コミカライズ記念SS 後編
スクウェア・エニックス様のマンガアプリ、マンガUP!にて本作のコミカライズがスタートしました。
是非是非是非ご覧ください~~
さすがピノッティ侯爵家のお茶会はすごかった。
豪華というよりも、どこもかしこも可愛らしい。クリムゾンレッドにピンクを差し色にした内装。壁にはハート柄や水玉の模様があしらわれた布がドレープたっぷりに垂らされ、タッセル代わりに生花のブーケが飾られている。テーブルの上には原色がまぶしいカラフルなお菓子が並んでいる。奥にあるのは、南国のフルーツタワーだ。
給仕しているのは会場の雰囲気にぴったりな若くて愛らしいメイドたち。彼女たちはピンクのワンピースにフリルたっぷりのエプロンをしている。
会場に足を踏み入れたレナートとライモンドが目を丸くしている。招待された男性陣も同じように戸惑っていた。
しかし、女性陣には事前に連絡があったのだろう。皆、会場によく合った可愛らしいドレスをまとっていた。普段はクールビューティ系の令嬢たちも、控えめだがいつもより甘めのドレスに恥ずかしそうにしている。
戸惑っていた男性たちも、女性たちのいつもとは違う姿に目を奪われていく。この婚活パーティはきっと大成功だ。
入場だけは一緒だったが、私とレナートは離れて立っている。私はレナートの視界に入らないように、とライモンドから言われているのだ。
「レナート殿下! ご機嫌麗しゅう! 本日は会場をお貸しいただき、まことにありがとうございます」
ぴょんぴょんと飛び跳ねんばかりの足取りで近づいて来たピノッティ侯爵がレナートに声をかけた。侯爵はパッションピンクに黒のストライプのモーニングを着ていて、見ているこちらはものすごく目が痛い。レナートがきゅっと王太子モードの冷たい表情に切り替わる。
「ああ、さすがピノッティ侯爵家ですね。見たことのない華やかさだ」
「ありがとうございます、殿下。昨年、東方の国へ視察へ行きましてね。そこで流行りのカッフェ~の内装を参考に、我が国風にアレンジ! スゥイ~ツは今年の王都菓子職人選手権で特賞を受賞したパティシエ~ルに依頼いたしました」
「なるほど。皆、楽しんでいるようで何よりだ」
「ええ、ええ。さっそく新たなカッポゥ~ができているようですよ。今年の婚約率が上がりますでしょうなあ。貴族同士の結びつきがさらに強固となり、この国も安泰でございます~」
会場を見渡せば、お茶会は少し前から始まっていたようですでに歓談が盛り上がっていた。私は隣に控えるガブリエーレを見上げて、小声でたずねた。
「ねえ、カッポゥ~って何?」
「カップルのことじゃないか?」
侯爵の衣装のまぶしさに目を細めていたガブリエーレがこたえる。
父親の今の会話を聞いていたら嫌がるだろうなあ。私はそう思い、ロザリアの姿を目で探した。彼女は離れたところで取り巻きたちと楽しそうに過ごしていた。自慢の縦ロールが通常よりも五割増しくらいで派手に揺れている。あれだけ目立っていれば、きっと良い家柄の子息に目を付けてもらえるだろう。
ガブリエーレが取って来てくれたお菓子を頬張りながら、ふとある事に気が付いた。
「ねえ、若い令嬢とお茶会と言えばイレネオ様、だと思うんだけど、見当たらないわね」
「ああ、あの人は年齢制限に引っかかって参加できなかったんだ」
「えっ、対象は独身の貴族、じゃなかったかしら」
「本当は年齢制限はないんだけど、レナートに体よく追い払われた」
あの人は結婚する気がないんだから、まあいっか。二皿目のお菓子を食べ終わった私は、腹ごなしに少し会場を歩くことにした。挨拶してくれる令嬢たちに手を振りながら足を進めると、とりわけ賑わっている場所がある。様子を窺うと、中心にいるのはレナートのようだった。
次々に令嬢に話しかけられ、レナートは口元にうっすらと笑みを携えて軽くうなずいて聞いている。可憐な令嬢たちに囲まれてキラキラしている。やはりレナートは王子様なのだわ、と再確認すると同時に、やっぱり心の奥でやきもきしてしまう。
「大丈夫だ。あいつのあれは作り笑顔だ」
「えっ、また聞こえちゃった!?」
ガブリエーレが私にそっと耳打ちし、私は両手で口を押さえた。すると、ガブリエーレは首を横に振った。
「いや、そんな表情をしていた」
いけないわ、感情を外を出さずに微笑みを保たなきゃ。私はアイーダの淑女教育を必死で思い出した。
タイミングをはかってライモンドがレナートを連れ出し、令嬢たちと少し距離を置いた。飲み物を手にしたレナートがふと眉間にしわを寄せ、戸惑うような表情をする。私は二人にそっと近付いて、耳を澄ませた。
「おかしいな、誰も駆け回らない」
レナートがひどく困惑した様子でつぶやいた。
「殿下。これが、普通のお茶会なのです」
レナートに身を寄せたライモンドがそっと囁く。
「普通……?」
そうつぶやくと、レナートはちらりと会場を見回した。皆、カラフルなお菓子を手に話がはずんでいる。会場の明るい装飾も相まって、笑い声が絶えない様子だ。ハッとしたレナートがライモンドに振り返る。
「では、あのフルーツタワーはいつ誰が倒すのだ」
「倒しません」
「では、宙に浮いているあのたくさんの風船は誰がとびついて」
「取りません」
ことごとくライモンドに否定され、レナートがさらに困惑する。
「お前の罪は重いな」
そうつぶやいたガブリエーレの声に、私は何も言えなかった。確かには私は後でジャンプして、あの天井近くの水色の風船を取ってレナートにプレゼントしようと考えていた。令嬢がそんなことをしてはダメだ。よく考えなくても分かるはずじゃない、私のバカバカバカ。
こめかみに手をあてて考え事をしていたレナートが、ゆっくりと顔を上げた。
「そういえば、確かに以前のお茶会や夜会はこのような感じだった気がする」
ライモンドが胸の前でぎゅっと手を握り、目に涙を浮かべて喜んだ。
「で、殿下! やっと以前の殿下に戻ってくださったのですね。そうです、これが通常のお茶会なのです。あれが通常の令嬢なのです。思い出していただけましたか」
「ああ、ミミの行動に慣れてしまってすっかり忘れていた。いつの間にか、予想外のことが頻発するのが当たり前だと思っていた」
何だ、その会話。そう思ったが、レナートの認識が歪んだのは私のせいなので黙ったままでいた。すると、レナートがふと寂しそうな笑みを浮かべた。
「しかし、今となってはこれでは物足りないないな」
目を瞑り切なげに笑ったレナートが美しくって、私は胸がきゅんとした。それはきっと、今、レナートは私のことを思い浮かべてくれているだろうからだ。
私はもう黙っていられずに、レナートに駆け寄ろうと足を踏み出した。すると、それよりも先にレナートに近付いた令嬢たちがいた。
レナートはすぐに王太子の表情に戻って令嬢たちに振り返る。
令嬢たちは、普段近寄ることのできないレナートに声をかけることができて嬉しそうだ。彼女たちはあまり見覚えがない。若々しく見えるので、きっとデビューしたての子たちなのだろう。
「殿下がこんなにお話しやすい方だったなんて、意外です」
「思った通りのとても素敵な方ですわ」
口々に褒められるレナートに、なぜか私が誇らしくなった。
それにレナートは淡々と受け答えし、ライモンドは黙って後ろに控えている。その様子を肯定されていると勘違いした令嬢たちの口調が、どんどん過熱していった。
「やっぱり殿下がマリーア様をお選びになったのは、もの珍しいからですわよね」
「そうですわよね、私たちもおかしいと思っていたのです。でもそろそろお飽きになられた頃合いですわよね」
「今度、我が家で開くお茶会にも是非いらしていただきたいわ」
「きゃあ、素敵。もっと殿下のことを知りたいです」
キャッキャッと手を叩き合って盛り上がる令嬢たちの一人が、ひっ、と急に息を呑んだ。それをきっかけに令嬢たちが次々に口を閉じて固まっている。
「ほう……私がマリーアに飽きた……と?」
レナートの冷たい声が響いた。こちらに背を向けているから彼がどんな表情をしているのかは私たちには分からない。しかし、レナートの様子を見た人々が一斉に目を見開いて固まっている様子を見ると、……どんな表情してるの? レナート!
「ええと、何だっただろうか。私が、もの珍しさで婚約者を選んだ、と?」
青ざめた令嬢たちは全員下を向いて震えている。ずっと静かに見ていたガブリエーレが、そっと私に寄り添うように近付いて来た。
「バカな奴らだな。レナートの前でお前の悪口を言うなんて」
「ちょ、ちょっと、レナートを止めて来なさいよ。私は大丈夫だから」
「あいつらも王太子の婚約者を貶めたらどうなるか、いい勉強になっただろ。頃合いを見てライモンドが止めるはずだから大丈夫だ」
ブルブルと震え倒れんばかりの令嬢たちがかわいそうで見ていられず、私はガブリエーレを押しのけて飛び出した。が、がくん、と体が引っ張られ、前に進むことができなかった。振り返れば、腰のリボンをガブリエーレにしっかりと掴まれていた。
「ちょっと、離してよ!」
「お前を足止めするのが俺の仕事だから諦めろ」
ジタバタと暴れ、ガブリエーレと攻防を繰り返していると、向こうの方から聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「やあ、レナート。今日また趣向の変わったお茶会だね」
普段以上にキラキラとめかし込んだイレネオが軽い足取りでやって来て、レナートに声をかけた。
「イレネオ、お前は招待されていないはずだが」
「ピノッティ侯爵に頼んだら、入れてくれたよー。年齢制限なんてなかったじゃないか。ひどいなあ、レナート。ねえ、そう思わない? 可憐なご令嬢たち」
サラサラっと髪を揺らし、イレネオはレナートに良く似たとびっきりの笑顔を令嬢たちに向けた。青ざめていた彼女たちが、とたんにポッと頬を赤らめる。
「こんな冷酷なやつ放っておいて、あっちで俺と楽しくお話しよう。先日、仕事で行った南方の国の話はどうかな? ああ、ちょうどあの国のフルーツがタワーになっている。美味しいところを取ってあげるよ、おいで」
そう言って、イレネオは令嬢たちの背を押して連れ出して行ってしまった。最後に、チラリとこちらを向き、ぱちりとウインクしてから。
「たまには役に立つのね、あの人も」
私がぽつりとそう漏らすと、ガブリエーレが深く頷いた。
ウインクしたイレネオの様子に、レナートが私に気が付いた。さっきとは全く違う、嬉しそうな笑顔を見せるレナートに、私もついつい笑い返してしまう。
「だめよ、レナート。まだ若い子たちにあんな態度取っては」
「見ていたのか」
レナートが少しだけばつの悪い表情をする。そして、私の耳もとに口を近付けてそっと囁いた。
「言っただろう、私は君のことになるととても狭量なんだ」
レナートの甘い声色に、恥ずかしくて居ても立っても居られなくなった私は両手でパチパチと頬を叩いて言った。
「そっ、そうだわ。レナート、あの風船取って来てあげましょうか」
私はフルーツタワーの上に浮いている風船を指さした。会場の熱気にふわりふわりと揺れる、レナートの瞳と同じ空色の風船だ。
レナートが嬉しそうに頬を緩めた。
「見てて、レナート。今すぐ……」
私は勢いよく駆け出そうとしたが、それは叶わなかった。
笑顔のガブリエーレとライモンドが、私の腰のリボンをしっかりと握っていた。
クリムゾンレッドって書いてみたかっただけの後編(笑)




