コミカライズ記念SS 前編
本日4/24、スクウェア・エニックス様のマンガアプリ、マンガUP!にて、本作のコミカライズがスタートします。
ながと牡蠣先生がとにかく動き回るミミを元気いっぱいに描いてくださいました。
よろしくお願いします!
「お呼び立てしましたのは他でもありません」
窓の外を眺めながら、ライモンドが言った。こちらに背を向けていて表情が分からないけれど、機嫌が良ろしくないってことは明らかだ。
ここはレナートの執務室の隣に並ぶ側近たちの執務室の一つ。ライモンドは専用の部屋を与えられている。狭いけれど、レナートの執務室に繋がるドアもある、いわば一番の側近が控える部屋である。
私はそこに一人で呼び出されたのだ。レナートにもガブリエーレにも内緒で。
窓辺に立っていたライモンドがくるりとこちらに振り返ったが、眼鏡が陽光を照り返していてやはり表情は分からない。
「妙齢のご令嬢を招いたお茶会を開催いたします。そこにレナート殿下も参加していだきます」
ライモンドがそう明言した。きちんと体ごとこちらに向き直っているので、やっと表情が見えた。眉はきりっと持ち上がり、口はしっかりと横に引き結んでいる。何よりまっすぐな瞳が、これは決定事項だ、と伝えて来る。
「分かったわ。王太子妃(仮)の私が、そこで見事なアテンドをしたらいいのね」
私はすばやくナックルを右手にはめ、身構えた。
「違います」
「えっ」
「違います」
「えっ」
「いつまで続けるつもりですか。違います。マリーア様も参加していただきますが、極力おとなしくしていてください。むしろちらっと顔だけ出して帰ってほしいくらいです。(仮)って何ですか」
「接待を完璧にこなして合格点をもらえたら、(仮)が消えるのかと」
「(仮)ではなくて、(確定)ですのでご安心を」
普段は要点をまとめて端的に話すライモンドがめずらしく口数が多い。そのお茶会にはよっぽどの意味があるらしい。
「マリーア様と同年代の令嬢たちに殿下が囲まれることとなりますが、それ以上のことはありませんので、余計な事はせずに見守っていてほしいのです」
「そんなの内容によるわよ。私はいつだってテーブルひっくり返すくらいの気概はあるつもりよ」
「そもそもこんなことになったのは、マリーア様のせいでもあるのです」
「私の?」
ソファに座るように促され、ライモンドの淹れてくれたお茶を一口飲む。いったい何がどうなって、婚約者のいる王太子を令嬢が囲む会、が開催されるっていうの。私が何をしたっていうの。
私の斜め向かいに腰掛けたライモンドが、紅茶の香りを確かめてからカップにゆっくりと口をつける。
「どうやら、レナート殿下の『令嬢』の認識がおかしい、ということが発覚いたしまして」
「は?」
「ええ、ええ。私も思わずそんな間抜けな顔になりました。お気持ちは分かります」
「今日のライモンド様はちょこちょこ私に反抗的ね」
「それもこれも、あなたがまともなご令嬢ではないからです!」
ガチャン、と音を立ててカップを置いたライモンドが、恨めしそうに口を歪める。
「おそらく殿下はマリーア様を令嬢の基準にしています。毎朝騎士団の早朝トレーニングに参加し、テーブル一杯の料理をぺろりと平らげ、廊下ではスキップをし、窓を玄関代わりにする。これらのことが普通のことだと思っているのです」
「そ、それは……」
「さすがに、三階以上のベランダから飛び降りたり、屋根伝いに走って殿下の部屋に忍び込んだり、暴漢を打ちのめしたりするのは違う、とは思っているようですが」
私はホッと胸を撫で下ろした。それでもライモンドはまだじろりと私を睨みつけている。
私だって自分が普通の令嬢ではないということぐらい理解している。アイーダの淑女教育だって受けているし、この国に留学してきた初めのころは極力そういったことをしないようにして猫をかぶっていたくらいなのだから。
「賓客の前できちんとしてくれればいい、と甘やかしたのが間違いでした。あなたがレナート殿下の前で自由に、いえ、自由すぎたおかげで、殿下の認識が歪んでしまったのです!」
ライモンドがそう叫び、ビシッと私の鼻先を指さした。彼がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。心当たりがありすぎる私は何も言えずに肩をすくめた。
「コホン、それでですね、品が良く可愛らしい令嬢の姿を殿下に間近で見ていただき、正しい令嬢とはどういったものかご理解いただこうということです」
「そんな、まるで私が品が悪くて可愛くないみたいじゃない」
「殿下はもともとごく身近な限られた人たちとしか親しくしておりませんでしたから、我々も気付きませんでした」
「否定しなさいよ」
「淑女の鑑であるアイーダ様のことは避けてらっしゃいましたし。やむなくすれ違う時は手で目を覆って見ないようにするほどに」
「側近としてそれはやめさせなさいよ」
ライモンドの話に納得してしまった私は、若い令嬢を招いたお茶会の開催を承諾した。
うすうすレナートの素の姿を知りつつあるロザリア様に協力してもらい、ピノッティ侯爵家主催のお茶会が開催されることになった。会場は王城のホールだ。流行の最先端をゆくピノッティ侯爵家のお茶会だけあって、若い貴族がこぞって参加するそうだ。
私は例のごとく、腰に大きなリボンのついたドレスを着せられ、ロザリア様の手みずから完璧にメイクされた。
「オーホッホッホ。このわたくしの手にかかれば、あなたのような田舎娘をまばゆいほどの美少女にすることなんてお手の物ですわ。これで、恐れ多くもレナート殿下に色目をつかう愚か者が近付くことはありませんことよ」
「わあー、ありがとう。さすがロザリア様」
「当然ですわ」
口に手をあて高らかに笑うロザリア様は、そのまま侯爵家の侍女たちに連れられて行った。今日のお茶会は若い貴族が集まるだけあって、婚約が決まっていない男女の出会いの場でもある。少し前まで王太子妃の座を狙っていたロザリア様も例にもれずまだ婚約者がいない。本当だったら彼女はかなりの時間をかけて支度をしなければならないのに、自ら私の元へ来てくれたのだ。
「いい人が見つかるといいな」
そうつぶやくと、私の侍女たちも笑顔で頷いた。
迎えに来たレナートはいつも通りキラキラの王子様で、私はなるべく瞬きをしないようにその姿を目に焼き付けた。お茶会の開始までまだ時間があったので、控室に向かった。そこにはすでにライモンドが隅っこに控えていた。彼も珍しく盛装をしている。瞬く私に気付き、ちょっとだけ恥ずかしそうな表情を見せた。
「私も独身ですので、こういう装いをしなければならないのです。といっても、殿下の傍に侍らなければならないので、動きづらくて不本意ですがね」
「そうなんですか。よくお似合いですよ。意外と」
「そうですか、ありがとうございます」
ライモンドはぶっきらぼうにそうこたえたが、しきりに眼鏡を手を添え、照れているのが丸わかりだ。そういえば、ガブリエーレも独り身では、と彼の姿を探すと、いつもの赤い騎士服のまま扉の横に腕を組んで突っ立っていた。
ソファに腰掛けつつ、ガブリエーレを気にする私に気付いたライモンドが口を開く。
「ガブさんは護衛ですので、あのままです」
「ガブリエーレがいるのなら、ライモンド様は自由にナンパしに行けるんじゃないですか?」
「ナンパって、なんて節操のないことをおっしゃるのですか。違います、ガブさんはあなたの護衛です」
「私の?」
私が首を傾げると、隣に座るレナートが肩から落ちた私の髪を拾い耳にかけてくれた。彼のその手のすぐ上には、いつも通り私の髪飾りが付いている。これがあれば、護衛なんていらないのに。
「あなたがもし暴走した場合、取り押さえるためにガブさんを側に置きます。腰のリボンを掴む許可も出しています」
「許可?」
私がそう言うと、隣に座るレナートがちょっとだけ拗ねた表情をして背もたれに体を預けた。
「当然だ。私の婚約者に不用意に触れていいはずがない」
「ふ、触れるって、そんな」
ガブリエーレは私が暴れるのを止めるだけであって、そ、そんな、レナートったら……。
「本当に、マリーア様のことになると殿下は狭量で困ってしまいます」
私の心の声が漏れたのかと、あわてて口を手で押さえたが、今のはライモンドの声だ。レナートはさらにムッとして目を閉じてしまった。
「私も最近、心の声が聞こえてしまうようになりまして」
ライモンドはそう言うと、満足そうに眼鏡を指で上げた。
なるべくおとなしくしていよう、私は心に誓った。
ついつい長くなっちゃったので、前後編に分けました。
後編は明日の11時更新です。




