すわね。そこで誰かが来るのを待ちましょう」
と言っても、ちょうどいい木の切り株なんてものはない。敷物もないから、湿った地面の上にアイーダを座らせるわけにもいかない。
「ん? 何か聞こえてきたわ」
どうしたものかと思っていたら、ドッカドッカと土を蹴る音が聞こえてきた。
「馬の走る音のようね。きっと護衛の騎士が探しに来てくれたのだわ」
アイーダがホッとしたように息をついた。
しかし、私はアイーダを背にかばって身構える。
この音はとても私たちを探しているようなものではない。辺り構わず暴れまわるように走る蹄の音。とても人が乗っているようには思えない。馬だろうか。もしくは、蹄を持った大型の獣?
アイーダだけは必ず守らなければ。
私は顎を引き、ぐっと身を低くして構えた。
木々の奥の薄暗い闇の中から、大きなものがうっすらと姿をあらわした。ぼんやりと、白くて首の長い……白い!?
「ディーウィー!?」
頭を上下に激しく揺らしながらこちらに向かって爆走してくるのは、レナートの愛馬ディウィキアクスだった。背には誰も乗っていない。ドカドカと湿った土を後ろにまき散らしながら、一心不乱に走って来る。目を凝らしてよく見れば、ディーウィーは目を見開き、歯茎をむき出しにした口からは舌がだらりと出ている。その口の端からはよだれが糸を引いて背後に流れていた。
「うわあーー! アイーダ!! 逃げてー!」
私はアイーダの手を引き、大きな木の陰に押し込んだ。慌てていた私は足がもつれ逃げ遅れた。地面に転んだ私のすぐそばを、ディーウィーが駆け抜けていく。土埃が目に入ったし、何かべちゃっと冷たい液体が顔にかかって非常に不快だ。
私たちを蹴り飛ばす勢いでやって来たディーウィーは、私が手放した木の実の山に顔を突っ込み、それらをむしゃむしゃと食べた。そして、器用に種をぶぶぶ、と勢いよく吐き出した。その種が、私の額に命中した。
「なっ、何すんのよ、この馬ーーー!」
私が叫ぶと、ディーウィーはスン、と真顔になった。どうしたのかしら、と私がその顔を覗き込むと、してやったりとばかりに白目を剥いてケケケ、と声を上げて笑った。
「ディーーウィーーーー!!」
私の叫び声が早いか、ディーウィーが走り出すのが早いか。
「アイーダ! 乗って! あいつを追いかけるわよ!!」
アイーダは戸惑いつつも、すぐにぴょんと私の背におぶさった。アイーダをしっかりと背負い、私は全速力でディーウィーを追いかけた。
「待てーー! 絶対に許さないんだからー!!」
「私の大切な人を助けてくれてありがとう、ディーウィー。賢い子だ」
レナートに撫でられ、ディーウィーは長いまつ毛を伏せしおらしくレナートに甘えていた。ご褒美のエサをたっぷりもらい、丁寧に毛づくろいされたディーウィーは、ツヤツヤと美しく輝いている。
逃げるディーウィーを追いかけているうちに、私たちは森を抜けていた。私たちを探す騎士たちにすぐ見つけてもらい、無事に王城へ戻ることができた。
今日は、厩舎にいる馬たちを軽く運動させるために、庭へ連れて行く日だったのだそうだ。私たちがいた辺りとはかなり離れたところだったのだが、めずらしくおとなしかったディーウィーが突然暴れ出した。そのまま厩番の制止を振り切り、森へ逃げ込んでしまったらしい。
「きっと、ミミやアイーダ嬢の助けを呼ぶ声が聞こえたんだね。よくやった、ディーウィー」
「ヒヒン♡」
ディーウィーが凛とした表情でレナートを熱く見つめる。
そんなわけがない。例え私たちの声が聞こえたとしたって、あれは助けに来たんじゃない。人知れず私にとどめを刺しに来たと言ってもいいくらいだ。
私がギリギリと歯噛みしていると、またもやディーウィーがレナートに見えない角度でベロリと舌を出して白目を剥いた。
「あの時は本当にどうなるかと思ったわ」
アイーダはそう言い背筋を伸ばしたものの、笑いが治まらないようで、肩を震わせている。髪を整えていた侍女が手を止め、温かいまなざしでアイーダの笑いが治まるのを待っている。
隣の席で同じように髪を整えてもらっていた私は、美しく弧を描いているアイーダの唇を鏡越しに眺めていた。
「ふふっ、ディーウィーが吐き出した種が……ミミに命中して……あんなことってあるのね……うふふ、あはは」
思い出し笑いの止まらないアイーダが、ついに声を上げて笑った。つられて侍女たちも笑う。
ついさっきまで私はディーウィーに腹を立てていたのだが、この和やかな雰囲気にあてられて、何だかもうどうでも良くなってきた。
「そうね、結果的に森から出ることはできたし。アイーダにもケガはなかったし。討伐に向かった騎士たちも、賊を捕らえて全員無事に帰って来たらしいわ。全て丸く収まって良かったわ。人間バンジーSAY! WOW! で草(笑)って言うもんね」
「……もしかして人間万事塞翁が馬のことかしら……?」
アイーダはそう言い、うっかり首を傾げてしまい侍女にきゅっと前を向かされていた。可愛い。
私たちはこれから一緒におやつを食べるために、少しだけおめかししている。なぜだかわからないけれど、レナートから白いお皿を二枚プレゼントされたのだ。シンプルだけれど、とても高級なものらしい。
せっかくなので、アメーティス公爵家の料理長お手製のスイーツをアイーダと一緒に食べることにした。
「なぜお皿なのかしら。それも白」
テーブルに着いた私は、レナートから贈られた皿を前にしてそうつぶやいた。アイーダもまた、皿をじっと見つめる。
「さあ……私が婚約者だった時には定番の当たり障りないプレゼントが届いていたけれど、お皿はなかったと思うわ。でも、レナート殿下はとても思慮深い方だから、きっとミミのことを思いやって用意したのだと思うわ。何か深い意味のあるものなのかもしれないわね。次にお会いする時に尋ねてみたら?」
「そうね! 本人に聞くのが一番早いわよね」
私は真っ白なお皿の上に載ったシュークリームを両手で掴んだ。
「さあ、早く食べましょう! アイーダ。私、もう待ちきれないわ」
「あっ、待って。ミミ。そんな風に持ったら……」
「うわあ! クリームが!!」
「ああ、だから言ったのに」
シュークリームからクリームが飛び出し、手がクリームだらけになってしまった。
アイーダと侍女たちの笑い声が部屋いっぱいに広がった。
馬が種を噴き出せるかどうかなんか知らない。
でも、できるはず。
だってレナートの愛馬だもの。




