ノベル3巻発売記念~優しい王子様 2~
とうとう明日、逃がした魚は大きかったが釣りあげた魚が大きすぎた件 ノベル3巻発売です!
どうぞよろしくお願いいたしますっ<(_ _)><(_ _)><(_ _)>
ガブリエーレに阻止され、私は賊の討伐には参加することができなかった。
正直言って、ルビーニ王国はとても平和すぎて体が鈍ってしまって仕方がない。
自国のムーロ王国は小国だが豊かな資源があるせいで、無理やり攻め落とそうとしてくる野蛮な国の襲撃が度々あった。私たちは普段の鍛錬の成果を発揮する場所として張り切って討伐に向かったものだったが、ここルビーニ王国ではそれがまったくない。国境を越える前に優秀な騎士や兵士たちがさっさと返り討ちにしてしまうのだ。
「あーあ、私も討伐に行きたかったなあ」
私は芝生にごろりと寝転んだ。
「そんなこと言うものじゃないわ、ミミ。騎士の皆さんは命がけで私たちを守ってくださっているのよ」
私の隣に座ったアイーダが私を叱る。
「それは分かってるけど、それはそれ、これはこれ、なのよ」
私はそう返事をして腕を伸ばして大きく伸びをした。
離れたところにいた侍女たちがあわてて敷物を持って走ってきた。
「ありがとう。ミミにつられて、つい座ってしまったわ」
アイーダが侍女に優しくお礼を言った。
私はごろごろと転がりながら、敷物の上に移動する。行儀が悪いわよ、とアイーダが顔をしかめた。
「まあ、いいわ。アイーダと一緒に日向ぼっこも久しぶりだもの」
「懐かしいわね。あなたのお家の広い庭で、皆から隠れるようにしてピクニックするのが毎年の楽しみだったわ」
アイーダは子供のころ、喘息の改善のために夏休みは毎年我が家で過ごしていたのだ。数百人の弟子たちが出入りしている我が家は静かになる時がなくて、アイーダを乗せて馬に乗り遠くまでピクニックへ行ったものだった。とはいえ、そこも家の広大な庭の一角ではあったのだけれど。
私たちはそこで、二人だけの内緒話をした。今までのこと、現在のこと、そして将来のこと。
とある時から、アイーダはあまり将来のことを口にはしなくなった。レナートの婚約者になったからだ。次期王太子妃、そして次期王妃となるプレッシャーを、アイーダは密かに感じていたらしい。
でも、今はプラチドの婚約者となり、アイーダは明るくなった。こうして私と二人だけの時だけだけれど、声を上げて笑う事だってある。
「アイーダがプラチド殿下と結婚出来るようになって良かった。でも、王太子妃が私なんかにつとまるのかしら。自分のことだけど、全然想像がつかないわ」
「……正直言って私もちょっと想像がつかないわ。でも、ミミならきっと大丈夫。これだけは言えるわ」
「そうかな、えへへ」
アイーダはゆっくりと足を組みかえて座り直し、私の方へ顔を近付けた。
「レナート殿下は優しい方よ。ミミの不安な気持ちにも寄り添ってくださるはずだわ。頼ってみたら?」
「えっ、で、でも、まだ出会ったばかりだし、私なんて本当にガサツで……」
「ミミ。自分を卑下してはいけないわ。あなたが良いって言ったレナート殿下も貶めることになるのよ」
「そうね、ごめん。アイーダ」
私は寝ころんだままペコリと頭を下げた。アイーダがくすりと笑う。
「それに、幼いころからそう育てられたとはいえ、レナート殿下だって次期王太子、次期国王というプレッシャーはあるはずよ。お互いに支え合っていかなきゃ。ミミならできるわ、得意でしょう」
「そうね! レナート殿下だってそういう不安はあるわよね! 支えるのは得意よ。どんな体勢であってもすぐに受け止められるわ。そのために鍛えているんだもの」
「分かってるのかしら、本当に」
アイーダが不安そうに首を傾げたけれど、すぐにいつもの優しい表情を浮かべた。
「レナート殿下は優しい方だから、大丈夫よ」
*****
「殿下、何をご覧になっているのですか?」
ライモンドがそう尋ねた。ソファに腰掛けたレナートは、真剣なまなざしで分厚いカタログを睨んでいる。
「ミミに皿をプレゼントしようと思っているのだ」
「お皿、ですか」
レナートの手にあるカタログを覗き込むと、確かに皿のページだった。そのカタログは高位貴族向けの食器通販のものだ。たしか、国外からの取り寄せをすることもできるという、手間も暇も、そして金もかかると有名なものである。
いったいどこから手に入れたのやら。ライモンドは眼鏡をくい、と上に上げた。
「そんな手間のかかるものを見るよりも、商人を呼んで持って来させた方がよいのではないですか?」
ライモンドの声に、レナートはカタログから目を上げることなく首を振った。
「最終的にはそうなるかもしれない。しかし、たくさんの選択肢を確認しておきたいのだ」
「ずいぶんと真剣ですね」
レナートが令嬢へのプレゼントをこんなにも熱心に選ぶなんてことは、未だかつてなかった。何かあったのだろうか、と心配になったライモンドは、静かにレナートの向かいのソファへ腰を下ろした。
「それにしても、なぜ、皿、なのでしょうか。年頃のご令嬢、ましてや婚約者へのプレゼントに皿とは、ペアのティーカップや食器セットなどならまだ分かりますが」
ライモンドの問いに、レナートがやっと顔を上げた。ページが閉じることのないよう気をつけながらカタログをテーブルに置くと、真剣な面持ちでライモンドと向かい合った。
「実は、ミミは食器に不自由をしているのかもしれないのだ」
「食器に不自由。初めて聞く言い回しです」
ライモンドの眼鏡がキラリと光る。
レナートがゆっくりと一度だけ頷いた。
「ああ。もしかしたら、居候先のアメーティス公爵家で一人だけ食器が違うのかもしれない。それを不満に思っているのかもしれない」
「……確かにマリーア様は親戚と言ってもかなりの遠縁。しかし、あのアメーティス公爵家が居候に対して差別的な扱いをするとは思えませんが」
「うむ、私もそう思う」
「そうでしょう。アイーダ様とマリーア様のご様子からしても、そんなことはないかと」
「やはりお前もそう思うか。では、この線はないか」
レナートはそう言って、あごに手を置いて深く考える仕草をした。その様子に、ライモンドはさらに首を傾げる。
「マリーア様に直接言われたわけではないのですね」
「ああ。私の憶測だ」
全く要領を得ないレナートの返事に、ライモンドが深呼吸をして心を落ち着ける。こうして一人で深く考えすぎてしまう主を支えるのが自分の役目だ。レナートがなぜ、こうも悩んでいるのか。まずはその原因を知る必要がある。
ライモンドが黙っている間、レナートは再びカタログに手を伸ばしページをめくった。
「そうか、ミミは隣国ではあるが外国からやってきた。もしかしたら、この国の食器が使いづらいのかもしれない。ムーロ王国の食器はそんなにも我が国とは仕様が違うのか?」
「そのような話は聞いたことはありません。ムーロ王国は文化が変わるほど遠く離れた国でもございませんし」
レナートの手がすごい速さでページをめくり始めた。ムーロ王国産の食器を探しているのだろうが、そんなページはない。
「ミミが不便な思いをしているのなら、早く改善してやりたいものだ」
「なんてお優しいのでしょう。婚約者を思いやる殿下のお心に感動いたしました。不肖ライモンド、全力でお力になりましょう。では、まず。殿下、マリーア様が食器に不自由している、とどのような部分からそう思われたのですか」
ライモンドに問われ、レナートが悲しそうに眉をひそめ、カタログのページをめくる手を止めた。
「……実は、プラチドから聞いたのだ」
「プラチド殿下から?」
意外な名前が出たことに、ライモンドが大きく瞬いた。
「そうだ。ミミの学園生活をプラチドから聞いていたのだが、とても聞き流すことのできない話を聞いてしまったのだ」
「まさか、学園でいじめに合っているとか……」
留学生が突然王太子の婚約者となった、そんな理由で嫌がらせをしてくる令嬢がいたとしてもおかしくはない。マリーアがいじめになんて負けるはずはないが、心が傷付かないわけではないのだ。
ライモンドの顔が曇る。
「ミミが、学園の食堂で……」
「食堂で、まさか食べている食事の食器を割られた、とか?」
「いや、そうではないのだ。私には意味がまだよく理解できないのだが」
「ゆっくりでいいです、落ち着いてお話ください」
「ミミが……食堂でパンを買った生徒たちから、パンに付いているシールを集めているのだそうだ。声をかけられた生徒たちは快くシールをあげていて、いじめられている様子はない」
ライモンドは瞬きも忘れてレナートの顔をじっと見つめた。レナートの表情がきゅっと悲し気なものに変わる。
「パンに付いているシールを集めると、皿と交換できるらしい。自分の皿を買うこともできないほど困窮していたとは。なんていたわしいことだ」
レナートがカタログを閉じた。そして、次のカタログに手を伸ばす。先ほどのものよりもさらに高級な方だ。
「殿下。ええと、うまく説明できるかわかりませんが、結論としてマリーア様はお皿に困っているわけではありません」
「なぜそう思うのだ。他人に乞うてまでしてシールを集めているのだぞ。これに困窮以外の理由があるというのか」
「あるんですよ。えーと、王族の方には理解できない感覚だと思いますが……これは祭りなのです」
「祭りだと? 何を言っているのだ、ライモンド」
ライモンドの返事に、レナートがムッとしたように顔をしかめた。
*****
購買でパンを買った事のないレナートには、パンが個包装されているなんて想像もつきません。
ましてやシールが貼ってあるだなんて。




